黒主学園に存在する夜間部(ナイト・クラス)
エリート集団と名高いその生徒達が、実は人間ではなく人の生き血を好む吸血鬼だと知ったのはほんの数分前
混乱しない筈がない
吸血鬼なんて、映画や御伽話の中の空想の生き物だと思ってた
――― ・・・ は、オレが人間じゃないって言ったら、怖い?
不安そうな千里の表情
すぐにハッとしたように視線を泳がした千里を、あたしは怖い夢でも見たのかと思った
吸血鬼、だなんて信じられないけどバラバラのピースはその単語のお陰でぴったりと一枚の絵になった
どうして夜間部と普通科の間には大きな壁があるのか
見回りまでして接触を防ぐ理由はなにか
夜間部の生徒の誰もが人を惹き付ける何かを持っている事
細かい事を上げたらキリがないけれど、彼等が吸血鬼だとしたら話が綺麗に繋がる
怖いかと聞かれればあたしは迷わず "怖くない″と答える
――― ・・・だけど今のあたしとって、夜間部の人達が吸血鬼である事はどうでもよかった
「・・・なんで、同じ学園にいたのに言ってくれなかったの?」
1人残された月の寮の裏庭から少し離れた木の影
座り込んで空を仰ぐ
月の出ない空はいつもよりも暗い
ポケットに手を入れたまま立つ、記憶の中の君の面影を残した彼は随分と男前になった
10年前
たった7日間だったかも知れないけどあたしにとっては大切な7日間
夜になると、どおうしても思い出してしまう記憶にいつも安心させてくれた
傍にいてくれた君には何度 "ありがとう″と口にしても足りない
「・・・俺もナイト・クラスだから、な」
低くなった声は記憶の中の君の声とは違う
突然現れた彼は驚いたあたしに "・・・支葵が、行けって言ったから来ただけだ″と冷たく吐き捨てた
「・・・吸血鬼だから、人間にあたしには関わりたくなかった?」
バッと顔を上げた彼と初めて視線が絡む
それでもすぐに逸らした彼は、何かを我慢するように表情を歪めて、だけどすぐに諦めたように溜め息を零した
「・・・お前、出待ちには一切顔出さなかっただろ?まさか陽の寮まで行くわけにもいかないだろうが」
「・・・連絡してくれれば良かったじゃん」
「携帯の番号知らないのにどうやって連絡するんだよ」
「・・・」
最もな答えだけど、方法はいくらだってある筈だとむっとする
諦めたように小さく笑う彼 ――――― ・・・架院暁は、そのまま離れていた距離をスッと縮めてあたしの前にしゃがみ込んだ
頭に乗せられた大きな手はあの頃と変わらずに温かい
「そんな顔するなよ。・・・俺が下手に連絡取れば、嫌でも俺達と関わる事になるだろ」
「・・・もう10年前に関わってるじゃん」
「あの時は俺達が吸血鬼だって知らなかっただろ」
「・・・吸血鬼だって知ったのはついさっきだけど?」
「屁理屈言うな。ったく、お前本当あの頃から・・・・ちっとも成長してないな」
「ちょっ、人の胸見て言うな!」
チラッと下げた視線に気付き、近くにあった頭を軽く叩いて講義すれば返って来るのは深い溜め息
あんな子供の頃に比べたら随分と成長したと思う
いや、大きな声で言える程のものじゃないけど・・・
「それだけじゃないだろ?昔から運動神経良いとはいっても、何も知らず風紀委員代行するなんて何考えてんだよ」
「あれは玖蘭先輩と理事長に頼まれて断れなかったの!」
「だからってお前なぁ・・・。レベル:Eと遭遇して腕骨折なんて、下手したら全身の血がなくなるまで喰われてたんだぞ?」
「え?レベル:Eって・・・あの変な気持ち悪い・・・?」
「あぁ。って、そうか・・・お前は途中から来たから話聞いてないのか」
首を傾げるあたしに、暁は街で会ったあの狂気を宿した人の形をしたアレについて説明してくれた
元人間の吸血鬼で理性を失ったただの化け物だと
人よりもずっと身体能力のある吸血鬼
理性と言うストッパーが外れたレベル:Eを相手にして骨折だけで済んだ事が奇跡だと暁は言った
「そんな吸血鬼が、うろうろしてるの?」
「いや、本来は貴族クラス以上の吸血鬼が管理してるんだけどな・・・。まあ、逃げ出す奴も中にはいるって事だ」
「そ、っか・・・」
"管理″と言う言葉に違和感を感じたけれど口には出さなかった
人間のあたしにはわからない吸血鬼の世界
簡単に、口出し出来る事じゃない
「・・・・・・俺達、吸血鬼が・・・怖い、か?」
あたしの頭に手を乗せたまま、こっちが泣きたくなるような影の落ちた暁の表情にチクリと胸が痛い
あの時の千里もこんな顔をしてた
あたしはふるふると首を横に振って、頭に乗せられた大きな手を取ってギュッと握った
「暁の手ね、あたし凄く好き」
「は?」
「不安とか、寂しさとか、全部吸い取ってくれる暁の手、あたし好きだよ」
「・・・」
「あの頃は何も知らなかったかも知れないけど、それでもこの手にあたしは何度も助けられた」
お転婆だったあの頃のあたし
今も変わらないと言えば変わらないけど、あの頃はすぐに大きな屋敷を抜け出しては怪我をしてた
その度にいつも追いかけてきてくれて呆れながらも "だいじょうぶか?″と手を差し伸べてくれた
