話してくれたのに何も言えなかった優姫と、ちゃんと話をしなきゃいけない
千里に "吸血鬼だって関係ない″って言いたい
玖蘭先輩にちゃんと確かめたい事もある
何も知らなかったとは言え、あんな嫌味を言ってしまった零にも謝りたい
――― ・・・やりたい事は山ほどあるのに、理事長からの呼び出しで後回しにするしかなかった
「・・・あたし、風紀委員代行を引き受けてから授業をサボる回数が増えたんですけど」
「えぇ!?それは駄目だよちゃん!授業はしっかり受けないと!」
「授業中に呼び出したのは理事長ですよ!」
「あ、そっか・・・あはは!ま、まあ気にしないでお茶飲んでよ!」
「・・・」
理事長は香りの良い紅茶と、美味しそうないちごの乗ったケーキをテーブルに並べて誤魔化すように笑った
そんなボケをかましてくれた理事長がいるのに、この部屋の空気がどこか重いのはきっとあたしの目の前に座る男のせい
どこかで見覚えがあると思ったら、初めてレベル:Eと呼ばれる吸血鬼と遭遇した夜に会った男の人だった
「・・・今日は、何の用ですか?」
「ちゃん、ナイト・クラスの秘密を知っちゃったんだって?」
「口止めでしたら必要ありませんよ。言うつもりもないですし、そもそも普通の人間が信じられるような事でもないと思いますし」
「そっか、ならいいんだ。・・・でも、今日呼び出したのはちょっと違うんだよね」
「じゃあ、どうしてですか?」
「――――― ・・・俺が呼んだんだよ」
低く威圧感のある声
顔を上げれば、えらく整った顔が真っ直ぐにあたしを見てる
「お前、あの夜吸血鬼と一戦交えた奴だろ」
「・・・その言い方、やめてもらえませんか」
「あ?じゃあなんだ、殺し合ったとでも言えばいいのか?」
「ちょっとちょっと!ちゃんにそんな物騒な事言わないの!」
言葉の節々に棘を感じるのは気のせいじゃない
話しに割って入った理事長を、まるで追い払うように低い声で黙らせるとククッと嫌な笑い
「お前、一体何者だ?」
「その言葉、そっくりそのままあなたにお返ししますよ」
「・・・夜刈十牙、吸血鬼ハンターだ」
「・・・吸血鬼、ハンター?」
「質問に答えろ。理性を失った凶暴な吸血鬼の攻撃を防いで骨折だけで済むなんてな、ありえねぇんだよ」
"ありえない″と言われても、あたしは現にこうして今ここにいる
骨折した左腕も今は綺麗に治ってしまったし、それ以外の傷と言えばかすり傷程度だった
「・・・質問の意味がわからないんですけど」
「質問を変えてやる。お前は、本当に人間か?」
「どんな質問をしてるんだ君は!!」
理事長が耐え切れなくなったように立ち上がって叫ぶけれど、あたしは真っ直ぐに睨むように向けられた視線を逸らす事が出来なかった
何か確信があるのか揺るがない瞳
ドキドキと高鳴る鼓動を誤魔化すように、あたしは瞬きひとつして口を開いた
「失礼な質問ですね。それとも何ですか?人間のフリをしてる吸血鬼だ、とでも言いたいんですか?」
「質問の答になってねぇ」
「人間ですよ。最近まで吸血鬼の存在を知らなかった・・・ただの、ね」
「・・・」
「骨折だけで済むのは在り得ないと言われても、今こうしてあたしがいる時点で在り得る事なんですよ」
「・・・何を隠してる?」
真っ直ぐに見つめる視線が鋭く光る
吸血鬼ハンターと言った彼の、ハンターと言う仕事がどんなものかは知らない
ハンターと言うのだから吸血鬼を狩るのだろうけど、理事長が学園にいる事を許したと言う事は普通の吸血鬼にとっては無害な筈
だけどこの空気、信用出来ない
「そんなに疑うのでしたら、あたしの血液でも調べます?」
「調べられてもボロはでねぇってか?」
「出るわけないじゃないですか。あたしは正真正銘、ただの人間ですよ」
「・・・随分と自信があるんだな?」
「自信があるとかじゃなくて・・・あぁ、もういいですよ」
真っ向から信用しない人と話し合っても無意味だと感じて、ケーキのお皿の上に添えられたフォークに手を伸ばす
あたしをジッと見てる男は一瞬の隙さえ見せない
理事長の戸惑ったような、驚いたような声であたしの名前を呼んだ
「・・・っつ・・・!」
「ちょ、ちゃん!?何をしてるんだ!!」
尖ったフォークの先はギリギリと手首の骨の間へと入っていく
ぽたぽたと流れる紅い血がスカートへ滴り落ちた
カ、ラン ――― !
「・・・」
「人を疑うのもあなたの勝手ですけど、根拠の無い疑いは人を不愉快にさせるだけですよ」
テーブルの上を数回跳ねたフォークは、男に差し出されたカップの手前で止まった
視界の端で理事長が棚の上から救急箱を取っている姿が見えたけれど、あたしはそのまま立ち上がった
「調べるならどうぞ。人間以外のDNAが出たのならそれこそ、あたしが自分の正体を知りたいですよ」
「ちゃん、手を出して?すぐに手当てしなきゃだめだよ」
「自分でやりますから大丈夫です。・・・あぁ、それとも今ここで傷を消してしまう事をそちらの方はご希望ですか?」
ふっと口端を上げて男を見れば、どこか不満そうにしながらも確かにフォークに手を伸ばした
調べるなら調べればいい
そんな事したって、あたしが人間だと言う事に変わりは無い
「理事長、本当に大丈夫ですから」
「・・・ちゃんと手当てするんだよ?」
「わかってますよ。・・・後、話したい事もあるんで夜にでも時間取って貰えますか?」
「話?うん、ボクもちゃんに話があるから入れ替えが終わった後に、ここへおいで」
「はい、わかりました」
小さく頭を下げて理事長室を出る
最後まで射抜くような男の視線はあたしから離れる事はなかった
ポタポタと滴り落ちる紅い血
暁が匂いでわかったと言っていたけど、今は昼間だから寝てるだろうとポケットの中のハンカチでキツク縛った
パックリ切れていた左腕と首筋は痕も残らず綺麗になってるのは、千里が治してくれたからだ
新しくついた左手の傷に、本当に左手は呪われてるのかと小さく笑みが漏れた
「――――― ・・・骨折だけで済むわけない、か」
そんな事を言われても、事実それで済んだのだからあたしには答えようが無い
確かにあたしは人よりも運動神経が良い
暁と過ごしたあの7日間の間にも、テラスから落ちてもケロッとしてたし、窓から飛び降りても平気で着地できる
だけどそれは生まれ持ったものであって "人間じゃない″と言われてもどうしようもない
自分でも不思議だけれど、あたしが人間だと言う事は変え様の無い事実だから