この学校で一番終わるのが遅い部活と言えば誰もが口を揃えてテニス部だって答える
日が長くなったって言うのに着替え終わる頃には真っ暗
当然そうなれば、マネージャーを一人で帰すなんて事はないわけで



、帰るぜよ」
「赤也君いいのかな?」
「鍵当番は一番最後。気にせんでよかよ」
「そう?・・・じゃあ、帰ろっか」



次々に帰って行く先輩達を見送って、鍵当番の俺はどうせ最後だからとゆっくりシャワーを浴びる
微かに聞こえてきた会話が気になったけど、悔しい事に俺には先輩と一緒に帰る権利がない
いくら俺だけ反対方向だからってズルイ
だけど先輩に心配そうな顔で“赤也君に何かあったらわたし、困るよ”なんて言われたら強く言い出せない
ただでさえ後輩と言う立場で一歩で遅れてるのにこれは痛い



「あー、マジやってらんねぇ」



キュッとシャワーを止めて、どうせ誰もいないんだからと腰にタオルを巻いたまま
ガシガシ髪を拭きながらシャワールームを出れば、そこには思いがけない人がいた



「・・・え、ちょ・・・!」



綺麗な真っ白いタオルを数枚抱えて、バチッと目が合えば微かに目を丸くする
普通は逆だろと思いつつ俺はワタワタと暴れた



「ごめん、まだいたんだ」
「こっちのセリフなんスけど!・・・って、あ、ちょっと!!」



サービス満点の格好に目もくれず、先輩はさっさと部室を出て行く
普通の女だったら顔を赤くして悲鳴なんて上げちゃう所なのに、さすが先輩さっぱりしすぎ
何だか気の抜けたまま制服に着替えて目に止まった時計に軽く目を見開く



「ゆっくりシャワー浴びすぎた?」



既に夜と呼ぶだろう時間に、こんなに遅くまで残ってるのは初めてだ
何となく喉が渇いて冷蔵庫から冷えたドリンクを取り出す
未開封のペットボトルは誰のか知らないけど、まぁいいかと口をつけた所でガチャッとドアが開いた



「鍵」
「へ?」
「まだやる事あるから、そのまま帰っていいよ」



顔だけ出してそんな事を言った先輩は、さっさとドアを閉めてまたどこかへ消えた
やる事って言ったって明日は第二日曜で部活は休み
朝から部活があるなら準備もあるだろうけど、休みなのにこんな時間まで何をやってるのか少し気になった

部室の外に出れば当然、明かりひとつない暗闇が広がる
その中でマネージャー専用の洗濯機やドリンクを入れる為の冷蔵庫なんかがある部室だけは、煌々と明かりが点いてた
開いたままのドアからそっと中を覗いてみる

この部室は一応マネージャー達が着替えたり出来るけど、99%は部の備品が管理されてる部屋でもある
ズラリと並ぶ棚には真っ白い綺麗なタオルや、俺達が着替えに間に合わない場合に使うTシャツなんかが置かれてる
洗濯をたたむのに必要だと何故か奥には二畳程の畳
そこに、先輩は座って真っ白いタオルをせっせとたたんでた



「・・・それ、全部一人でやるんスか?」
「え?」



山になったタオルに思わず声を掛けた
俺の声に反応して振り返った先輩は、キョトンとした顔で頷く
まるでそれが当たり前だと言いたそうだ



先輩はやらないんスか?」
「帰ったでしょ?」
「は?いや、そうっスけど・・・」
「切原も早く帰りなよ。今日は試合組んでたから、身体結構キツイでしょ」



質問の答えになってないと俺は顔を顰める
何でもないように次々キレイにたたまれていくタオルの山
先輩が仕事を押し付けてる、なんて思わない
だけど、何で先輩は手伝わないんだろうと疑問に思う俺は別に間違っちゃいない



