立派なエントランスに恐縮しながら、郵便ポストに書かれていた番号をゆっくり押していく
暫くして聞こえてきた声に上ずった声で答えればすぐに内側のドアが開いた



「・・・先輩って、姉ちゃんいたっけ?」



少し低めの優しい声はではない
けれどの名前を出せばすんなりと通してもらえた事に、首を傾げながら切原はエレベーターに乗り込んだ
増えていく数字を何となく眺めながらお決まりの音を立てて止まったエレベータ
豪華な絨毯のひかれた廊下に出て目的の部屋を探す



「切原?」
「へ?」



後ろから名前を呼ばれ振り返れば、が目を瞬かせ首を傾げていた



「どした?」
「あ、いや、その・・・」
「ん?取り合えず、上がる?」



玄関を開けたまま促されるように上がり込んで、サッと出されたスリッパに足を引っ掛ける
自分の家とは違う匂いにどこかホッとしながらリビングへと通された



「何か飲む?っていうか、お腹空いてるんだっけ」



テーブルに並んだ夕食
美味しそうに湯気が立つビーフシチューにゴクリと切原の喉が鳴る



「切原も食べる?」
「いいんスか!?」



思わず即答で答えた自分にハッとして、切原はテレたように頭の後ろをぽりぽりと掻いた
素直な反応にも小さく笑って席を進める
荷物を置いて早速席に座った切原に、は一人分増えた夕食をパパッと手際よく用意した



「切原、お母さんが夕飯用意してるんじゃないの?」
「あ、いや、それが・・・」



コトッと目の前に置かれたビーフシチューに目を奪われながら
鍵を持っていると思われ家族全員が出掛け、挙句の果てには月曜日まで帰って来ないかもしれない
そうげっそりしとした顔で告げた
それは、また・・・と気の毒そうに顔を引き攣らせ椅子に座る



「取り合えず、食べよっか」



いただきます、と声を揃えて匂いからして美味しそうなビーフシチューを口に運ぶ
まろやかでコクのある味に自然と切原の頬も緩んだ



「マジうま!これ、先輩が作ったんスか?」
「ありがと、料理は得意な方だから。あ、ちゃんとサラダも食べなよ?」
「サラダはちょっと・・・これ、パプリカっスよね?」
「苦手?」
「・・・ピーマン系はちょっと」
「じゃあ、パプリカはいいから他のは食べる事」
「ウィーっス!」



はぐはぐと進む手はあっという間に平らげて、上目遣いで伺う切原には口元に笑みを浮かべ席を立つ
さすが育ち盛りだなぁとおかわりをよそってテーブルに戻れば
綺麗にパプリカを端に寄せてサラダを食べる切原の姿



「切原、どうするつもり?」
「ふぇ?」
「泊まる所、ないんでしょ?」



もぐもぐと口の中のものを飲み込む
今まであまり話す事もなかったのに行き成り泊めて下さいはさすがに図々しいかと、切原は視線を泳がした



に電話してみようか?」
「へ?、先輩に・・・?」



飛び出した名前にキョトンと首を傾げる



「友達に当てがあるなら良いけど、ないならに聞いてみるよ?」
「えぇ!?先輩の家に泊まるって事っスか!?」



そんな事が通るわけがないと驚く切原
それはそれで嬉しいが、いくらなんでも泊めてくれないだろう



「さすがに二人っきりじゃないけど、切原、の事好きでしょ」
「ぎゃっ!知ってたんスか!?」
「いや、バレバレって言うか、丸井以外はみんなそうでしょ」
「あっ、いや、まぁ・・・」



泊まったから進展するかって言われれば答えは微妙だけど
そう言っては小さく微笑む
まさかの展開にワタワタと意味もなく慌てる切原
――― とその時、ガチャッとドアの開く音がしてもう一人の住人がリビングへと顔を出した



、やっぱり友達だった?」
「部活の後輩」
「あ、お、お邪魔してます!」



インターホンで対応した声だと気付き、切原は慌ててスプーンを置くと立ち上がり頭を下げる
ふわりと落ち着いた微笑みにドキリと鼓動が波打つ



「可愛い後輩だね。ブン太君とはまた違ったタイプかな」
・・・あっ、先輩の・・・お姉さん、っスか?」



苗字から名前に言い換えた切原に、は大げさに溜め息を零す



「これ、姉に見える?」
「違うんスか?」
「あはは、ありがとう。君、名前は?」
「え?あ、えっと、切原赤也っス・・・」
「赤也君ね。うんうん、覚えておくよ」



キラキラした笑みに、がバシッとその腰を叩けば不満げな声が上がる
切原は意味がわからないまま二人を交互に見つめた



「これ、姉じゃなくて父親ね」
「あ、そうなんス、か・・・は?ちち、おや・・・っ!?」
のパパです、いつも娘がお世話になってます」
「え?え?・・・えぇ!?」



スラリとした身長にふわりとした栗色の髪
大きな瞳にぷっくりとした唇
声は少し低めとは言え、耳通りの良い綺麗に澄んだ声
色素が薄く線の細い顔はどこから見ても“父親”と呼ばれる人には見えない



「・・・マジで、お父さん・・・?」



唖然と、信じらないと目を丸くして、ぽつりと零れた言葉
と父親は顔を見合わせる
そして、はうんざりしたような顔で、父親は華が咲いたような嬉しそうな顔で
それぞれ全く正反対の表情で頷いた

(キレイなお姉さんは好きですか)

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