「おねえちゃん?どーしたの?」
「・・・ううん、なんでもないよ。今から庭の薔薇を見に行くけど、一緒にいく?」
「ばら?・・・っ・・・ぼく、も・・・いく!」
少し首を傾げたけれど、お姉ちゃんはにっこり笑って手を繋いでくれた
小さな手を取り合って駆けて行く姿を、大人達は何を思って見ていたのだろう
優しそうな笑みも、柔らかい声も、今はもう失ってしまった
黒主学園に存在する普通科(デイ・クラス)と夜間部(ナイト・クラス)
風紀委員として表向きは動いている優姫と零は、実はナイト・クラスの秘密を守るためのガーディアン
ナイト・クラスに在籍している生徒は全て人間ではない
"人の血″を好み長寿で夜行性
獰猛な一面もあるが、大概その姿は美しく気位は高い
優れた知能と身体能力を持つ者達
――――― ・・・
ぽつり、ぽつり、と話す優姫の声は小さく近くにいる玖蘭と零、そして支葵と以外には届かない
ただ黙って支葵の隣に立ち話を聞くの顔に表情は無い
そんなに不安の色を隠せない優姫は、それでも必死に言葉を繋いだ
「・・・っごめん、ね・・・。私、たくさん・・・たくさん、に助けてもらったのに・・・っひどい、事言った・・・」
何も知らずに何度助けてくれたのかわからない
それでも何も聞かずにいてくれた
戸惑った筈なのに、混乱した筈なのに、その優しさが切なくて胸が苦しく優姫はギュッと手を握り締めた
「・・・」
何も言わないを、ただ黙って話を聞いて聞いているわけではなく "様子がおかしい″と一番初めに気付いたのは、ずっと顔を顰め話を聞いていた零だった
様子を窺うようにの名前を呼ぶが何も無い宙を見つめたままのは反応を示さない
突然聞かされた御伽話の様な話しに戸惑い、混乱しているのかと思っていた優姫もその異変に気付いた
「?・・・どうしたの?」
優姫がソファーから腰を上げの腕にそっと触れた
それでも何の反応もしない事に不安の色が浮び、隣に立つ支葵を見上げるが支葵も支葵で不安が渦巻いていた
いつの口から拒絶の言葉が飛び出すのかわからない
様子のおかしいに気付きながらも、聞きたくないと逃げたくなる気持ちに押し潰されそうになりながらも、その場を動く事は出来なかった
「・・・?ねぇ、!?」
明らかにおかしいと、優姫は細い肩を両手で掴み強く揺すった
普通ではない雰囲気に今まで個々に夜会を楽しんでいたナイト・クラスの生徒達も何事かと視線を集める
「どいて」
「・・・っ支葵センパイ?」
肩を揺する優姫の手を払いそっとの頬を包み込んで顔を上げさせた
「、オレを見て」
目線を合わせるように屈んで声をかける
それでも視点の定まらないと支葵の視線が絡む事はない
「・・・、聞えてる?・・・ねぇ、・・・オレは、ここだよ?」
諦めずに名前を呼ぶ
ゆらゆらと揺れる視線を捉えるように、支葵はこつんっと額を合わせた
感情を表に出す事が少ない支葵の優しげな声に、彼を良く知る者達は驚き顔を見合わせた
「・・・あの女、何なんだ?デイ・クラスだろ?」
「・・・」
藍堂の漏らした疑問に架院は何も答えない
ただ莉磨がひとこと "・・・支葵″と小さく呟いた
「――――― ・・・ ・・・」
「・・・っ・・・」
小さく呟いた言葉は支葵以外に届く事は無かった
ゆらり、ゆらり、と彷徨った視線はゆっくりと支葵の視線に絡む
の口から縋るように零れた言葉に驚きながらも、支葵はホッとしたように小さく、誰も気付かないであろう程に小さく口元を緩ませた
「・・・あ、たし・・・」
「・・・うん、今は何も、言わなくていいから」
「・・・っ」
まるで壊れ物でも扱うかのように優しく抱き締めた支葵は、そのまま落ち着かせるように何度も髪を撫でた
一体はどうしてしまったのかわからず優姫は戸惑ったように支葵の名を呼んだ
背を向ける形でを抱きしめていた支葵は肩越しに視線だけを優姫に向ける
「あ、あの・・・、は・・・」
「・・・混乱、してるだけだから」
「・・・っ」
自分のせいだと責める優姫の肩に玖蘭はそっと手を置いた
見上げれば玖蘭はジッと何かを考えるような瞳で支葵の腕の中にいるを見ていた
困惑した空気の中で一条は困ったように苦笑いをひとつ零すと、空気を返るように大きくぱんっ!と両手を合わせた
「みなさーん!忘れちゃやですよーっ?今夜は僕の誕生日パーティーで集ってもらったんだ。ちゃんと祝ってくれなきゃダメだよ!」
ぱぁっと華が咲くような笑みで声を上げた一条に、優姫はどこかホッとした
何故だかわからないけど、あのままあの空気が続いていたら何かが崩れていた気がする
ゾクッと背中に走る何かに力が抜けたようにソファーへと腰を沈めた
「・・・優姫、顔色が悪いね。何か飲み物でも持ってこようか?」
「あ、大丈夫です!ちょっと・・・疲れた、だけですから」
「そう?・・・ならいいけど、無理はしないで」
「・・・はい、枢センパイ」
優姫の頭をそっと撫でた玖蘭の横目に、ふらふらと覚束無いを支え自分達から離れる支葵の姿を捉えたが口を挟む事はなかった
背中に感じていた玖蘭の視線が逸れた事を肌で感じ取り、支葵は裏庭から少し離れた場所にそっとを座らせた
そしてそのままに声をかける事なく腰を上げ裏庭へと戻って行く
木に寄り掛かっている彼の元へ迷わず歩み寄り、支葵は自分よりも高い彼の顔を見上げた
「・・・あっち、がいるから」
眉を寄せて見下ろす視線
支葵の胸にチクチクと何かが刺さり小さな痛みが走る
「・・・あんた方が、まだマシ」
「・・・」
「オレより、今はあんたの方が・・・」
そこで言葉を切り支葵は顔を背けた
本人は気付いているのか、その悔しそうに歪む表情に見下ろす彼は内心驚いた
「・・・早く、行ったら?」
"オレの気も、かわるかもしれないし″と支葵が言い終る前に、見下ろしていた彼は木から身体を離すと無言のまま背を向けた
グッと手を握り締めればぽたっと地面に紅いそれが落ちた