あの夜、いつの間にかの姿は裏庭から消えていた
支葵センパイに抱き締められたままのは見た事がないくらいに弱々しかった
声を掛ける事も、できなかった

零の事、枢センパイの事、の事

考えなきゃいけない事はたくさんあって、だけど次々に起こる事にゆっくり考えてる暇なんてなかった
だけどひとつだけ解決した事がある
教室に顔を見せない零の事が心配で、ずっと俯いていた私に、は前と変わらず声をかけてくれた
"おはよう″って言ってくれた
一瞬戸惑った私に、は小さく笑って "もう1人で抱え込まない事。わかったかね、黒主優姫さん?″って言ってくれた
零の事は私の口から言う事は出来ないけど、なら零の事だって受け入れてくれると思う
なら、私に出来ない事も出来る気がするから・・・

   ――― ・・・だから零、卑怯かもしれないけど今を逃したらずっとに言えないままだよ・・・?






理事長のプライベートスペースであるその場所
滅多に足を運ぶ事はない、客室のドアの前では深く溜め息を吐いた

   「あのね、零が何か悩んでるみたいで・・・もしかしたら、このまま顔を出さないかも知れない・・・・っ」

少しヘマをし罰として与えられたレポートを図書館で仕上た頃、そう泣きそうな声で優姫から電話があった
窓の外を見れば既に真っ暗で、予定よりも遅れてしまい急いで理事長室に向わなければならない
どうしようか迷い、けれど自然と足は客室へと向っていた



「・・・零、いる?」



一度ドアに触れそうになった手が戸惑いを見せ、弱々しいノックになりもう一度溜め息ひとつ
少ししてからガチャッとドアが開き驚いた顔の零が顔を出した



「・・・・・・?」
「ごめん、少しいい?・・・ちょっと、電気くらいつけたら?」
「あ、おい!」



返事も聞かず少しだけ開けられたドアに手を伸ばし、グイッと半ば無理矢理ドアを開けて部屋の中へ入る
さすが客室と言うのか綺麗な部屋に感心しながらもはベッドへ腰掛けた
諦めたようにドアを閉め、そのまま寄り掛かるようにして立ったままの零



「何にしにきたんだよ」
「ごめんね、零」
「・・・は?」
「零や優姫が言えなかったのは、守るためでしょ?それなのに、あの時・・・かなり嫌味込めて、言っちゃったから」



急に謝ったに何の事かわからなかった零も "あの時″と言われ気付いたのか眉を寄せた
もう一度 "ごめんね″と目尻を下げ謝罪を口にしたに、自分は結局何ひとつ言えていないと胸がざわめく
優姫は隠している事を全てに伝えた
それは、自分の秘密ではないが玖蘭の了解を得た上で話した
しかし零が抱えている秘密は、知っていながら優姫は決して口にする事は無かった



「・・・もう、気にしてない」
「うん、でもごめん」
「・・・それを言いに来たのか?」
「言わなきゃいけないって思ったし、何だか監禁されてるような事もちょっと耳に挟んだから」



部屋をぐるりと見回して "だけど、監禁って感じじゃなさそうだね?″とは首を傾げた
そんなにチクリと胸が痛む
――― と、何気なく視線をから下げた零の目に白い包帯を巻いた左腕が飛び込んだ



、その左腕どうしたんだ?」
「あ、これ?昼間、変な男にイラっと来て・・・まあ、自分でちょっと切っただけだよ」
「変な男?」
「吸血鬼ハンターとか言う、えらく整った顔の男だけど。・・・零、知ってるの?」
「・・・知ってる。あの人は、俺の師匠だからな」
「師匠?・・・まさか、零もハンターなの?」



驚いたような声に零はただ小さく頷いた
ジトッと自分を睨むようなに、零は顔を顰め "なんだよ″と返す



「・・・師匠が師匠なら、弟子も弟子?」
「はぁ?」
「もしかして、零を閉じ込めてるのもあの人なの?」
「別に俺は閉じ込められてるわけじゃない。俺が望んで、ここにいるんだよ」
「ふぅん。そんな趣味があったのか・・・」
「どんな趣味だよ」
「そんな趣味」
「・・・なんだよ、それ」



ふむっと片手を顎に当てて1人納得するに、零は小さく笑みを零した
初めて会った時から何も変わらない
あの夜、混乱したように戸惑う姿を見せたのにも関わらず今目の前にいるはいつもとなんら変わりは無い
まるで何も無かったように、受け入れてしまっている



「零ってさ、ダブってる割には子供っぽいよね?」
「その歳になってもお転婆ぶりを発揮してるには言われたくないな」
「大人しく師匠とやらの言いつけを守るような零は、子供だと思うけど?」
「・・・っ」
「優姫が心配してた」



