ガラス張りで足のついたバスタブに違和感を感じつつ
それでも風呂に入ってサッパリとした俺は、タオルでガシガシと頭を拭きながら歩き慣れない廊下を歩いてリビングへと続くドアを開ける
ドアを開けた音に振り返る先輩
その隣には、何処から見ても、誰が見ても、父親には見えない先輩のお父さん



「お先っス」
「はいよ。んじゃ、あたしも入ってこようっかな」
「赤也君は僕と話でもしようか?」
「あ、はい」



入れ替わるように先輩がリビングを出て行く
先輩の家に連絡してくれるという、今後転がり込むかわからないチャンスは自ら手放した俺はそのままソファーへと腰掛ける
おっとりした、どちらかと言うと先輩の雰囲気に似てるお父さん
微笑んだ顔がホント、先輩に似てる



「すみません、突然泊まらせてもらって・・・」
「うん?構わないよ、この家には僕としかいないからね」



先輩だけが一人暮らしをしているならわかる
だけど、これじゃあまるで別居生活
どんな事情があるのかと、顔に出ていたのかお父さんはフッと口元を緩ませた



「どうしてバラバラに暮らしてるのか、って?」
「あっ、顔に出てました?」
「赤也君はわかりやすいね」
「あ、はは・・・よく、言われるっス」



特に仁王先輩にはしょっしゅう言われるそのセリフ
最近じゃ開き直ってる俺がいる



「僕と妻はね、お互いに愛し合ってるけど、それぞれ二番目に愛してる人が違うんだ」
「・・・は!?」



それはお互い公認の浮気相手ですかと、口から出かかった言葉を慌てて飲み込む
そんな事が許されるのか、いやいや許されないだろうと、顔を顰めた俺にお父さんはふわりと微笑んだ



「妻はを、僕はを、バラバラに愛してるんだ」
「へ?」



意味がサッパリわかんねぇのは俺がバカだから?



「僕がを、妻がを愛していないわけじゃないよ。だけど不思議なんだ。僕はよりもを愛してる」
「・・・え、っと・・・?」
「信じられない事かもしれないけど、僕はを抱きしめた事がないんだよ」
「え?あの、さっきから意味がわかんないんスけど・・・」



子供をバラバラに愛してるとか、抱きしめた事がないとか
普通じゃない家庭事情に俺の頭はサッパリついていけない



「僕と妻はお互いに愛しすぎてる、そういう事だよ」
「・・・サッパリ、わかんないっス」



それでもわからないと俺が言えば、気を悪くするわけでもなくお父さんは立ち上がって一枚の写真を俺に渡した
そこに写ってるのは驚くほどに対になった四人の家族
バラバラに見た時には気付かなかった
お父さんと先輩のそっくりな雰囲気に、顔のパーツひとつひとつが瓜二つ
もっと驚いたのが、先輩と二人のお母さんがこれまたそっくりな事
そこで初めてお父さんの言った、お互いを愛しすぎた、その言葉の意味がわかった



「・・・お父さんは奥さんにそっくりな、・・・先輩を?」
「うん、そうだよ」
「・・・ホント、そっくりっスね」
「僕も妻も吃驚だよ。の事も勿論愛してる。だけど、、二人同時に何か遭ったら僕は迷わずの元に駆けつけちゃうと思う」
「・・・」



だから一緒に暮らせない
子供達には何の罪もないけれど、きっといつかお互いが愛されていないんじゃないかと、そう思ってしまう
ホントは家族で暮らしたい、そんな思いが伝わるくらい、お父さんは写真を手にくしゃりと顔を歪ませた



「二人は、バラバラに住んでる理由は知ってるんスか?」
は知っているよ。それを納得した上で、僕と一緒に家を出てくれたから」
「・・・先輩は知らないって事っスか」
と違ってとても繊細で心も弱いからね」



お互いが愛しているのに、愛しているから一緒には住めない
何だか普通じゃ考えられない家庭事情
俺にはサッパリ理解出来ないけど、家族の話をするお父さんの横顔はすげぇ幸せそうで
こんな形の家族があっても良いんじゃないかと思った



「 ―――― 神経が図太くて何が遭っても折れない心の持ち主、みたいな言い方しないでくれる?」
「うわっ!!」



肩越しに聞こえた声にビクッと飛び上がる
ふわりと鼻に届く俺と同じシャンプーの香り
訳もなく恥ずかしくなって、誤魔化すようにペットボトルに口をつけた



、ゆっくり温まった?」
「温まったよ。っていうかお父さん、飲みすぎ。もう寝なよ」



ソファーの膝掛けに軽く腰掛けた先輩は、テーブルの上に置かれたボトルを見て溜め息を零す



「そんなに飲んでないんだけどな」
「その話してる時点で酔ってるよ。明日も仕事でしょ?」
「あぁ、そうだったね。この話は秘密だった」



赤也君、柔らかい声で名前を呼ばれて顔を上げる



「そう言う事だから、この話は秘密にしてね」
「あ、勿論っス!」
「ありがとう。じゃあ僕は先に寝るよ。おやすみ、
「ん、おやすみ」


ソファーから立ち上がったお父さんは、そのままふわりと先輩を抱き締める
別に家族っていうかむしろ親子なんだから問題はない
問題はないんだけど、あの話の後だと何だか見てるこっちが恥ずかしい
先輩の頬にちゅっとキスを落として、お父さんはスッと俺の方に近づいたかと思えば



「赤也君も、おやすみ」



甘い香りが鼻を掠めた瞬間
これが女だったらキスしたくなるようなぷっくりとした唇が俺の頬にふわりと触れた



「・・・っ!?」
「ちょっとお父さん!!」
「あはは、可愛い反応だね。うんうん、二人ともゆっくり休むんだよ」



唖然としたまま、ぽかんとかなりの間抜け面の俺を残してお父さんはクスクス笑いながらリビングを出て行く
気のせいじゃないかと思うほどに一瞬
だけど、確かに触れた温もり



「切原、大丈夫?」
「・・・キス、された・・・」
「あー、ごめんね?」
「・・・ちょっ、なんかすげぇテレる!!」
「・・・切原ってそっち系?」
「ちげぇし!!なんつーか、先輩のお父さんがキレイすぎなんスよ!!」



あはは、にそっくりだからね
なんて言って笑う先輩を横目に、火照る頬を隠すように俺は両手で頬を覆った

(複雑な家庭事情)

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