双子と言っても共通するものと言えば、誰もが生まれ持った性別と苗字だけ
外見も中身も全く違う双子っていうのも珍しい
だけど、似てるとはまた違うけど、他人に対しての優しさは同じだと思った
「切原、駅どこ?」
「丸井先輩が通いつめてるケーキ屋が駅前にある所っスよ」
「あー、あのメルヘンチックな店ね」
「よくあんな完全に女向けな店に堂々行けますよね、あの人」
思ったよりも遅くなった帰りの電車
ちらほら座る場所はあったけど、何となくドアを背に立ったまま
「先輩はどこっスか?」
「あたしも一緒だよ。駅から、歩いて少しのとこ」
「南?」
「まさか一緒?」
「偶然っスね。あ、でも朝とか会った事ないっスよね?」
「朝練ある時は始発並みの早さだから、切原はまだ寝てるでしょ」
「そんな早いんスか?俺、確実に寝てますよ」
いつもギリギリで駆け込んでくるもんね、そう言って笑う先輩に思わずドキッとした
俺が好きなのは先輩であってこの人じゃない
言い聞かせるように呟くけど、俺がドキッとするのは全部先輩のせいだ
「・・・髪、下ろしてるとこ初めてみた」
「ん?あぁ、学校にいる時は邪魔だから」
栗色でふわっとした先輩とは正反対の、一切手を加えてないだろう真っ黒な艶のあるストレート
一日中あっぷにしてたせいでゆるやかなカーブが掛かったそれがまた、なんつうかイイ
髪を片手で触るのが癖なのか
先輩は右手でサイドの髪によく触る
「なに、ジッと見て」
「・・・先輩って、髪下ろしてると別人っスよ」
「そう?丸井には“お前ほど、髪下ろしてるの似合わない女はいねぇ”って言われたけど」
「丸井先輩?学校では髪下ろさないんじゃないんスか?」
仲が良いとは思ったけど、学校の外でも付き合いがあるのかとそう聞けば
先輩は顔を顰めて“遊び歩いて家締め出されると逃げてくるんだよ、あの色男”なんて溜め息と一緒に吐き出した
丸井先輩が適当に遊んでるのはテニス部じゃ有名な話
だけどまさか、家を締め出されて逃げる先が先輩だって言うのには驚いた
「切原、置いてくよ?」
ハッと思考が呼び戻されて、ドアが閉じるギリギリに外へと飛び出す
何が面白いのかケタケタ笑う先輩に首を傾げれば、なんでもないとまた笑われた
「丸井先輩って、何で立海の生徒には手ぇ出さないんスかね」
「ん?あー、それは丸井らしい理由だよ」
「丸井先輩らしい理由?」
駅から少しでも離れれば人気はすっかりなくなる
暗く街頭もポツポツとしか立っていない道を歩く
こうして先輩と並んで歩くなんて意外で、何だか少し不思議な気分だ
「丸井って立海じゃ無邪気で子供っぽい性格で売ってるでしょ?だから遊んでる事がバレると、差し入れもらえなくなるってさ」
「・・・えぇ!?そんな理由っスか!?」
「丸井にとっては死活問題なんだってさ」
だから遊ぶ相手は学校外、それも全員年上らしいよ?
呆れ顔の先輩はそう言って髪を掻きあげる
その仕草にまたドキッとして慌てて顔を反らした
ぐぅ〜・・・
何やら聞き覚えのある音
その発信源に気付いた瞬間、隣から吹き出すような笑い声
「あははっ!!ちょ、差し入れの話しててお腹鳴るってどんだけお腹空いてんの?」
「だ、だってしょうがないじゃないっスか!いつもなら夕飯食い終わってる時間っスから!!」
正面から笑われるとさすがの俺も恥ずかしい
珍しいくらいに爆笑する先輩は、目尻に涙をうっすら浮かべてお腹を押さえたまま
何とか落ち着こうと深呼吸を繰り返す
「・・っはは、切原って期待を裏切らないよね」
「どういう意味っスか、それ!」
「なんて言うか、ストレートだよ。時々羨ましいっていうか、凄いなって思う」
「ストレートなのは先輩だってそうじゃないっスか」
「んー、切原のストレートは憎めないストレートだよ」
フッと笑って意味不明な納得を一人で済ませた先輩は、目ざとく切原と書かれた表札を見つける
いつもなら長いと思う駅からの道のり
あっという間に家に着いた事に驚いて、だけど先輩は別の事に驚いたのかすぐそこに見えるマンションを指差した
「近すぎ」
「へ?」
「あたし、あそこのマンションだから」
「あそこって・・・目の前じゃないっスか!」
こんなに近くに住んでた事に二人で驚いて顔を見合わせる
今まで気付かなかった事によく気付かされる日だと、何だか少し名残惜しい気持ちで先輩と別れた
「じゃ、楽しい休日を」
「お疲れ様っス!」
「おつかれー」
マンションに向かって歩き出す先輩に背を向けて、さっさと飯を食おうと玄関に手を伸ばした
その時、俺にとって更に衝撃的な事へ繋がるの事件が起きた
「あ、れ・・・?なんで鍵なんて掛かってんだよ」
ドアノブを回してもガチャガチャと言うだけで開きやしない
そう言えばリビングの明かりが消えてる
こんな時間に家に誰もいないなんてそんな事はないと、携帯で母さんを呼ぼうとポケットから引っ張り出す
「・・・んあ?」
新着メールを知らせるマーク
なんだと思って開けば、そこにはハートマークがびっしり詰まった姉貴からのメール
To:鬼ババァ Sub:Re |
お父さんが急に月曜日まで旅行に行く |
って言ってお母さん連れてった |
この機会を逃すわけにはいかないでしょ |
って事で 彼氏 の所に行って来るから、あんたも |
彼女のとこいっといで  |
あぁ、でもあんた彼女いないんだっけ?  |
どうでもいいけど鍵持ってるんだし大丈夫よね |
じゃあ、楽しい休日を  |
先輩と同じ締め括りのメールを呼んだ瞬間携帯を握りつぶしそうになった
どうでもいいけど、ってのにも腹が立つけどお姉様、俺の鍵はあんたが失くしたとか言って奪い取ったままなんですけど!?
「マジふざけんな・・・っ!!」
ゲシッと玄関のドアを蹴っ飛ばしてズルズルと座り込む
いつだって自分勝手な姉貴の行動に腹が立つ
鍵はお前が失くしたって言って俺から奪ったまま、鍵なしの俺にどうしろと?
「・・・あぁ、マジ最悪」
まだ深夜になれば肌寒い
姉貴の事だから下手すると月曜日に男の家から会社に行って、戻ってくるのは夕方
たぶん父さん達もそれくらいで、俺は確実に明日の休日を奪われる事になる
ポケットから財布を引っ張り出すも中身は夜風よりも寒い
「・・・どーすんの、俺・・・」
満天の星空を見上げて溜め息ひとつ
視界に入ったどどーんっと建つマンションに、俺はピキーンッと閃いた
――― 遊び歩いて家締め出されると逃げてくるんだよ、あの色男
先輩は家に帰れない丸井先輩を受け入れる
って事は部活の後輩でもある俺だって助けてくれるんじゃないか
さすがに図々しいとは思ったけどこれこそ死活問題な俺は荷物片手にマンションへと走り出した
(並んで歩く帰り道)
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