さらりと、真っ直ぐに自分を見るの顔に笑みは無かった
静かに口にした言葉は零の心を掻き乱す

何も言えないまま欲望に負け傷付けてしまったあの夜
しかし、それでも優姫は "次は、止めてあげる″と受け入れてくれた
自分の中にある憎き吸血鬼としての獣を、優姫は止めてくれると泣きそうな顔で言った
怖かった筈なのに、気持ち悪かった筈なのに、必死に出て行こうとした自分を止めた

2度目は理性を失いかけまた、優姫を傷つけようとした
所詮は止めるなどと言っても無理なのだと思い知らされた
枷が外れた理性は自分でもどうにも出来ない、ただ欲望に支配された躯を恨む事しか出来ない

そして、自ら血を捧げると言った優姫
そんな事は駄目だと思っていても、その誘惑に勝つ事は出来なかった



「なんかさぁ、ホント黒主学園って色々あるよね。・・・この学園の校舎に憧れて選んだけど、ちょっと失敗だったかなぁとか思うし」



ベッドに両手を置いて体重をかけ、天井を見上げたの黒髪がサラリと後ろへと流れ落ちる
トクン、と高鳴る鼓動に零はギリッと手を握り締めた
の言葉は "吸血鬼とは関わりたくない″と言っているように聞え、零は吐き捨てるように口を開いた



「だったら関わらなきゃいいだろ」
「零?」
「ナイト・クラスの連中には関わらなければいい。元々風紀委員じゃないだろ。・・・俺にも、もう関わるな」
「・・・」



拒絶の言葉は思ってた以上に口にすると同時に痛みが走る
こんな事ならば優姫が自分の秘密もバラしてくれればよかったと
バレる事を恐れなくてもいい
いつ理性を失うかわからない自分に、が自分に近づかなければ傷つけてしまうかもしれないと苦しまなくてもいい

   ――― ・・・自分じゃ言えない癖に、俺も最低だな



「それがね、無理なんだなぁ」



あはは、と笑うの声に現実へと引き戻される
顔を上げれば真っ直ぐに自分を見つめるの視線と絡む



「零にひとつだけ、あたしの秘密を教えてあげよう」



この場に似つかわしくない明るく、ふざけたような声色に零は少しだけ表情を険しくした
そして、はふわりと微笑んだかと思えば



「あたしの両親、もしかしたら吸血鬼に殺されたかも知れないんだよ」



ハッと息を呑む
告げられた秘密とやらは、華の様な笑みには到底似合わない台詞
続いて優姫も知らないと言われれば尚更驚き目を見開いた



「・・・どう、いう事だよ・・・」
「ん?そのまま。あたしの両親を殺したのは、吸血鬼かも知れないって言ったの」
の両親は、ハンターだったのか?」



それならば可能性があると、しかしはキョトン、としてから首を横に振った
だったら何故何の関係も無い人間が吸血鬼に殺されたかも知れない、などと言えるのか



「あたしさ、10年前の記憶ってキラキラした記憶に変わって忘れかけてた事多かったんだ」
「10年前・・・?」
「・・・優姫が玖蘭先輩に命を助けられたのも、10年前だったよね」
「・・・関係してるって言いたいのか?」
「忘れかけてたけど、部屋中血の海に立ってたのは、あたしだけじゃなかった」



零の頭に4年前の光景がフラッシュバックしたように広がった
高鳴る鼓動は治まるどころかだんだんと速度を上げる



「・・・憎んでる、よな」
「吸血鬼?」
「あぁ。もしかしたら、自分の両親を殺したかも知れないんだろ?」
「え?ううん、別に恨んでないけど・・・」
「あんな化け物を許すっていうのか」



低い声の零に、はギュッと眉を寄せた
吐き捨てる様に言われたその言葉は、吸血鬼全てを否定するようなものだった



「・・・零は、人を殺した人間がいたら、人間全てを恨むの?」
「それはまた話が違うだろ」
「違わないよ。両親を殺したのが吸血鬼であっても、犯人を恨む事はあっても、吸血鬼を恨む事のは変だよ」
「・・・っいつ理性を失うかわからないんだ!」
「それは人間も一緒でしょ?」



正論であって、理解出来ない正論
元人間であり徐々に自分の躯を蝕んでいく吸血鬼の血に苦しむ零にしかわからないだろう苦しみ



「・・・った、い・・・っ零?」



零の顔が一瞬にして近くなりふわりと一瞬感じた宙を浮いたような浮遊感
零の肩越しに見える天井に、キツク押さえられた手首が痛みに悲鳴を上げる



「じゃあお前は、いつこうして襲われても文句ひとつ言わないって言うのか?」



月明かりが差し込む部屋
至近距離で見つめる零の瞳が、紅くキラリと光った








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