胸がざわざわと落ち着かない
何度も来ている月の寮に続く道は月明かりだけを頼りに足を前に出す
何が繋がっていると、漠然にそう思ってしまうのはきっとあたしの中にある記憶の断片のせいだと思う
本人に聞けばスッキリするかもしれない
このもやもやも、ざわざわと落ち着かないこの気持ちも整理出来るかもしれない

   ――― ・・・だけど、あの人が嘘を吐いているようにはどうしても見えなかった






いつにも増して重い空気が月の寮を包んでいる気がする
見上げた月の寮は目に見えない何かで覆われているような気がして、は小さく息を呑んだ
理事長から月の寮に訪問している客人を話が終わり次第連れて来るように言われ来たのだが、同じ風紀委員の2人の姿は無い

   ――― 何か不穏な事が起こったら、ちゃんの判断で行動してくれて構わない

理事長室を出る際に言われた言葉に、無責任過ぎるとは溜め息ひとつ
立会いも込みだと言われ足を踏み入れたは良いが居心地が悪い
決して口を挟めない空気にただ、離れた場所で壁を背に軽く目を伏せていた



「ご苦労様、
「・・・玖蘭先輩」



重い空気が無くなり、そっと声を掛けられ顔を上げれば玖蘭が小さく口元に笑みを浮かべていた
チラッとロビーを窺えば集っていたナイト・クラスの生徒達はちらほらと自室へと戻っていく



「見苦しい所を見せてしまって悪かったね」
「吸血鬼の世界って人間よりも堅苦しいんですね。上下関係が凄まじい・・・」
「人よりも長く生きる身を持つ僕達には仕方の無い事なんだ。そうでもしなければ、統率出来ないからね」
「・・・大変ですね、その中でも上の立場なんですよね?玖蘭先輩」
「僕はただ、純血種で玖蘭家の生き残りだというだけだよ」



それだけだ、とサラリと言ってしまう玖蘭に苦笑いを浮かべる
詳しく知らないでさえあの空気、玖蘭に対する全ての吸血鬼の態度
それを見れば玖蘭が吸血鬼の中で最も特別な存在だという事くらいは見て取れる



「玖蘭先輩、あの・・・」
「・・・場所を変えようか」
「え?」
「僕に何か、聞きたい事がある。違うかな?」
「・・・何でもお見通しですね」



降参とばかりに肩を竦めて歩きだした玖蘭の後ろをついて行く
静かになった月の寮の廊下を歩き、レディーファーストのようにドアを開けてくれた玖蘭に小さくお礼を言って部屋に入った
シンプルな部屋に玖蘭らしさを感じ小さく口元が緩む
ひとつしかないソファーは必然的に隣同士に座る事になる為、は端っこにそっと腰を下ろした



「僕も聞きたい事があるんだ」
「玖蘭先輩も、ですか」
「出来れば僕から聞きたいんだけれど、いいかな?」



窺うような視線にはこくん、と頷いた
何を聞かれるのか、その内容はもしかして自分が疑問に思っている事かもしれないと鼓動が少しだけ速くなる



「・・・君は、もしかして僕に会った事がある?」



"黒主学園ではなく、ずっと・・・昔に″真っ直ぐに見つめられ付け加えられた言葉
見開いた瞳が困惑の色で揺れ目を伏せる



「記憶がハッキリしていないけど、僕は君を知っている気がする」
「・・・」
「君があの日、僕達が吸血鬼だと知った夜から・・・何故か "幼い男の子″と手を繋いでいる夢を見るんだ」
「・・・」
「勿論確証はない。だけど、君はあの日僕の名前を口にしなかったかい?」



ビクッと小さく肩が揺れる
伏せた目をゆっくりと玖蘭に向け、は苦笑いに近い笑みを零した



「――――― ・・・かなめ、おねえちゃん・・・?」
「そう、あの夜君は確かにそう呼んだ。聞えていたのは僕と支葵だけのようだけど、僕にはの幼い頃の記憶がないんだよ」
「・・・あたしも、あの日の夜までは玖蘭先輩の事を忘れてました」
「どういう事なのかな?・・・僕は、いつ君に?」



