――― そっちは行くなって言われただろ!ほら手、かせよ!

懐かしい夢を最近良く見るのは、安定していた筈の心が不安定になっているからなのか
幼い頃の記憶に縋る自分は成長出来ていないと小さく笑みを漏らした
悲しく辛い記憶が残っていないのは、ビクビクしながらもあたしに手を差し伸べてくれた君のお陰なんだよ






学園を出て家に帰るつもりはなかった
行きたい場所はもう決まっていたし、今から向えば余裕で夕方までには着ける
向こうで一泊して次の日に行動して帰ってくれば十分ゆっくり出来ると頭の中で立てた計画
完璧だと思ったのにひとつだけ計算が狂った事がある



「お疲れ様!本当に送らなくてもいいの?」
「うん、と帰るからいい」



関わりたくないと宣言したばかり
やっと決心がついて、人が来ないようなこんな山奥まで来たのにそこには先客が居たわけで

   ――― ・・・なんで、千里と会うかなぁ

何でも雑誌の撮影で近くの洋館を使っていたらしい
確かにそんな洋館もあったような・・・と幼い頃の記憶は曖昧でハッキリと思い出せない



「そう?じゃあ、気を付けて帰るのよ?――――― ・・・さん?支葵くんの事、よろしくお願いしますね」
「・・・」



マネージャーさんが車に乗って山道を下りていく
ホテルのロビーに残されたあたしは、暢気に欠伸を噛み締める千里に少し殺意を覚えた



「・・・千里、あたし今日は帰らないよ?」
「ふーん。ねぇ、オレ眠いんだけど」
「千里はもう部屋チェックアウトしてるでしょ?タクシー呼んで帰りなよ」
の部屋に泊まればいいじゃん」



だめなの?とまるで子供のように首を傾げる千里に全身から力が抜けたように溜め息を零した
あの夜の別人の様な千里はあたしの錯覚か、それとも幻覚かと思ってしまうほど今の千里は普通だ



「あれ、手が治ってる」
「ここに来る途中にギブス取ってきたから・・・。っていうか、本当に泊るつもり?」
「うん」
「・・・あ、そう。もういいよ、何か疲れた・・・」
「じゃあ部屋行こうよ」
「・・・そうですね」



部屋数も少ないペンションタイプのホテル
一応オーナーさんに1人増えた事を伝えれば、撮影で良くこのホテルを使うのか笑って "いいよ、ゆっくりしていってね″と言ってくれた
そのまま階段を上がって短い廊下を進み一番奥の部屋のドアに鍵を差し込む
1人部屋だけれどベッドはダブルだから寝るのには十分だけど、あの日の夜の事もあって気が進まない
張本人はマイペースにズカズカと部屋に入ってさっそくベッドに寝転がってるけど・・・



「千里、一応玖蘭先輩か一条さん?って人には伝えておいた方が良いんじゃない?」
「・・・めんどくさい」
「怒られるのは千里だよ。っていうか、あたしといるって言わないでね?」



小さな鞄をソファーの横に置いて、カーテンを開ければ学園とあまり変わらない自然が広がる
そのまま窓を開ければ気持ちの良い風がよそよそと部屋の中に入ってきた
懐かしいとは思えないのは、あたしの記憶が曖昧だからなのか、それとも思い出したくないだけなのかわからない
だけど、自然と心は落ち着いていた



「あ、そうだ。千里」
「・・・なに?」



いつの間にか脱ぎ捨ててある上着を拾ってソファーの背凭れに掛ける
ベッドの上で丸くなる千里は、モデルの撮影で疲れたのか今にも眠ってしまいそうだ



「身体、大丈夫なの?」



ベッドに腰を下ろして問いかける
あの日の夜、急に苦しみ出した千里を月の寮まで送って行ったのは良いけれどその後の事は知らない
玖蘭先輩から "支葵は大丈夫。ありがとう″とメールが来ただけ



「身体?」
「ほら、あの夜に具合悪くなったでしょ?もう大丈夫?」
「・・・あぁ、あれは驚いただけだから」
「・・・そっか」



"何に?″と聞きたくなる気持ちを抑えてくしゃっと千里の髪を撫でた
いくら弟のように見えてても、千里はナイト・クラスの生徒
踏み込まないと決めたばかりでしょ、と自分に言い聞かせるようにして腰を上げた

   ぐいっ



「・・・千里?」



髪に触れていた腕はいつの間にかひんやりとした千里に掴まれていた
中途半端に浮いた身体をもう一度ベッドに戻して千里を見下ろす



「・・・手、かして」
「手?」
の手、温かいから。きもちいし」
「寝るんでしょ?」
も一緒に寝ればいいじゃん」



どこまでもマイペースな千里に思わず笑みが零れた
軽く掴まれた腕を引かれて、あたしは "上着脱がせて″と一度腕を離してもらい上着を脱いだ
脱いだ上着は千里の上着の隣に掛けてからスカートを見てどうしようかと悩んだけれど、千里から "はやく″と催促されそのままベッドに寝転がった



、手」



"あたしは犬じゃないよ″と笑いながら、顔を見合わせるように寝転がれば左手を掴まれる
相変わらずひんやりと少し冷たい手
手が冷たい人は心が温かいって言うけど、千里の眠たそうな顔を見てると当たってるのかも知れないと思った



「千里の手、冷たい・・・。平熱何度?」
「興味ないから知らない」
「そっか」
の手、温かいからちょうどいいじゃん。・・・あ、でも・・・」
「ん?」



途中で言葉を切った千里に、微かに舞い降りた眠気にゆっくりと目を開けた
急にぐいっと腕を引かれて "え?″と思うまもなく視界が暗くなる



「・・・こっちの方が、あったかい・・・」



すぐ近くで聞こえる千里の声
同時にトクン、トクン、と生きてる証でもある心音が耳に届いた



「・・・えぇっと、千里・・・?」
「寝ようよ、オレ眠い」
「・・・あ、うん」



ぎゅっと抱きしめられて、パシパシと瞬きを繰返して、だけどすぐに小さく吹き出した
本当に羨ましいくらいにマイペースな千里
突然の行動に、いつも驚かされるのはあたし

   ――― あたしが何しにここへ来たのかも、知らない癖にさ・・・

知らず知らず緊張して固くなっていた気持ちが、いつの間にか楽になっていた事に気付いた
本当に疲れていたのか聞こえるのは規則正しい寝息
いつも突然現れて、たいして話もしていないのに、何故か心が楽になる



「・・・おやすみ、千里」



少しお腹が空いている気がしたけどあたしは目を閉じた
今なら、ぐっすり眠れる気がした











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