カーテンで遮られた空が青からオレンジ色に変わった頃、静かだった月の寮はゆっくりと活動を始める
月の寮の門の前に集りだしたデイ・クラスの女生徒の悲鳴にも似た声に顔を顰める者も中にはいた
揃って出て行くという決まりはないのだが月の寮のロビーに続々と夜間部(ナイト・クラス)の生徒が集っていく



「莉磨、支葵の奴どうしたんだ?また寝坊か?」
「知らない。一応ノックしたけど反応なかったから」
「・・・そこは起こして連れて来いよ」



大きく溜め息を吐いて、架院暁は階段の手すりから身体を離しソファーに座る一条拓麻に近づいた
支葵千里が懐いている人物と言えば遠矢莉磨か一条拓麻だけだ



「一条さん」
「ん?どうしたの、架院」
「支葵の奴がまた寝坊してるみたいなんですけど」
「支葵?そういえば居ないね。・・・うーん、じゃあ僕が見て来るよ」
「お願いします」



小さく笑って立ち上がった一条は、階段を上り支葵の部屋へと向う
いつも常にボーッとしている支葵が寝坊する事は珍しい事ではない
昨日はモデルの仕事をしてからそのまま授業に出た支葵の眠そうな顔を思い出しクスッと笑う



「支葵?入るよ?」



声をかけてドアを開ければ、物事に執着の無い支葵らしい何も無い部屋
予想通りもっこりと盛り上がったベッドに苦笑いを浮べ "寝坊癖直さないと、そろそろ枢に怒られちゃうよ?″と呟きながらベッドに近づく
ふとベッドのすぐ脇に空になった食器を見つけ一条は首を傾げる
そして更に、支葵が後ろから抱きしめている人影に目を見開いた



「えっと・・・・莉磨は、ロビーに居たよね?じゃあ、この子は誰・・・?」



藍堂英や架院暁の名前さえもうろ覚えな支葵が、見知らぬ女の子を抱きしめて眠っている
一条はハテ?と顎に手をあてて小さく首を傾げた


「支葵、起きて。支葵」
「・・・ん・・・一条、さん?・・・まだ、ねむい・・・」
「駄目だよ支葵、もう学校が始まるよ。それに、隣の子は誰?あ、支葵!」

「――― ・・・っん」



支葵の腕の中の少女が小さく声を漏らし少し腕を動かした瞬間、布団から出た腕に一条は "・・・え?″と更に目を見開いた
無造作に白いベッドに投げ出された腕を隠すのはナイト・クラスの証である白ではなく、デイ・クラスの証である黒
それだけではなく、スヤスヤと眠る支葵の口元には何か赤いものが見えた





――――― ・・・・っうわぁぁあぁぁぁあぁぁ!!!!




その瞬間、一条は我を忘れ叫んだ
まるで地震でも起こったかのように寮が微かに揺れ、猛スピードで部屋から飛び出し階段を駆け降りた
何事かとロビーに集っていたナイト・クラスの生徒が目を向ける
一条はそんな視線など気にせず壁に寄り掛かっていた玖蘭枢に泣きそうな顔で駆け寄った



「大変なんだ枢!!!」
「・・・一条、顔が近いよ」



あまりの近さに玖蘭は一条の額を手で押さえぐいっと引き離す
取り乱した一条は玖蘭の手を振り払う
あの玖蘭枢の手を振り払った事に、玖蘭を含めナイト・クラスの生徒が息を呑む



「大変なんだよ枢!!支葵が!!支葵が!!!」
「・・・支葵がどうかした?」

「支葵が・・・っ支葵が!!!デイ・クラスの女の子を部屋に連れ込んだ挙句、血を飲んだみたいなんだよ!!!」



一条が叫んだ瞬間波を打ったように静まり返った
しかしすぐに一条の言葉を理解し、そして "何を言ってるんだ・・・″と呆れたように時が動き出す



「あの支葵が?・・・一条さん、何かの見間違いじゃないですか?」



そんな事あるわけないと架院は苦笑い
隣に居た藍堂英も "あの支葵が女の子を連れ込んで、おまけに校則違反するわけない″と頷いた



「僕は見たんだよ!支葵が、デイ・クラスの女の子を抱き締めて眠ってるとこを!枢は信じてくれるよね?」
「・・・一条」
「本当なんだって!・・・枢、これは一大事だよ」



静かに、興奮状態から一転した一条の声にまたロビーは静まり返った
普段から他人に興味を示さない支葵が、ナイト・クラスの生徒ならまだしもデイ・クラスの生徒に手を出すなど在り得ない
確かにのほほんとした性格だが吸血行為が校則で禁止されていると言う事は誰だって知っている
一般クラスならまだしも、貴族クラスであり駄目だと言われた事は一応守る支葵が校則を破る筈が無い



「僕が支葵の部屋に行って来るよ」
「枢様、私も一緒に行きます」
「僕1人でいい」



その言葉に "誰も付いて来るな″という意味が隠されていた事に誰もが気付き
優雅な足取りで階段を上って行く玖蘭を誰もが何も言わずに見送った
自分の部屋とは正反対の方向へ進みながらも "血の匂いはしなかった″と玖蘭は支葵の部屋のドアを開けた
月の寮の門の前にいる生徒達にも聞こえたかも知れない叫び声を間近で聞きながらも構わずスヤスヤと眠る支葵の姿



「支葵、そろそろ起きる時間だよ」
「―――― ・・・・ん・・・りょう、ちょう・・・?」



ぱしぱしと瞬きをして、眠たげな顔をしたまま支葵は起き上がった
欠伸を噛み締めて窓の外を見れば、カーテンから射し込む光は活動時間が近いと知らせている



「支葵、これは?」
「?・・・あ、オムライス食べて、片付けるの、忘れてました」



ベットのすぐ脇の床に置かれた食器を指して聞けば、まだハッキリしない頭で支葵が答える
一条の言った通り確かに支葵の口元には赤いものがついているが、それは良く見ればただのケチャップだ



「今まで1人で寝てたの?」
「はい?そうですけど・・・」



そう答えつつも "あれ?何か忘れてる気がする・・・″と支葵は首を傾げた
しかしすぐに "まぁいいや″とベッドから抜け出す



「そう・・・。すぐに支度をして下においで。みんな待っているからね」



こくん、と頷いた支葵は眠気の誘惑を振り払うようにふるふると頭を振った
玖蘭が部屋を出て行きドアが閉まると、洗面所に行って顔を洗い歯を磨き制服に着替える
ゆっくりとボタンを止めていた支葵はふと "あ、思い出した・・・″と呟きベッドを振り返った



「携帯、忘れてるし・・・」



布団に半分隠れた形でぽつんと置き去りにされた携帯電話
ボーッとそれを眺め "・・・めんどくさい″と呟きながらも携帯をポケットの中に入れた








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