俺の中にいる獣は、いつだって気を許せば俺を乗っ取ろうとする
必死で抗っても、どんなに押さえ込んでも、その "本能″という獣に打ち勝つ事が出来ない
どんなに吸血鬼を恨んでいても
どんなに人を傷つけたくないと思っても

   ――― ・・・俺は、血を欲する "自分″を止める事が出来ない






ギリギリと掴まれた腕に込められる力に顔を顰め零を見上げる
いつもと様子の違う零の紅い瞳に困惑する自分の顔が映りパッと視線を逸らした



「零・・・痛いっ・・・離して・・・」
「お前も優姫も甘いんだよ。吸血鬼は人の血を啜るただの化け物だ」
「・・・っ」



この瞳を何処かで見た事がある
紅く光る、身動きが出来なくなるような不思議な瞳
ゆっくりと片手で首筋を撫でる零の指
サラッとくすぐったい何かに視線を戻せば、自分の額に触れる零の前髪にドキッとする



「・・・ぜ、ろ・・・っ」
「人の血を飲む事で渇きを満たす事しか出来ない憐れな化け物なんだよ」
「・・・っでも、それは・・・人間だって、欲を満たす為に・・・っ動物を殺すよ!・・・同じ、事だよ・・・零・・・」
「同じ?・・・じゃあ、このまま俺に殺されても、俺を憎まないって言うのか?」
「なんで、零が・・・っつ・・・あたしを、殺すの・・・」



ギリギリと押さえつけられた腕が痛み顔を顰める
至近距離にある零の顔に表情は無い



「俺自身が、この世で一番憎いと思ってる ――― ・・・元人間の吸血鬼だからだよ」



全てを諦めたような笑みにハッと息を呑む
零の口から告げられた "元人間の吸血鬼″だという言葉に目を丸くする
何かを隠している、悩んでいると思っていたがまさか零が元人間の吸血鬼だと予想も出来なかった



「このまま俺が・・・・ここに、牙を立てても・・・は、文句ひとつ言わないんだろ?」
「・・・っ」



零の指がゆっくりと首筋を撫でる
目を逸らす事も出来ず、ただ見上げた零はひどく傷ついた顔をしていた



「・・・っだけど、零は・・・自分を、責めるんでしょ・・・?」



本能に負けてしまった事を、人を傷つけてしまった事を、1人傷つき責める
どんなに抗っても拒絶しきれない
吸血鬼としての自分を認める事は出来ない、だけど否定する事すら出来ない

   ――― ・・・じゃあ、俺はどうしたらいい・・・?

どうしたらいいのかなんて、零自身にもわからない
ただ、自分の躯を襲う渇きに耐えられず失う理性
ハッと気づけば傷付けてしまった事への罪悪感に襲われる



「どんなに憎んでも、零が吸血鬼だって事は変わらないんだよ」
「・・・っわかってる!」
「いった・・・っ!・・・ぜ、ろ・・・!」



より一層力の入った腕が軽く折れてしまうんじゃないかという程痛みが増す
顔を歪めるに気付きながらも、決定的な台詞を吐かれた事への動揺は隠せない



「・・・優姫の差し出した血の誘惑に負けて、その血を口にした」
「・・・っ」
「あさましいだろ?・・・俺は、自分の中の獣に・・・渇きに、逆らう事なんで出来ないんだよ」
「・・・っ零!それ、は・・・違う!!」



白い包帯から滲む紅い血
ドクン、ドクン、と吸血鬼の血が騒ぎ出す



「違う・・・?今も、俺の中の吸血鬼の血がの血を欲してるって言うのにか・・・?」
「・・・っつ・・・ぜ、ろ・・・!」



押さえつけられた腕を持ち上げられ、そのまま口元へと持っていきぺろっと腕を伝う血を零は舐めた
零の中の獣を何度だって静めてみせると言った優姫は今ここにいない
少しずつ外れていく理性を抑える枷



「・・・違う、よ・・・零・・・」
「何が違うって言うんだ?」



零の瞳がどんどん紅く光を増す
いつの間にか取り払われた白い包帯
塞がりかけた傷が開き闇に映える紅い血が腕を伝う



「・・・自分を、責めないで零・・・っ!・・・欲に負けた?・・・言ったよね?人間だって、それは同じだって・・・!」
「人間は人間を傷つけない、そうだろ?だけど吸血鬼は渇きを潤すために平気で人を傷つける」
「・・・っじゃあ、どうして零は傷ついてるの?」



ぽたっと紅い血がの頬へ落ちてそのまま、白いシーツへと伝った
そしての目尻から伝う透明なそれ



「・・・・・・心を持ってるから、傷つくんでしょ・・・?」
「・・・っ」
「だから、自分を責めるんでしょ?・・・っ零は化け物なんかじゃない!・・・平気で人を傷つける事が出来るなら、吸血鬼である事をどうして黙ってたの?」



