――― ちゃん、ブン太君と喧嘩したって本当?

何だか晴れない気分のまま迎える事になった昼休み
本来ならば立ち入り禁止の屋上で一人寝転んでいた所に、心配そうな顔で顔でドアを開けたのは自分の姉だった



「喧嘩って言うのかあれは」
「違うの?」
「丸井の機嫌が悪かっただけじゃない?あたしは何かした覚えないし」
「でも、赤也君も凄い怖い顔してたって聞いたけど」
「え?なんで切原が?」



先に教室を出たは、あの後丸井に食って掛かった事も、出て行く際に教室のドアを殴った事も知らない
その話を聞いたは目を丸くして、更に意味がわからないと空を仰ぐ



ちゃん、何があったの?」
「何って、ただ、マフィン持ってったら寝てたから起こして渡したら、無言のまま叩き飛ばされただけだけど」
「えぇ!?ブン太君が!?」
「・・・それはなに、叩いた事に驚いてる?それとも、その中身がお菓子だから?」
「両方だよ!」



だって優しくて人懐っこいあのブン太君だよ?
そんな事を言うに、あぁそう言えばは遊び歩いてる事知らないんだった、とは横目で見上げる
本来の丸井ならば差し出された物を叩くなんて別におかしい事じゃない
いらないものはいらない、欲しいものは欲しい、たとえそれが他人のものだろうが構わない
あんたジャイアンですかと聞きたくなるような俺様な部分だからこそ、何も言わずに叩き飛ばした事が不思議で仕方ない



「寝起きでイライラ、してたのかな?」
「どーだろ、こっちが聞きたいよ」
ちゃんとブン太君、一年の頃からずっと仲良かったから、ちゃんと仲直りしなきゃ」
「仲直りって言っても、ね・・・原因がわからないんじゃ、こっちから謝るのも変でしょ」



でも、ちゃんから謝れば話してくれるかもしれないよ?
心配そうにはそう言うと、テキパキと携帯の操作をしたかと思えば、スッと立ち上がる



?」
「ブン太君呼んだから、ちゃんと話しなさい!」



何も知らないくせに姉気取りはやめてくれと、は苦笑いで立ち上がったを見上げる
数時間しか違わない自分の姉
共に暮らす父親と瓜二つの姉は、自分とは全く似ていない
幼い頃は似てない自分と姉を見て幼いながらに“本当の子供じゃないかもしれない”と思ったほどだ



、そんな大袈裟にしなくても、丸井の事だから放課後には機嫌直ってるよ」
「ダメ!ちゃんと話して解決しないと、溝が出来たままでしょう?」
「・・・溝ってまた大袈裟な」
「テニス部は仲良く、ね?」

?話ってなん、だ、よ・・・」



屋上のドアがガリャリと開いて、の先にがいる事に気付いた丸井がサッと気まずそうに視線を逸らす
もう一度言い聞かせるようにしてが屋上から出て行けば気まずい雰囲気だけが残った
原因が自分にあるのなら謝る事も出来る
だけど、何にイライラしてるのかサッパリわからない状況では相手の出方を見るしかない
取り合えず起き上がりフェンスに寄りかかった状態で丸井を見上げる



「・・・なんだよ」



ポケットに手を入れて横目でチラッと見た丸井のひとこと
何をイライラしてんの?と聞けば口を噤む
完全にまだイライラしている丸井の様子
謝る気も、話す気もないのかと、は姉の言葉も半ば無視して立ち上がる
今はそっとしておこうと長い付き合いから諦め丸井の横を通り過ぎるが、ガシッと腕を掴まれ歩みが止まった



「・・・なに?」



片手は未だにポケットの中
プイッと顔を背ける姿がまるで拗ねてる子供のようで、は疲れたように溜め息を零した



「何にイライラしてんの、あたし?」
「・・・ちげぇ」
「嫌な事でもあった?」
「・・・」
「丸井、言わなきゃわかんないから。以心伝心とかさすがに無理だから」
「・・・お前、赤也と仲良いよな」
「は?」



人の話を聞いてますかとは呆れ顔
何で急に切原の名前が出るのかと聞けば、丸井はムッとした顔でやっと顔を上げる



「だから、なんでお前最近、赤也と一緒にいんの」
「はぁ?」



何を言い出すのかと本格的にわからなくなったは顔を顰める



「赤也のヤツ、いつの間にかお前の事、名前で呼んでるし」
「別に不思議な事じゃないでしょ」
「なに、朝とか一緒に来てんの?」
「見てたの?」
は俺の友達だろぃ」
「・・・いや、友達だけど、なに・・・切原に、嫉妬してる?」



唖然と零した言葉に丸井は真っ直ぐに見つめたまま



「・・・丸井?」



真っ直ぐ自分を見つめたまま何も言わない丸井の名前を呼ぶ
ワンテンポ遅れてフッと口元を緩ませた丸井が、ぐいっとの腕を引き寄せた



「・・・おーい、丸井?どしたよ」
「お前、最近笑いすぎ」
「はい?」
「赤也に普通に笑ってんじゃん。今まで仲の良いヤツ以外には作ってたくせに」
「・・・いや、まぁ・・・っていうか、なに、寂しかったわけ?」



首筋にあたる丸井の短い吐息にくすぐったいと身をよじる
それでも丸井は抱き締めた腕を緩めるどころか、ぐえっと苦しそうな声をだ出すほどに強く抱き締めた

   友達以上恋人未満

そんな言葉は誰が言い出したのか、曖昧などっちにも転ぶ便利な言葉
が好きかと聞かれたら答えは決まってる
だけどそれが恋愛感情と聞かれたら、その答えを丸井は持っていない



「・・・は、俺のだっつーの」



呟くように零れた想い
あんだどこまでジャイアンなの、と苦笑いを浮かべは仕方なく丸井の背中にそっと腕を回す



「情緒不安定?」
「好きすぎておかしくなりそーなだけ」
「・・・そりゃまた、重症だ」
「だろぃ?」



耳元でクスクスと笑うの声に、丸井はそっと目を閉じて少しだけ腕の力を緩めた



「・・・、ごめんな」



イライラはいつの間にかどこかへ消えた
残るのは、自分の為に作ってくれたマフィンをその場の感情で叩き飛ばした事への罪悪感
素直に口に出せばぽんぽんっと背中を撫でられる



「心配しなくても、あたしはずっと、丸井の傍にいるよ」
「・・・っさん、きゅ・・・」



聞き慣れた声よりもずっと柔らかく優しい声
喉に何か詰まるように、丸井は何かを耐えるように唇を噛み締めた

(喧嘩するほど、なんとやら)

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