夜になるとまるで発作のように泣き出すあたしを、いつも抱きしめてくれた
泣き疲れて眠るまでずっと、暁は抱き締めたまま安心させるように言葉をくれた
「怖くないよ。・・・・だから、そんな顔しないで、暁」
顔を上げた瞬間、グイッと片手で頭を押さえられて首が小さく悲鳴を上げる
文句を言いたかったけど、小さく、小さく暁が "・・・さん、きゅ″なんて言うから見逃してあげる事にした
自分が他の人と違う事で不安を感じるのは人間だって同じだ
拒絶される事を恐れるも、人間だって吸血鬼だって変わらない
みんな誰もが心を持ってるんだから
「・・・」
「うん?」
「・・・支葵の奴にも、言ってやれよ。あいつらしくないけど、あいつも不安になってるだろうからな」
「あ、うん・・・。そう、だね。千里にも、言わなきゃね。・・・っていうか、手を退けて下さい暁さん」
「あ?あぁ、悪ぃ忘れてた」
開放された首をコキコキと鳴らして、顔を見合わせて久し振りに見た暁の大人びた笑顔にドキッとした
あの頃は無邪気に暁の髪を引っ張って遊んで頃の自分が恥ずかしくなった
よく怒らなかったよなぁと今では少しだけ不思議だけど、それも暁の優しさかもしれない
「」
「うん?」
「お前が俺達の秘密を知ったって事は、理事長から風紀委員の仕事を任されるかも知れないけど断れよ?」
「へ?あぁ、そっか。風紀委員代行はもう終わったし、正式に頼まれるかも知れな、い・・・あれ?」
「なんだ?」
「・・・暁、なんであたいが風紀委員代行してた事知ってるの?」
ハッとしたように "まずい″と丸わかりの顔をして暁は視線を逸らした
あたしが風紀委員代行をしてたのは玖蘭先輩と理事長、気付いた零ともしかしたら千里が気付いてるかもしれない
だけど暁が知ってる筈無い
玖蘭先輩や千里が言うような事はしないだろうし、ましてや零が言うわけない
「・・・ねぇ、何で知ってるの?」
「あー・・・それ、は・・・だな」
怪しむあたしの視線から逃げるかのように立ち上がった暁
言い難そうに言葉を濁して、ガシガシと頭を掻きながらブツブツと良く聞えない
「・・・その、あれだ・・・」
「あれじゃわかんない」
「・・・理事長に、だな・・・」
「理事長?暁とあたしの事知らない理事長が、何で暁に言うの」
訳がわからなくて問い詰める
怒ってるわけじゃないのに、何で言えないのかわからない
もしかして盗聴器でも仕掛けてるの?とふざけて聞けば、あほかと切り返しの早い返事
「・・・俺が、理事長に・・・聞きに、行ったんだよ・・・」
「は?暁が?」
「・・・が骨折して帰ってきた日、微かにお前の血の匂いがしたから聞きに行ったんだよ」
「・・・それって、心配してくれたの?」
恐る恐る聞けば、暁は開き直ったかのように溜め息を吐いて "だったら、なんだよ″と拗ねたようにそっぽ向いてしまった
たった7日間しか一緒にいなかったあたしを、心配して理事長に聞きに行く、なんて思ってもみなかった
――― ・・・あたしが暁の立場だったら同じ事してたかもしれない、けど・・・
「暁!」
「うわ!おま、急に抱きつくな!」
「いいじゃんいいじゃん。髪の毛掴まないだけ、成長したでしょ?」
「・・・あの頃のには抱き付くたびに髪の毛引っ張られてたからな」
「だってあの頃から暁、身長高かったからさ。髪の毛引っ張らないと首に手が届かなかったんだよ」
「だからって引っ張るか?普通・・・」
後ろから飛びつくように抱きつけば、さすがとも言うべきかふらつく事はなかった
10年前と変わらず優しい暁
あたしの忘れたい過去を、綺麗なキラキラした思い出に変えてくれた君
「――――― ・・・話がくれば、あたしは風紀委員になるよ」
すとん、と地に下りて首に回していた手は腰にギュッと回して呟いた
変わった空気に気付いたんだろう暁が軽くあたしの腕を離して、そのまま向い合わせに抱き締められた
「・・・巻き込まれるぜ?」
「それでも、やっぱりあたしは知りたいから」
「傷ついてもか?・・・玖蘭寮長は、何を考えてるのかわからない人だぜ。お前が例え知りたいとしても、簡単に教えてくれる人じゃない」
「玖蘭先輩は嘘吐いてないよ」
「どういう事だ?」
「・・・玖蘭先輩も、何も知らないと思う」
千里や暁が吸血鬼だっていう事実よりも、あたしの頭の中を占めるのはもっと別の事
幼い頃の何気ない記憶は曖昧な事が多い
だけど、あたしの言葉の意味を理解してる暁にはやっぱり幼い頃の自分は話してしまったんだろう
「巻き込まれる、だなんて今更でしょ?・・・あたしはあの日、になった瞬間から、巻き込まれてるんだから」
暁の胸に寄り掛かるようにして目を閉じる
トクン、トクン、と聞える心音が相変わらずあたしを落ち着かせてくれる
「思い出さずにいれば、よかったのに・・・・なんで思い出すんだよ・・・」
キツク抱き締められて、切なく紡がれた言葉に胸が痛かった
そういう運命だと言えたら少しは楽になれるのかな
あたしは、幸せだったあの頃を否定したくない
――― だから、あたしは自分で幸せだったと証明したい