涙を流しながら "怖かったから、言えなかったんだよね?″とは微笑んだ
ハッとしたように零は目を丸くしてを見下ろす



「どうして零がそこまで吸血鬼を恨むのかはわからないよ?・・・だけど、少なくとも零は心を持ってる・・・」
「・・・っ」
「・・・人間だって同じだよ?心を持ってる人と、心を持たず人を傷つける人もいる。・・・っ心を持ってる零は、化け物なんかじゃないよ」
・・・っ」
「そこまで恨む吸血鬼になった零の苦しみは、きっと零以外にはわからない。・・・吸血鬼である事を認められないなら、あたしが認めてあげる」



伸ばされたの手が、優しく零の髪に触れる
例えどんな事をしても "零の中の獣を静める″と言ってくれた優姫
そして、認められずにけれど否定も出来ない零に "あたしが認めてあげると″口にした
吸血鬼の血を止めると言った優姫の言葉とは正反対の、認めると言った



「認めたくないんだよね?自分が吸血鬼だって。・・・だから、余計に吸血鬼としての乾きに苦しむんでしょ?」



大きく目を見開き、力の抜けた零の拘束から逃れた腕が力無くシーツの上に落ちた
小さく笑うは力の入らない腕を震わせながら持ち上げ零の頬をそっと包む



「人が渇きを感じ水を飲むのと一緒だよ。ただ、それが水と血の違いだけ。・・・零は、血に餓えた化け物なんかじゃないよ」
「っ
「苦しかった?辛かった?」
「・・・っ」
「欲望に流されたって、零は零だよ。・・・零はもう少し、人に頼ろうよ。あたしには弱み見せてるつもりって、言ってくれたよね?もっと、見せなよ、零・・・」



力の抜けた零の身体がの上へと倒れ込む
首と背中の後ろへと腕を差し込んでキツク抱き締めれば、も痛む腕に気づかないフリをして抱き締め返した



「・・・優姫もお前も、こんな俺を何で見捨てないんだよ・・・っ」
「それは、優姫もあたしも、零が大切だからだよ」
「いつ、理性を失って襲い掛かるか・・・わからないんだぞ・・・?」
「誰かの為に血を捧げるって、輸血と変わらないと思うけど・・・。あ、でも最近の輸血ってお礼色々貰えるんだよね。零は、何かくれる?」
「・・・なんだ、よそれ・・・っ」



わざとそう冗談しかめて言ったの言葉に、零はくしゃっと顔を歪め小さく笑った
ぽんぽん、と子供にするように零の背中を優しくあやす
さらさらした零の髪が頬にあたりくすぐったそうに声を漏らせば、零はゆっくりと自分の腕を抜き身体を離した



「・・・この状況で、普通そんな声出すか?」
「は?」



何を言ってるんだと顔を顰めたが、微かに頬を紅くして顔を背けた零にハッとしたようには目を丸くした
自分の頭の横に支えるように置かれた零の手
離れたと言っても近い距離



「・・・っ何考えてんの!?さっきまで泣きそうな顔してたくせに!」
「泣きそうな顔なんてした覚えは無い。・・・あぁ、欲望に流されてもかまわないんだったか?」



にやり、と笑った零にサーッと身体から熱が消えていく
さっきまでの傷ついた弱々しい零はどこに消えたのか、ゆっくりと近づく零の顔にわたわたと慌て
唇が触れそうになった瞬間ギュッとは目を瞑った



「――――― ・・・ぷっ」



聞こえて来たのは吹き出したような笑い
恐る恐る片目を開ければ、口を押さえ笑いを必死に堪える零



「・・・っんな!!零!!」
「ぶっ・・・あはは!!バーカ、何で目、閉じてんだよ」
「そ、そっちが・・・!!・・・あぁもう!!零の莫迦!」
「くっ・・・!あははっ!・・・お前・・・っ何本気にしてるんだよ・・・!」



笑いが止まらないと、の上から退いて笑い出した零にむっとはその綺麗な髪を遠慮もなしに引っ張った
途端に笑いを止め "痛い痛い!″と抗議する零



「いってぇ・・・、お前は俺の髪に何か恨みでもあるのかよ」
「昔からあたしは人の髪を引っ張るのが好きだったみたいだけど?ふん、その綺麗な髪の毛全部ハゲてしまえ!」
「はぁ?・・・あぁ、確かにと初めて話した時は髪の毛引っ張られたんだったな」
「そうそう。あの時さ、呼び止めても零ってば無視するからつい・・・ね」



ベッドの上にちょこんと座りケラケラと笑うに、頭を擦りながら溜め息ひとつ
"つい″で引っ張られた俺の身にもなれと、あの時の痛みを思い出したのか零は微かに眉を寄せた



「・・・悪かったな、



落ち着いた声に、は静かに頷いた
ただ伸ばした手はくしゃっと、今度は優しく零の髪を撫でた



「・・・血を舐めたお礼は、購買で売ってる1日10個限定のデカプリンでいいよ」



にやりと笑った
"敵わない、お前には・・・″と小さく笑って、零は思い出したように血の流れるの手首を見て慌てて救急箱を取りに部屋を飛び出した
そんな慌てた零の後ろ姿に、はそっと小さく微笑んだ








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