忘れているわけではない
本当に、すっぽりと抜け落ちたように知っている筈なのに記憶が無い
それは吸血鬼、それも玖蘭よりも力のある者が記憶を消した可能性以外考えられないと玖蘭は目を細めた



「10年前、あたしの両親が殺される少し前に・・・あたしは両親と一緒に、多分ですけど玖蘭先輩の家で玖蘭先輩と会ってます」
のご両親は・・・」
「両親は人間ですよ。あたしにも詳しくわかりませんけど、交わした約束は覚えてます」
「約束?」
「はい。絶対に名前を聞かれても本名は言っちゃいけない。だからあの日、玖蘭先輩と会った時は偽名でしたし男として挨拶したと思います」



蘇るのは断片的でしかない記憶
父親に抱かれ訪ねたのは大きな屋敷
そこで出会った、綺麗で優しげな瞳をした玖蘭枢
たった1日、親の用事で連れて行かれたその場所は何の説明もされなかったとは言った



「他に何か思い出した事はある?」
「玖蘭先輩に会った事以外は綺麗サッパリ・・・。吸血鬼の人達は記憶を操作、出来るんですよね?」
「・・・貴族階級以上の者ならば出来るけど、簡単に人の記憶を操作する事は禁じられているよ」
「あたしと玖蘭先輩の記憶を消したのは、何か消さなければいけない理由があったって事ですよね・・・」



吸血鬼と会った事がまずいと言うのなら、には10年前に架院と共に過ごした1週間の記憶が残っている筈がない
どちらも吸血鬼だと知らなかった点では同じ
ただ違うのは、玖蘭が純血であるという事
何かを深く考えるように目を伏せた玖蘭に、はそっと息を吐いた

   ――― ・・・犯人が吸血鬼で、見つかったとしたら、あたしはどうするんだろう・・・

迷わず復讐として銃口を向けるだろう零
その想いは同じ境遇だと言っても想いの重さは違うような気がすると、は天井を仰いだ



「・・・玖蘭先輩、ひとつ聞いても良いですか?」
「なにかな?」



両膝を抱くようにしてジッと何も無い天井を見上げたまま
自分に向けられる視線に少し身じろぎぽつりと言葉を紡ぐ



「――― ・・・玖蘭先輩のご両親って、もしかして・・・もう、亡くなってませんか?」



スッと自分に向けられていた視線がなくなったのを肌で感じる
無言は肯定の証だと、は抱いた膝に額をこつん、と合わせた



「・・・君は本当に鋭いね。知らなくて良い事、知ってしまえば傷ついてしまう事まで、君は無意識に感じ取ってしまう」
「そんな事、ないですよ・・・」
「そうかい?でも今君は、僕の両親が殺された事とのご両親が殺された事に何か関係があると・・・そう思っている。違う?」
「・・・」



こちらも無言の肯定に玖蘭は困ったように目尻を下げ小さく微笑んだ
ゆっくりと伸びた手は優しくの髪に触れる



「断言出来ないけれど、もしかしたら僕達玖蘭に巻き込んでしまったかも知れない」
「純血種って守られる、大切な存在じゃないんですか?」
「確かに今現在純血種というのは数が少なく、絶対の存在である事には変わり無い。だけど、全ての吸血鬼がそう思っているわけじゃないんだ」
「・・・玖蘭先輩のご両親って、殺された、んですか・・・?」
・・・」



顔を上げれば玖蘭の瞳が悲しく揺れた
髪に触れていた手がゆっくりと降下しての頬を優しく撫でる
目尻に溜まった涙が静かに頬を伝い零れ落ちた



「僕達を受け入れてくれた事は嬉しいよ。だけど、この件に関してはこれ以上知らない方がいい」



ふわりと優しく抱き締められ囁かれた言葉
お互いにある踏み込んではならない場所
決して踏み越えてはならない一線



「・・・と会った1日を、僕も思い出したいよ」



ギュッと掴んだ玖蘭の服に小さく皺が出来る
小さな身体を包み込むように抱きしめて、片手で綺麗な黒髪を優しく梳いて玖蘭も目を閉じた

   ――― 言えないのは、玖蘭もも・・・お互い様、だとわかっていてもその空白がもどかしい








     ⇒ Next Story