何故か自分を責める理事長に泣かれつつ、残りの2日間を引き受けた
軽い骨折と言ってもギブスでガッチリ固められた左腕
階段から転げ落ちたと言うギリギリの嘘に優姫は遠慮もなしに爆笑して下さった
ただ、後ろでジッとあたしを見てた零は "あほ″と口の動きだけで莫迦にしてくれた
「玖蘭先輩、そんな顔しなくていいですよ。引き受けた以上、全てにおいて自分に責任がありますから」
「だけど僕が君を推薦しなければ傷つく事もなかった。・・・まさか、あの夜に外へ出る者がいるとは思わなかったよ」
「いやあの、本当に軽い骨折なんで大丈夫ですよ?2週間程度で治るって事ですし」
理事長不在の理事長室は何だか居心地が悪い
思ったよりも骨折はたいした事はなく、一応理事長に事情を説明しようと思い訪ねたら中に居たのは玖蘭先輩だった
正直言うとあたしは玖蘭先輩が苦手だ
何を考えてるのかわからないポーカーフェイスも、何かを含んだような言い方も、優姫の命の恩人じゃなかったら近づいていない
「玖蘭先輩、ホント大丈夫なんで気にしないで下さい」
「・・・怖い思いをしたのに、君はそんな風に笑えるんだね」
「え?玖蘭、先輩・・・?」
玖蘭先輩の手がすっと伸びてあたしの頬に触れる
一瞬ドキッと心臓が波打つ
あたしを見つめる玖蘭先輩は、切なそうに瞳が揺れた
その瞳を見た事がある
ずっと、気になっていた事でもあった
「・・・どうして、そんな顔をするんですか?」
玖蘭先輩は優姫を特別に思ってる
誰が見てもわかる事で、それは何者にも勝る執着心
恋愛感情だけにしては強すぎるそれに何度か不思議に思った
だけどそれ以上に、玖蘭先輩が優姫を見つめる瞳がいつも悲しく揺れている事の方が不思議だった
「優姫を特別に思ってるのに一線を引いてますよね?それに、いつも悲しい瞳で優姫を見てる」
微かに玖蘭先輩の目が驚きの色を見せた
気づかないとでも思ってたのか、これはあたしだけじゃなくて優姫を常に見てる零だって気づいてる
不思議なんだ
玖蘭先輩と優姫、そして零
見えない鎖でも絡まっているように、あたしの目にそう見える
「・・・君はいつも優姫や錐生くん、そして僕達を遠くから見ているよね」
「正直言えば夜間部(ナイト・クラス)に関わりたくないからですよ」
「それは、どうして?」
「女の嫉妬程怖い物はないからです」
真っ直ぐに見つめるダークレッドの瞳をジッと見て答える
雰囲気に似合わない答えだったのか、玖蘭先輩はキョトンとした後小さく笑った
途端に空気がふわりと柔らかくなる
「毎日切り替えの時はホント、近づきたくないなぁって思いますもん」
「確かにみんな凄く元気だよね。僕も時々驚かされるよ」
「そう!その元気が信じられないんですよ!朝からあんだけ勉強してるのに、女の子は凄いなぁって」
「ふふ、君も女の子でしょ?ナイト・クラスにお目当ての人はいないのかな?」
「いるわけないじゃないですか!だってあたし玖蘭先輩以外、名前も知らないんですよ?」
笑ってそう言ったら何故か驚かれた
何だか思ったよりも表情が変わる人だなぁと玖蘭先輩の淹れてくれた紅茶をコクンと飲み込んだ
「ひとつ聞いてもいいかな?」
「なんですか?」
カップを置いて横を向く
窓の外は徐々に闇が隠れ、光りが顔を出す
「君は・・・、はどうして風紀委員代行を引き受けたの?」
玖蘭先輩の綺麗な声があたしの名前を呼ぶ
普通の事なのに、不思議な気持ちがするのは何故だろう
真っ直ぐに向けられた瞳に捕らわれそうになる
「・・・断れなかった、だけですよ」
深い意味は無い
ただ、理事長と玖蘭先輩に頼まれたから断れなかっただけの事
どうせ1週間という期限付きだったから深く考えなかった、そう、ただそれだけ
+++
そよそよと気持ちの良い風を感じながら木の上で過ごす優雅なひと時
ギブスで固定された左腕のお陰で質問攻めにあったのはきっと避けられなかった事だろうと諦めた
風紀委員代行も明日で終わり
明日は聖ショコラトル・デーだから、切り替わりの時は大変そうだと苦笑いを浮かべる
「・・・笑ってたけどあいつ、心配してた」
下から聞こえてくる声に "元を辿れば君達が不甲斐ないせいでしょ″と返せば、コツンッと石が投げられる
普通科で同じクラスの錐生零
あたしの運動神経の良さを知ってる零はすぐに、代行しているのがあたしだと気付いた1人
「なんで断らなかったんだよ」
「目の前に理事長、右隣には玖蘭先輩、どう断れと?」
「・・・無理、だな」
「でしょ?それよりも零、今日は一段と顔色悪いよ。持病とやらの薬、飲んでないの?」
黙ってしまった零にチラッと視線だけ向ける
スタッと木から下りて目の前に座ればやっぱり顔色が悪い
手を伸ばせば、いつもなら振り払われるのに今日は大人しく髪に触れる事を許してくれるらしい
くしゃっと銀色の髪を撫でれば天変地異の前触れか零はゆっくり目を閉じた
「・・・いつも素直ならカワイイのに」
何を悩んでるのか、どうしてそこまで自分を追い詰めてるのか、優姫ならわかるかもしれない
だけどまだ付き合いの短いあたしにはわからない
言ってくれなきゃ、わかんないよ
「もう少し、弱い部分他人に・・・せめて優姫には見せてもいいんじゃない?」
「・・・には見せてるつもりだけどな」
「あら、頬がぽっぽしちゃう」
「キモイ」
「うっさい」
軽く髪を引っ張れば "痛い痛い″と喚く零と目が合って笑い合う
優姫と零の2人が何かを隠してる事には気付いてる
だけど、踏み込んで良い場所じゃない気がして気づかないフリをしてる
――― 玖蘭先輩と優姫の間に他人が入り込めないのと一緒で、優姫と零の間にもそう言った何かがある
不思議な関係だと思う
命の恩人だという玖蘭先輩に、5歳以前の記憶の無い優姫に、いつも何かを恐れてる零
何かが何処かで繋がってるかもしれないと、ただ漠然にそう思った
「そろそろあたしは行くよ。零は次の授業、ちゃんと出なよ?」
「は出ないのか?」
「あたしは骨折してるし、何か理事長に呼ばれてるから。じゃあ、また後でね」
ヒラヒラと手を振って、背中に感じた視線には気づかないフリをしてその場を去った