あたしが今の両親に引き取られた時に交わした約束
正確に言えば、自分の意志をしっかり持てるようになった頃だけれど

   ――― ちゃんの心が落ち着くまで、あの場所には近づかないで?

不安定なまま家を訪れれば、きっとあたしは壊れるだろうと心配した両親があたしに誓わせた約束
だけど、安定したと思ってもやっぱり戻ってくれば不安定になってしまう






自然に囲まれるようにして立つふたつのお墓は、ボロボロの家とは違って綺麗だった
もしかしたら両親が綺麗にしてくれているのかもしれない
手に持った白い百合をふたつに分けて、そっとお墓の前に置いた



「・・・今まで、ずっと来れなくてごめんね」



千里は何も言わない
ただ、あたしの手を握ったまま隣にいてくれた
10年間ずっと忘れた事なんてない、お父さんとお母さんの優しさ、大好きな笑顔
過去形で言えないのはまだあたしの中で整理出来ていない証拠なのかもしれない



「ちょうど10年前の今日ね、この家でお父さんとお母さんは死んだんだ」
「・・・この家で?」
「うん。・・・あたしは運良く助かったけど、お父さんもお母さんも殺されたんだよ」
「・・・」



涙はもう出ない
隣にある温もりが、繋いだ手から伝わる温かさが、あたしの理性を繋いでくれる



「本当はもっと早く来たかったけど、こんなに遅くなっちゃった・・・」



あの日の夜、ガラスの割れる音がして目を覚ました
あの日は偶然自分の部屋で眠っていたからあたしは今ここに、こうして立っているんだと思う
いつものようにお父さんとお母さんと一緒に寝ていたら、今ここにあたしはいない
そう思うとゾクッとする



「・・・千里?」



急に繋がれた手がぎゅっと力が入って顔を上げる
千里は真っ直ぐにお墓を見下ろしていて、その横顔が夕日のオレンジ色に照らされて凄く綺麗だった



「もう、泣かないの?」



前を向いたまま発せられた言葉にボッと頬に熱が集る
さっと視線をお墓に戻して小さく "泣きませんっ″と精一杯の強がり
乱れた心は、少しだけその余韻を残しているけどもう大丈夫



「――――― ・・・お母さん、お父さん、あたしは幸せだよ?」



あたしの幸せをいつも願ってくれた2人
お父さんとお母さんがいないのは凄く寂しいけど、辛い事もたくさんあるけど、それでも幸せだと思う
これからはこの日だけじゃなくても足を運ぼう
あたしの幸せを、未来を願ってくれた2人にたくさん会いに来よう



「・・・は、幸せなの?」
「うん、幸せだよ?千里は幸せじゃないの?」
「オレは・・・・わかんない」



横顔がどこか寂しそうで、繋いだ手に少しだけ力を込めた
それに反応したように千里の視線があたしに移る



「・・・わかんないけど、こうやって手、繋いでると、幸せかもしれない」



ぴしり、とあたしは固まった
目を見開いて、パシパシと瞬きを繰返して、それでもまだ信じられなくて目を擦った
不思議そうに "なに?″と首を傾げる千里はいつもと変わらないけど・・・



「・・・・い、今・・・」
「今?」
「・・・笑った・・・」
「は?」
「・・・千里が・・・・今、笑った・・・・っ!」
「・・・え?」



どうして千里が驚くのかわからなかったけど、確かに今千里は小さく笑みを浮かべた
一瞬だったけど確かに見た
いつもボーッとしてるか、眠たげな顔をしてるか、のどっちかしか記憶にない



「・・・オレ、笑った・・・?」
「うん笑った!確かに、ふわって笑った!」
「・・・ふーん」



ふいっと顔を逸らした千里の首筋が、ほんの少し赤く見えたのは夕日のせい?
小さく吹き出したあたしに千里はいじけたように座り込んだ
珍しい、千里がこんなに表情をかえるなんて



「・・・うん、やっぱりここに来てよかった」



不安定な心が安定したわけじゃない
だけど、確かに一歩前に進めた気がする








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