「・・・お前は、今も昔も、巻き込まれてばっかりだな」

遠くで聞えた低い声
記憶の中の幼い君の声とは全く違うのに、すぐにその声が君だとわかった
目を開けたいのに、君に伝えたい事がたくさんあるのに、心とは正反対に身体は眠りに落ちたまま

   「どうして、お前なんだろうな ――――― ・・・

温もりがひどく懐かしい
夢の中で、成長した君を無意識に探している心が見せる夢なのか
君がいる筈がないとわかっていても手を伸ばしてしまう

   ――― ・・・ねぇ、君はどこにいるの・・・?







支葵に連れられ月の寮に運ばれたは血を流しすぎて気を失っていた
左腕と首筋の傷が一番ひどかったが、学園に向う途中で支葵が傷を塞ぎ命を失う事はなかった

   ――― 支葵は、本当にちゃんの事が好きなんだね

の傍から離れようとしない支葵に、夜会の事を伝えに来た一条が少し寂しそうな顔でそう言った
今はこの部屋にいないを思い頭に繰り返し響く一条の言葉
どうして、自分の正体がにバレてしまう事をこんなにも恐れるのだろう
しかしどんなに考えても支葵にはわからなかった



「――――― ・・・千里、この服、やっぱりちょっと大きいかな」



ガチャッとドアが開き、シャワー室からが姿を見せる
着ていた服はボロボロになってしまったに、支葵は自分の持っている服の中でにも着れるだろう服を渡していた
モデルの仕事をしている支葵は撮影できた服をそのまま貰う事もある
中には支葵のビジュアルから女物の服を着る事もあり、そしてそんな服達は貰ったまま着る事無く捨ててしまう服も多い



、小さいから」
「優姫よりは大きいからいいの」
「嫌なら、行かなくてもいいけど」
「ん?あぁ、夜会?だけど、風紀委員の2人も来るんでしょ?」
「その為の夜会だから」
「そうなの?でもあたしも、優姫とちゃんと話したいから」
「・・・ふーん」



ドライヤーで乾かしたとは言っても少し濡れている髪
アップにしているの首筋は無防備にも晒されている
小さめな服を選んだとは言っても、元々肩の部分が少し開いているそれはが着れば片方の肩が丸々出てしまう
デザイン的にはそでも十分見栄えはいいのだが、その部分が露になってしまうのは少し刺激が強い
けれど、前のように支葵の理性が崩れる事はなかった



「・・・髪、下ろしたままでいいよ」
「え?でも邪魔だし、それに少しまだ濡れてるから」
「夜会に出るなら、下ろした方がいい」
「?・・・うん、わかった」



自分で髪留めを取ろうとしたの手を制して支葵は手を伸ばす
パサリと重力に従って落ちる黒髪
ふわりと香るのは、自分と同じシャンプーの香り



「・・・」
「千里?」



たったそれだけの事なのに、どこか満たされる心
血を口にしたわけでもない
自分の気持ちに名前をつけたわけでもない
それでも、心が温かくなった事に支葵は "なんでもない″と呟いて小さく微笑んだ



「・・・千里、何だか良く笑うようになったね?」
「オレが?」
「うん、今も笑ったよ。いつもそうやって笑ってればいいのに」
「笑ってた方が、いい?」



コテッと首を傾げた支葵に、楽しいときは笑っていた方がいいとも頷いて微笑んだ
トクン、と小さく高鳴る鼓動



「もう夜会は始まってるの?」
「どうだろ。たぶん、始まってるんじゃない?」



"行く?″と聞かれ頷けば、支葵は自然な流れでの手を握った
慣れてしまった手を繋ぐという好意にも驚く事なく、そのまま手を繋いで支葵の部屋を出た
暗い廊下を歩き階段を下りればざわざわとした人の気配
寮のドアを開けた所で支葵はふと立ち止まった



「・・・夜会に行けば、ナイト・クラスの生徒がほぼいるけど、いいの?」



聞かれた問には視線を泳がした
関わらないと、これ以上関わりたくないと思っていたのは確かな本音
しかしもう関わりを断てた筈の一線を超えたと、あの裏路地での事を思い出しゆっくりと首を縦に振った
覚悟の宿った瞳に支葵は開いている手で優しくの髪に触れた



「オレは、行って欲しくない」
「・・・千里の秘密でも、あるから?」



行けば嫌でも知るだろう、ナイト・クラスの秘密を
それは同時に支葵の秘密も知る事になる
拒絶されるかもしれないという不安は隠せない



「それもあるけど」
「他にも何かあるの?」
「・・・別に、なんでもない」



誤魔化すように支葵は足を前に出す
一歩遅れては小走りになりながらもついていく



「                   」



ぽつりと呟いた言葉は、緊迫した裏庭では意味を成さなかった
パシッと離された手は一瞬の事
支葵が止めようと伸ばした腕は宙を掴む





「 ―――― ・・・ "彼″に同情した?」





零が銃口を玖蘭に向けたのは一瞬
ナイト・クラスの生徒の誰もがその瞳に "殺意″を宿す
優姫がハッと息を呑み目を丸くした



「・・・その手を、離してくれないかな? ――――― ・・・・・・」



優姫の傷ついた腕から唇を離し
玖蘭はもう少しで首の皮膚に触れるだろう星煉の手をグッと掴んでいるを見た



「星煉、その手を離せ。・・・言ってはいけない事を言ったのは僕だ」



ふっと星煉の腕から力が抜けたのを感じ取ってからもその手を離した
優姫が小さく零との名前を呼んだ



「・・・びっくりしたなぁ、もう・・・」
「枢様に銃口を向けるとはね・・・錐生、今場で八つ裂きにしてもまだ足りない」
「こらこら藍堂、本当にやっちゃだめだよ」
「あぁ・・・なるべくこらえるよ。学園にいる間は・・・」



何も知らないにとっては物騒な事この上ない会話が飛び交う
そして、藍堂は口にしてしまう



「だが忘れるな。 "純血の吸血鬼 ( ヴァンパイア ) ″・・・枢様がいるからこそ、ボク達もまた、この黒主学園に集ったんだ」



いつの間にか地面を蹴った支葵がを後ろから抱き締め耳を塞ぐ
けれど、藍堂の口にした言葉は既にの耳へと届いていた








      ⇒ Next Story