包み込むように握られた手かた伝わる温かさ
一条さんみたいに変態みたいな笑い方じゃなくて、莉磨みたいな莫迦にしたような笑い方でもない
少し寮長が手を出してるデイ・クラスのやつに似てるけど違う
もっとなんか、あんたの笑い方は温かいと思った
満月が夜空に浮ぶ頃
既にナイト・クラスは授業が始まっているのにも関わらず、支葵とは校舎の影になる場所に壁を背に座って会話に華を咲かせていた
と言っても支葵はべらべらと喋る方ではないので傍から見ればが一方的に話してるようにも見えるだろう
「モデル・・・確かに、支葵先輩なら絵になる・・・。モデルの仕事って、楽しいんですか?」
「別に、ただの暇潰しだし。行かないと莉磨が怒るから」
「莉磨?」
「仕事仲間」
「その人も、夜間部の人?」
「・・・本当にオレと寮長以外、知らないんだ」
「あはは・・・ホント、です」
「別に知らなくてもいいよ。オレの名前、覚えたんでしょ?」
「支葵千里先輩。しっかり覚えましたよ」
そう言って小さく笑う
の黒髪がさらさらと夜風に揺れ、時折見える白く細い首筋に自然と支葵の視線はいってしまう
「・・・それ、やめなよ」
「は?それって、なんですか?」
「敬語。後、別に "先輩″とかいらないし」
「・・・え、えぇ・・・でも学校の先輩ですし」
「オレ、堅苦しいの嫌い」
「・・・」
突然の要求には困ったように目尻を下げた
のほほんとしているのに、何故か時々言葉には力がある
ボケーッと何も無い宙を見つめたままの支葵に、は降参とばかりに微笑んだ
「支葵くん、とか?」
「千里でいい」
「・・・千里くん?」
「敬称とか、いらないし」
「・・・・千里?」
「うん。あぁ、あんたは?名前、オレ聞いた?」
何の悪気も無い無邪気な表情に、はキョトンとした後に小さく吹き出した
どうして笑われたのかわからない支葵は微かに眉を寄せ首を傾げた
「オレ、変な事言った?」
ふるふると首を横に振って、先輩の筈なのにどこか年下っぽい支葵の言動
まるで弟のような支葵には "じゃあ、千里″と言って優しく微笑んだ
――― ・・・あ、この顔好き
「あたしは、普通科1年の」
「・・・」
好きの意味が恋愛としてなのか、それは支葵すらわからないが心が温かくなる気がした
何気なくが髪を耳に掻きあげた
今までチラチラとしか見えていなかった首筋が露になり、支葵は視線を逸らす事なくジッと見つめた
「支葵・・・っと、千里?」
「・・・お腹空いた」
「生憎と今は食べ物持ってないよ?」
「うん」
「・・・っひゃ・・・っちょ、千里?」
無意識に伸びた支葵の手がスッとの首筋に触れる
ひんやりとした感覚に一瞬肩が揺れる
ゆっくりと親指で首筋を撫でる支葵は、視線を首筋からへと移した
「えぇっと、千里?いくらお腹空いたからって "お前がいい″的な少女漫画にありがちな展開はいらないよ?」
「だめ?」
「・・・はい?」
ゆっくりと近づいてくる支葵の整った顔
幼さの中に隠れた大人っぽい妖艶な空気
チョコレート色の髪が揺れ、蒼みがかった灰色の瞳がジッと自分を見つめる
押さえつけられているわけじゃない
ギブスで固定されている左腕も、何の障害もない右腕も自由のまま
ただ志葵の右手が首筋から少し移動しそっと親指で頬を撫でられただけ
振り払おうと思えば振り払う事は出来た
嫌だと口に出す事も出来た
――― だけど、何故かジッと見つめられた瞳から逃げる事が出来なかった
「・・・やっぱり、の手、温かい」
自由だった右手は冷たい支葵の手が触れる
の指を確かめるように、自分の指で優しくゆっくりと触れていく
ビクッと反射的に逃げようとする手を絡め取った
「・・・おいしそう」
ぽつりと漏れた熱っぽい声に、がハッとして名前を呼ぼうと口を開きかけたが
支葵の名前は言葉として意味を成す前に、支葵の唇によって塞がれコクン、と喉の奥へと消えた
ひんやりと冷たい唇に、ぼんやりと "千里って、手も冷たいけど唇も冷たいんだ・・・″と考えてハッとする
絡められた手に思わず力を入れてしまう
それが志葵には、ひとつの切っ掛けになった
「・・・・っちょ、千里・・・んっ」
唇が一旦離れ講義するように名前を呼べば、それ以上は聞きたくないとばかりにサッと塞がれる唇
何度か触れるだけのキスを繰り返し、ひんやりとしていた唇が熱を持ち始めた頃
絡めた手が微かに空気を求めるようにほんの少し離れた
濡れたの下唇をぺろっと舐めて、支葵がの首筋へとキスを下ろしていったその瞬間
ビクッと支葵の身体が揺れた
「・・・っ」
「せ、んり・・・?」
急に身体から力が抜けるように、の肩に頭を乗せた支葵には火照る頬に動揺しながらもその異変に顔を顰めた
軽く乱れる息に、さっきまでとは違う意味で支葵の身体が熱くなる
「千里?どうしたの?ちょっ、大丈夫!?」
「・・・っなに、これ・・・っ」
人間のにはわからない "甘い匂い″が急に辺りを包んだ
顔色が悪くなるわけでもない
ただ、苦しそうに息をする支葵
「千里!」
名前を叫んだ瞬間、の耳に小さく悲鳴のような声が届いた
反射的に上を見上げる
自分達が今背にしてるのは特別棟の階段の外側
もしかしたら、誰かがいるのかもしれないと思いはハッとして支葵の肩を揺すった
「千里、兎に角移動しよう。歩ける?」
「・・・っ」
もしかしてデイ・クラスの生徒か、もしくは教師かもしれない
支葵は別に構わないと言ったが今はナイト・クラスの生徒は授業中
しかもデイ・クラスのはとっくに門限は過ぎている
見つかればお互いにまずいと、はふらつく支葵を支え立ち上がらせるとヨタヨタと頼りないながらもその場を離れた