先輩」
「ん?」
「なんで先輩は、残ってやってかないんスか?」
「え?なんでって、が残るとなると、誰か一緒に残らなきゃいけないでしょ」
「送ってく人って事っスか?」
「そういう事。ほら、切原も早く帰りなよ」



先輩とはまた違った笑みで俺の帰宅を促す
別に嫌々やってるようでもないし、この二人が納得して決めた事なら俺が口出す事もない
それじゃあお先っスと声を掛けて荷物を取りに部室へ戻る

荷物を肩に掛けて鍵はそのままに部室を出る
一度だけ明かりの点いたマネージャー専用の部室を振り返って、俺はそのまま足早に校門へと急いだ



「腹減ったけど、一人で食って帰るのも虚しいよなぁ」



一歩学校の外に出ればポツポツと街頭が並ぶ
グゥグゥと腹の虫が何か食わせろと煩く文句を垂れる
こんなに遅くなれば夕飯は食べ終わってるだろうし、暖かい夕飯は諦めるしかない
だから鍵当番は嫌なんだと、また文句を垂れた腹を押さえてふと思う



「・・・」



俺でさえ暗いと思うこの道を、まだ終わらないだろう作業を先輩は終えた後に一人で帰る
なんでそこに気付かなかったんだろうと俺は急いで来た道を逆走



先輩!」
「なに、まだいたの?」



荷物を肩に掛けたまま顔を出した俺に、先輩は驚いたように首を傾げた



「それ終わったら、帰るんスよね?」
「一応そのつもりだけど?」
「俺、手伝いますよ。んで、送ってくっス」
「・・・」



肩に掛けた荷物を床に置いて、そのまま畳の上に靴を脱いで上がり込む
少し小さくなった山からイイ匂いのするタオルに手を伸ばす



「切原」
「なんスか?」
「帰っていいよ」
「は?」



俺の優しさはいらないってか?
顔を上げれば、呆れた顔の先輩



「あたしを送って帰っても、には会えないよ」
「・・・へ?」
とは一緒に住んでない、聞いてないの?」
「・・・えぇ!?」



そんな事は初耳だ
もしかして、仁王先輩の言ってた言葉の意味はこういう事なのかと思う反面
心の隅っちょにあった期待を見事に見抜かれた事に、アハハと笑うしかない



「そういう事だから、無駄な事に時間潰してる暇あったら早く帰って身体休めてあげなよ」



フッと口元を緩ませて俺を見る先輩
俺の隠した下心に気付いても、それに対して別に気を悪くしたわけでもないらしい
もしかして俺以外にも先輩繋がりで先輩に近づこうとする男は多いのかもしれない
そう思うとなんかムカつく



「・・・手伝うっスよ」



確かに先輩と比べれば愛想はないし、人付き合いを進んでやるような人じゃない
基本的に口を開けばストレートだしキツイ事も平気で言う
だけど一度だってマネージャーの仕事に対して文句を言う事も手を抜く事だってしない
こんな時間まで一人で残ってるのがその証拠
どんなに先輩贔屓にされても、内心はさすがに知らねぇけど、平気な顔でスルーしちまうし
先輩は先輩で尊敬する所もある俺には、人の事言えない俺もそんな目的で近づく男に腹が立つ



「だから、別に良いって」
「確かに先輩に会えるかもとか思ったけど、あんたが一人で帰る事は変わらないじゃないっスか」
とは正反対だよ?」
「じゃあ、尚更っスよ。俺も先輩とは正反対っスから」



どうせここまで遅くなったんなら、後少しくらい遅くなっても変わらない
中々折れない先輩にさっさとタオルを掴んでたたんでいけば、呆れたようなため息が零れる



「ありがと、ごめんね、疲れてるのに」
「別にいいっスよ!二人でやればすぐ終わるし」



ニッと笑って新しいタオルに手を伸ばす
こんもりと山になったタオルも二人でやればあっという間に小さくなっていく

(裏方の仕事)

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