あの夜会があった夜、ぽつんと残されたあの場所に戻って来たのは支葵ではなく10年前に別れた架院だった
正式に風紀委員になった事で一応報告にと月の寮に行った時は、架院に抱き抱えられ無理矢理月の寮から出された
理事長に客人を案内して欲しいと言われ月の寮に行った時は目が合う事さえなかった



「・・・」



ナイト・クラスの生徒達とデイ・クラスの生徒達が入れ替わる時間はまさに戦場
風紀委員の優姫と零は毎夕毎夕揉みくちゃになりながらも仕事をやり遂げるのだが、同じ風紀委員のは入れ替えの時刻間際なっても教室にいた
風紀委員と言えど彼女は裏方専門であるからして入れ替え時間にあの戦場へと向わなくて済む
ナイト・クラスの生徒を出迎える為に誰も居なくなった教室で何をしてるのかと思えば、手に持った携帯をジッと見つめたまま眉間に皺を寄せている



「・・・うーん」



ディスプレイに表示されているメールの受信ボックスには友人の名前が並ぶ
しかしそこにの求める人物の名前はない
送信ボックスにはその人物の名前があるというのに受信ボックスにはないという事は、言わずもがな返事が送られてきていないと言う事だ



「・・・避けられてる、のかなぁ」



送信ボックスには何個か求める人物の名前が並ぶ
それでも返事が無く、一度待ち受けに戻しぱたん、と携帯を閉じて意を決したように立ち上がった
このままメールを送り続けたところで返事が来る可能性は少ないと、電話も出て貰えないのがその証拠だと携帯をポケットに入れ足早に教室を出た

鞄を持ったままでは邪魔になるだろうと、寮の部屋に鞄を投げ入れて腕章は付けずに面倒だと窓から飛び降りる
4階という高さはほんの少し足元を痺れさせるけれど軽く無視して走り出す
聞えてくる高く少し耳障りな声
横目で群れるデイ・クラスの女の子達を見ながらひょいっと壁を乗越え月の寮の敷地内へと入り込んだ



「意地でも捕まえてやる!」



今の時間ならばナイト・クラスの生徒はロビーに集ってる頃だろうと、腕にした腕章に一度触れて寮を見上げる
そして軽く息を吐いてから月の寮の重い扉を開けた



「あっ!この間のチビ!」
「・・・開口一番何ですか英先輩」



扉を開けてすぐ、藍堂が興味津々にソファーから立ち上がり近づいてくる
うんざりしたようなの様子に気付いていないのか、それともわざとなのか低い位置にあるの頭に手を置いた



「だってお前小さいじゃん」
「女の子の平均で言えば普通です!」
「そう?あ、そういえばデイ・クラスの女の子ってみんな小さいね。で?今日は何しに来たんだよ」
「間違っても英先輩目的ではありませんからご心配なくっ!」



ふんっと顔を背け藍堂のすぐ横を通り抜けはロビーを見渡す
ちらほらいるナイト・クラスの生徒はに興味がないのかチラッと視線を向けただけだった



「なぁ、お前って支葵と付き合ってるんだろ?」
「・・・は?」
「一条のヤツが言ってた。お前と支葵は付き合ってるから、手出しするなって」
「・・・付き合ってない、んですけど」



何がどうなればそんな噂が立つんだ、とは顔を顰めいつの間にか隣に立っていた藍堂を見上げた
見下ろす藍堂はそんなに "なんだ、嘘だったのかー″と両手を頭の後ろで組みつまらなそうに呟いた



「・・・この流れで聞くのは何か嫌なんですけど、千里います?」
「支葵なら仕事。明日には帰って来るんじゃない?」
「仕事?・・・あぁ、モデルの仕事ですか」
「今夜は枢様もいないし、暁のヤツは家の用事とかで帰ってるし、つまんない」



授業をサボってしまおうかと呟いた藍堂に、半ば聞き流していたは "お好きにどーぞ″と溜め息ひとつ
もしかして仕事で返事が返せないのかも知れないと一瞬思うが、がメールを送り始めたのは何もここ最近ではない
姿を何度か見かけているが返事はないという事実にガクッと肩を落とした



「一条先輩は部屋ですか?」
「さぁ?一条のヤツも元老院への報告書がどうこう言ってバタバタしてたけど」
「元老院?」
「ボク達の世界の最高機関。人間で言う、政府の人間と一緒」



"この間来たのも、元老院の1人で一条のお祖父様ってやつ″と言われ、はどこか納得して頷いた
何だか嫌な空気がまさに上に立つ者、そして裏で動く卑怯な者の空気だと口には出さず髪を掻きあげる



「お前って、ボク達が吸血鬼だって知っても怖がらないんだ」
「恐怖の対象だとは思わないし、どんな生き物にだって善悪は存在しますからねぇ」



さらりとの口から出た言葉に、藍堂は微かに目を見開いた
吸血鬼と言えば人間から恐れられる存在というのはいつの時代も共通している事
人の生き血を啜る化け物だと言われ続けているのにも関わらず、見下ろす少女はさらりとそれを否定した



「・・・変なヤツ」
「はぁ?チビの次は変人扱いですか?・・・変態ちっくな英先輩には言われたくないですけど」
「ボクは変態じゃない!何なんだ、こんなにカッコいいボクに向って!」
「・・・あぁそうですか。じゃあ、あたしは忙しいのでこれにて失礼します」
「あ、おい!」



ひらひらと手を振って、もう月の寮に用はないとうるさく叫ぶ藍堂を半ば無視して外へと出た
オレンジ色の夕日が辺りを包み込むように照らす
――― と、ポケットの中の携帯が聞える女の子達の声に混じり着信を告げた



「千里、のわけないよなぁ・・・」



苦笑いひとつ零しながら携帯を開く
新着と表示されているメールを開けば、ディスプレイに表示されたのは短い文章だった



「・・・今すぐ帰れ?」



短い文章は何かを告げる
送信者の名前は、10年前にを引き取った里親からだった








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