――― いい?は "普通の女の子″なんだから、それを忘れちゃだめよ?
普通ってなんだろう
何を基準にして普通と言うのか、それは当然 "常識的な人間″を基準にしての下らない目安
この世でもっとも自分達が偉いと思い込んでいる貪欲な人間
自分とは違う物を恐れ、排除していく人間はなんと弱い生き物なんだろう
学園の敷地を踏んだその瞬間に、気付く者はこの血の匂いに気付いただろう
理性が強い僕でさえクラッとしてしまう甘い匂い
支葵はどんな気持ちで彼女を抱え月の寮に向っているんだろう
「・・・っていうか、こんな状態の彼女を月の寮に連れて行ったら僕が枢に怒られちゃうよ」
苦笑いで支葵に向けた言葉は、さっきから黙ったままの支葵に届いたのかわからない
ただ僕よりも一歩前を歩く支葵はいつもと雰囲気が違った
――― ・・・傷つけた癖に、そうやって傍に置いて、何がしたい?
あの時の支葵はまるで別人だった
低く冷たい声も、無表情というよりも無機質な表情はまるで怒った時の枢を思い出すような威圧感があった
彼女の事が本当に好きなんだと思いしらされた
月の寮の窓から藍堂が外を窺っている姿が見えたけれど気付かないフリをした
彼女を抱いている支葵に無言でドアを開けろと言われているようで、僕は苦笑いひとつしてドアを開けた
「・・・っかな、め・・・」
きっと血の匂いに気付いているとは思ったけれど、階段の手すりに寄り掛かりこちらを見る枢は怒っているのか呆れているのか
無表情でこちらを見るその表情からは読み取れない
思わず立ち止まった僕とは正反対に、支葵は枢の姿が見えていないのか、それとも無視してるのかスタスタと枢の横を通り過ぎてそのまま階段を上がって行った
何も言わず見送る枢は何を考えているんだろう
彼女は少なくとも枢が名前を呼び捨てにしてる以上、それなりの付き合いがある筈だけれど・・・
「一条」
「・・・うん、わかってるよ」
くるりと背を向けて階段を上る枢の後を "・・・結局僕がお咎めを受けるわけね″と溜め息ひとつ漏らしてついて行く
少し前を歩く背中が心なしか怒りオーラを纏っているのは気のせいだと思いたい
先に部屋の中へ消えた背中を追って、後ろ手でドアを閉めて鍵を掛けた
気配でわかるとは言え念のためにこういった話をする時は鍵を掛ける
「・・・レベル:Eの狩りに行った筈のに、どうしてがあんな状態に?」
「支葵が彼女を近くで待たせてたんだけどね、丁度そこに優姫ちゃんと錐生くんが偶然現れちゃって」
「優姫が?」
「問題はその後。報告では1匹だけの筈が、実際は・・・・どれくらいいたかな、かなりの数がいたよ」
ソファーに座った枢は軽く視線を斜めに落として考え込んだ
僕もさすがにあの数には驚いた
いくら今現在レベル:Eの数は処理し切れない数だといっても、一箇所に、それも同時に現れるなんて
一応僕も支葵も一般クラス以上の階級を持っているのにそれが気配でわからない筈がない
「優姫ちゃんは鉄か何かで腕を切ったらしくて、彼女は彼女で襲われた時にスパッと腕を切ったらしくて、それも原因のひとつかもしれない」
「腕の傷だけじゃなかったみたいだけど、僕の見間違い?」
「・・・優姫ちゃんの事を身を挺して守った時に、首筋をスパッと・・・」
"傷は一応、支葵が塞いだみたいだよ″と言えばほんの少し空気が柔らかくなった
優姫ちゃんが枢にとってどんな存在なのか、優姫ちゃんが幼い頃から見て来た僕には少しだけわかる
だけどデイ・クラスの
優姫ちゃんと錐生くんの友達みたいだけれど、枢が名前で呼びいつの間にか支葵と付き合ってる、だなんて吃驚しない方が無理だよ
これでも枢の事を一番わかってると思っていたから尚更ショックだ・・・
「枢、ひとつ聞いてもいいかな?」
「・・・の事?」
ドキッとした僕に、枢は見透かしたように口元に笑みを浮かべた
枢には敵わないと肩を竦める
「そうだね、彼女の事は僕が聞きたいくらいだよ、一条」
「え?枢、彼女と知り合いじゃないの?」
「知り合い、と言えるかどうかわからないんだよ。僕が知っているのは、彼女の名前と、優姫や錐生くんと仲がいいと言う事だけ」
「・・・」
ぽかん、と開いた口が塞がらなかった
そんな情報は僕だって知ってる情報で、というか誰でも簡単にわかるような事
それしか知らないと言った枢はどこか遠くを見ているようだった
「―――― ・・・彼女の事を聞くって事は、一条も "彼″ではないという事か・・・」
「・・・ "彼″って?」
「の事を黒主理事長に聞きに行ったナイト・クラスの生徒がいるようなんだ」
「・・・へ?それは、支葵じゃなくて?」
「支葵?・・・あぁ、そういえば支葵はどうして彼女を?」
「あ、えぇっと・・・」
付き合っていると言う事を言ってしまって良いものなのか迷った
けれど、無言の圧力に勝てるわけがなく僕は仕方なく口を開く
「支葵、いつの間にか彼女と付き合ってたみたいなんだよね・・・」
「・・・支葵と、が?」
「うん、僕も吃驚だよ。あの支葵がガラリと変わっちゃうくらい、彼女の事を好きみたいだよ?」
「・・・そう」
どうせ騙し通せる事でじゃない
心の中で支葵に謝って、僕は困ったように笑った
「きっと支葵は彼女が目を覚ましても、回復するまでは離さないつもりだけど、どうする?」
「支葵がそうしたいと言うなら僕は構わないよ」
「他の子達が黙ってないよ?特に藍堂辺りは、優姫ちゃんと仲の良い彼女をどう思うか・・・。彼女が僕たちと一緒ならいいけど、彼女は人間だから」
「それでも支葵はを選んだ、外野の僕達が意見する権利は無いよ、一条」
「・・・それは、そうだけど」
枢が何かを考えて、その為に何も言わないんだとすぐに理解した
今も昔も枢が何を考えているのか読み取る事は出来ない
そして同時に、例え読み取れたとしても僕が口を挟む事など絶対に出来ない