夜空に浮ぶ満月
何かが起こると、直感で感じるのはボクが元ヴァンパイアハンターだからなのか・・・
「・・・やあ枢くん、君が来るような気がしていたよ」
「黒主理事長・・・」
「うん、その前にボクからひとつ聞いてもいいかな?」
「聞きたい事?えぇ、構いませんが、なんです?」
「君は風紀委員代行にちゃんを推薦したよね?・・・それは、本当に彼女の運動神経を見込んだからなのかな?」
あの日ボクを訪ねてきた彼は全てを語る事はなかった
ただ彼女の事を聞きたいと、心配だからと言った彼に嘘は見えなかった
けれど枢くん、君は何か知っているんじゃないのかい?
「これが玖蘭寮長にバレたら・・・この間のバケツ刑じゃ済まないぞ、英」
「・・・ムカつくんだよ!枢様が黙ってるのを言い事に好き勝手言いやがって!」
「だからって・・・おい、瑠佳も止めとけよ」
「うるさいわね。嫌なら帰ればいいでしょう?」
「・・・はぁ、何で俺って毎回巻き込まれ・・・って、おい支葵!何処行くんだよ!」
「ちょっと、そこまで」
「お前は買い物帰りのおばさんか!ってこら、戻って来い!」
架院の声を無視して、支葵千里はふらりと生い茂る木々の中へと消えて行った
後を追うか迷ったがこっちの方が目を離せないと架院は溜め息ひとつ零して空を見上げた
――― ・・・あぁ、俺ってほんと貧乏くじだよなぁ
回り道をするのも面倒だと、支葵はガサガサと生い茂る草木を掻き分けて進む
姿を見るまですっかり忘れたままポケットの中に入れてあった携帯電話
空をボケッと見上げてるを呼ぼうとしてふと首を傾げた
――― ・・・名前、忘れた
そもそも聞いた事あったっけ?と首を傾げて、すぐに支葵らしく"まあ、いいや″と声をかける事なくその細い腕を掴んだ
「・・・っ!!」
行き成りの事にビクッと肩を揺らし目を丸くした
何事かと掴まれた腕を見れば白い制服
ナイト・クラスの生徒の証に、がゆっくりと視線を上げればそこには思ったよりも近くに支葵の顔があった
「お、っわ!・・・し、支葵先輩・・・っ」
振り払われた手を、キョトンと支葵は見つめた
にとってそれは条件反射というか、余りにも近くに綺麗な顔があって驚いただけなのだが
支葵にはどうして振り払われたのかわからなかった
「驚かさないで下さいよ!」
「・・・驚いたの?」
「普通、行き成り腕掴まれたら驚きます!それに、距離が近かったんで思わず手を振り払っちゃったじゃないですか・・・」
「だってオレ、あんたの名前知らないし」
「え?あれ?・・・そういえば、言ってませんでしたね」
「まあいいけど」
あっさりと興味なさげに言われガクッとは肩を落とした
こういうマイペースな人なんだと言い聞かせ、見上げる支葵はこの間会った時よりも眠そうだ
そもそも自身も名前を聞くまで玖蘭枢以外誰も名前を覚えていないのだから
「・・・お腹空いた」
「は?」
「お腹空いたって言ったの」
「・・・初めて会った時も、眠そうな顔でお腹空いたって言ってましたよね」
「そうだった?覚えてないけど」
「・・・」
ふぁわ〜っと欠伸ひとつして空を見上げた支葵
それにつられるようにして空を見上げば、いつもよりもずっと大きく見える満月が地上を照らしていた
「・・・」
一歩、また一歩と支葵からそっと離れ何をするかと思えば、は親指と人差し指で長方形を作った
そのフレームに月を見上げる支葵を納めれば、この学園にぴったり合うような絵がそこに出来上がった
「あんた、あのうるさい女の子たちとは違って騒がないんだ」
「え?あぁ、別に騒ぐほどの事じゃないと思いますけど・・・」
「ふーん」
「支葵先輩は、騒がれても嬉しくないんですか?」
「うるさいだけ」
「・・・あ、そうですか」
自分がモテる事にたいして何の興味もない高校生がいたのかとは苦笑い
デイ・クラスの男子生徒とは大違いだ
これだけナイト・クラスの生徒が美形揃いとあっては、悔しがる気持ちもわからなくはないが、生まれ持ったものは変えられない
「あ、支葵先輩」
「なに?」
「髪の毛、葉っぱついてますよ」
「・・・どこ?」
「そっちじゃなくて・・・」
ふわりと甘い香りが支葵の鼻を掠める
伸ばされた細い腕が、自分よりも背の高い支葵の髪にそっと触れた
「取れましたよ。もしかして芝生に寝転がってたんですか?・・・って、支葵先輩?」
「なに?」
「いや、あの・・・・」
戻そうとした手をパシッと取られたまま不思議そうに支葵を見上げる
ひんやりと冷たい支葵の手
強く握られたわけではない、簡単に少し引けば振りほどけるくらいに本当に軽く
「・・・体温、高いんだ」
「は?」
「手、温かい」
「・・・平均よりも平熱は低いと思いますけど」
「ふーん。でも、温かいよ」
「それは支葵先輩が冷たいんですよ。もしかして、ずっと外に居たんですか?」
支葵が "・・・あ″と小さく声を漏らした
自分の冷たい手を、が両手でそっと包み込むようにして握ったのだ
包み込むように握られた手から伝わるのは、先程よりもずっと柔らかい人の温もり
今まで感じた事の無い暖かく優しい温もりに、ジッとを見下ろした
「・・・支葵先輩の手、やっぱり大きいですね。それに、意外と身長も高いし」
不意に顔を上げたの視線が支葵の視線と絡む
160cm手前のからしたら、170cm以上ある支葵は十分見上げなければ目を合わせる事が出来ない
ふわりと柔らかい笑みを浮かべたに、支葵は一瞬見惚れハッとなったようにふいっと視線を逸らした
「・・・別に、オレ大きい方じゃないし」
「あー・・・そう言えば、夜間部の人ってみなさん身長高いですよね。羨ましいですよ」
「羨ましい?」
「こう、身長が違うと見える景色も違うんじゃないかなぁって・・・あはは、子供みたいですね」
照れたようにはにかむに支葵の心臓がトクン、と静かに鳴った
その意味を今の支葵は理解出来なかった