目の前に座った白い制服に身を包むナイト・クラスの生徒
緊張が解けるようにと出したお茶は、ボク自身の緊張を解く意味も持っていたのかもしれない
入学の際に1人ずつ行なった誓約も枢くんが同席していたし、ナイト・クラスの彼とこうして向かい合って話すのは初めてだった
時折心配そうに眉を寄せる彼は心から彼女を想っているのが手に取るようにわかる
ここへ訪ねてくる事もかなり悩んだと苦笑いを浮かべた彼にボクは心が温かくなった

   ――― 少しずつでいい、理解してくれる人間が増えていけばきっといつか・・・






「優姫、零は?」
「・・・あ、うん。具合、悪いんだって」
「そっか。じゃあ今日は風紀委員の仕事、1人なんだ」
「・・・うん」



首筋に貼った絆創膏にそっと触れ、優姫は何かを耐えるように俯いた
いつもはテンションが高く元気が取り得のような優姫の異変
が気づかないはずはなかった
しかし、聞こうと口を開きかけた所でポケットの中の携帯が震える



「・・・(授業中に誰?)」



教壇に立つ教師に見つからないようにそっと机の下で携帯を開く
カチカチと操作してメール画面を開けばは途端に顔を顰めた
表示されているのは "黒主理事長″の名前で、渋々メールを開けば内容は至って簡単なのもの

   ――― ごめんねちゃん、今日は裏で動いてもらっていいかな?

零は教室に姿を見せない
優姫の話では具合が悪いと、そう言えば持病がなんとかと言って薬を持ち歩いていたと思い出しは溜め息ひとつ零した
了解のメールを送りそっと隣を盗み見る
授業中は、必死にノートを取っているか熟睡しているかのどっちかなのに今日はずっと俯いたまま
何かあったかなんて一目瞭然だった



「・・・優姫、ちょっといい?」



授業が終わりはすぐに優姫を教室から連れ出した
俯いて何も言わず後ろを歩く優姫
お互いに何も言わないまま、近くの空き教室に入った



「・・・零と、何かあった?」



ビクッと優姫の肩が揺れた
それはまさしく何も言わなくても肯定しているようなもので、は木の机に座り俯いたままの優姫を見つめた
ナイト・クラスの生徒が、人間ではなく吸血鬼だと知らない
そして家族を吸血鬼を憎んでいる零が、純血の吸血鬼に咬まれた事で吸血鬼になってしまった事も知らない

   ――― は、何ひとつだって知らない

それでも長いとは言えない付き合いの中で、2人に何かあったと言う事くらいは気づく
何か悩んでるのなら話して欲しい
力になれるのなら、手を貸したいと思うのは友人として当然の思いだった



「・・・ちょっと、喧嘩しちゃっただけだから・・・」
「優姫がそこまで元気ないの、初めて見たよ。本当に、ちょっと喧嘩しただけなの?」
「う、うん・・・。本当に、大丈夫だから・・・」



心の中で "ごめん、・・・″と何度も繰返す
言いたくても、相談したくても出来ない
まさか何も知らないに "実は零も吸血鬼で、我を失った零に咬まれて思わず傷付けちゃった″なんて言えない

   ――― ・・・なら、理解してくれると思うけど・・・やっぱり、言えないよ・・・っ

優姫は罪悪感から逃れるかのようにずっと俯いた
それでも話してしまいそうになる弱い心を押し込めるようにギュッと手を握った



「・・・優姫は嘘を吐くのが下手だって、何度も言ったよね」
・・・っ」
「零に何かあった。それに、優姫だけじゃなく・・・玖蘭先輩も関わってる、違う?」



確信を突くようなの言葉に、思わず優姫は顔を上げた
出てくる筈の無い玖蘭の名前
しかし、見上げるの表情は確信めいたものが見え隠れしていた



「枢センパイは関係ない!!」



鋭く冷たい瞳を零に向ける玖蘭を思い出し思わず叫ぶ
もしかしたらあの時、自分が零の前に立たなかったら玖蘭は零を殺していたかも知れない
玖蘭はそんな事をしないと思っても恐怖で身体が震える



「優姫、何かあったんでしょ?零がいつも何かに怯えてたのも、関係してるんじゃないの?」
「・・・おび、えてた・・・?」



優姫はどういう事?だと言いたげに眉をぎゅっと寄せてを見た
優姫の悪い癖だと、は内心溜め息を吐いた
命の恩人だと言って優姫が慕っているナイト・クラスの生徒であり、月の寮の寮長でもある玖蘭枢
いつも傍に居るのは零だというのに、優姫が見ているのはいつも玖蘭だ
それを口にする事は出来なかったが、優姫達を見ていてがいつも思っていた事だった



「・・・零に言っても "あほか″のひとことで済まされたけど、あたしにはそう見えたよ」
「零、が・・・」
「優姫はさ、零がいつも傍にいるのに玖蘭先輩ばっかり見てるよね?悪い事とは言わないけど、少しは周りを見るのも大切だと思うよ」
「・・・っ」



今の優姫にとって、一番触れられたくない事をは口にした
しかしそれは何も知らないだからこそ言えた事
全てを知っていたのなら絶対に口にはしなかっただろう
何かが、優姫の中でプツンと切れた



「――― ・・・っ何も、知らない癖に・・・っわかったような事言わないでよ!!」



ぽろり、と優姫の大きな瞳から涙が零れた
まさか泣くとは思わなかったはギョッとして机から腰を上げ駆け寄った
名前を呼びながら伸ばした手は、キッと自分を見上げる優姫に振り払われる



「・・・っはいつだってそうだよ!・・・いっつも・・・、そうやって落ち着いて・・・・っ何でも知ってますって顔してる!」
「優姫・・・?」
「私だって・・・っわかってるもん!傷つけちゃったって・・・っだけど・・・、何も、知らない癖に・・・っに言われたくないよ!!」
「・・・っ優姫!!」



教室を飛び出した優姫を追おうと一歩踏み出して、すぐには目を伏せた
追いかけて何を言ったとしても今の優姫には何も届かないだろう
行き場を失くした手は空中で止まり、ゆっくりと身体に寄せて握り締めた

   ――― ・・・何も知らない癖に、かぁ

天井を見上げぽつりと零した声は、どこか震えていた








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