――― 1週間だけ、風紀委員代行として夜の見回りだけお願い出来ないかな?
行き成り真夜中に呼び出され告げられた "お願い″とやらはそんな内容だった
勿論あたしは断るつもりだった
だけど、右隣でにっこり微笑む玖蘭枢先輩から伝わるオーラに首を縦に振るしかなかった
問題が起きた時に対処できる運動神経だと言われたのは褒められたのか、それとも夜間外出してる事がバレているのか・・・
嫉妬の目を向けられるのは嫌だったから "あたしが風紀委員代行をしてる事は内密にする″という条件で引き受けた
夜間部(ナイト・クラス)には関わりたくなかったのに、まさか優姫と仲良くしてる事でこんな白羽の矢が立つとは思いもしなかった
確かに夜間部(ナイト・クラス)の人達は人気がある
毎回切り替えの時は悲鳴があがり、優姫や零が苦労してる所を何度も見てる
だけど夜間に見回りをする程の事なのか
そこまでして夜間部(ナイト・クラス)の人間と関わらないようにする意味が、この時のあたしはまだ知らなかった
1週間の風紀委員代行
それは思ったよりも退屈で、ただ校舎の回りと校内を歩くだけの簡単なものだった
正体を隠すために着込んだパーカーのフードを深く被り、口元はネックウォーマーで隠し月が照らす裏庭を今日も歩く
校舎をぐるりと歩いて、今度は校内だと中庭から校内へ入ろうとした
だけど中庭の向こうをふらふらと歩く人影を見つけあたしは方向転換をかます
チラッと見えた制服が白だった気がするけど、今は授業中であってサボりを注意するのも風紀委員の仕事、だと思う
「あれ?確かこっちに消えたような気がしたんだけどなぁ・・・ ――――― ・・・あ、いた」
2人の影がチラついて、タンッと地を蹴って近づけば白に見えた制服は私服だったらしい
ますます見過ごせないと思ったけれどふと、纏う空気が普通科の生徒じゃない事に踏み出した一歩を宙に浮かせたまま動きを止めた
「・・・う〜ん、誰だあの人達」
脳をフル回転させてみるけれど浮んで来ない名前
チョコレート色の髪の人と、金色の髪の人は夜間部にしてみれば目立つ方じゃない
玖蘭先輩は優姫の話から良く出てくる名前だけど、他は興味の無いあたしにとってはみんな同じ
「え?・・・ちょ、あの2人まさか外出?」
無断外出は校則違反
もしかしたら許可を取ってるかも知れないけど、確か "夜間の外出は特例以外は認めない″筈だと思い出す
こういう状況に優姫だったら飛び出して行って事情を聞くだろう
無駄に正義感の強い友人の活発な行動を思い出し小さく笑って、ハッと暗闇に消えた2つの背中を慌てて追いかけた
本当は止めなければいけないんだと思う
だけど、何だか止めて良い雰囲気でもないし
だからと言って見過ごして良い雰囲気でも無いような気がして、あたしは取り合えず一定の距離を開けて後を追ったわけだけど
「見失いました隊長・・・っ!」
誰に向けたわけでもなく小さく叫んであたしは、疲れた身体を休める為にその辺にあった瓦礫に腰を下ろす
途中で車に乗られた時は焦ったけれど街で姿を見つけられてホッと安心したのも束の間
あっという間に闇の中に消えた2つの背中は、走り回っても見つける事は出来なかった
「帰ろうかなぁ・・・」
「お姉ちゃん、だいじょうぶ?」
「え?」
幼く高い声が聞こえて振り向けば、深夜の街には似合わない小さな男の子がぽつんと立っていた
「・・・君こそ、こんな時間に何やってるの?」
「ぼく?」
「うん、お母さんと一緒?」
「ううん、ママはおうちにいるよ?ぼくはパパと一緒にきたの」
1人じゃない事に "当たり前か・・・″と安心して目線を合わせるように膝を折った
にぱっと笑う男の子は可愛くて、小さな頭にぽんっと手を置く
「パパは近くに居るのかな?」
「うんとね、ここで待ってなさいって言われたの」
「・・・ここで?」
「うん!」
無邪気な男の子が嘘を吐いているようには見えない
最近の親はこんな時間にまだ5歳になるかならないかの子供を連れ出した挙句、こんな廃墟のような場所で待たせるのかと呆れた
その時、ぽつっと男の子の頭に乗せた手の甲に水滴が落ちた
「お姉ちゃん雨だよ!」
「あ、うん・・・。取り合えず、この中に入ろっか」
「うん!お姉ちゃん、はやくはやく!」
小さな手に引かれて、ギギィィと重い音を立てて開いた屋敷の中に入る
埃っぽい屋敷内は相当前から放置されているのか、階段も途中で崩れているし壁に掛かった絵も真っ白で元の絵が見えないほど
雨が降ってきたせいで月が雲に隠れ真っ暗な闇に包まれる
「・・・っお姉ちゃん」
「大丈夫だよ。こうして扉を開けておけば、パパが迎に来てくれればすぐにわかるから。ね?」
「う、うん・・・」
暗闇が怖いのかぎゅっと抱きついてくる男の子を安心させるように頭を撫でて、ボロボロの玄関に寄り掛かって空を見上げた
いくら代行とは言えもし、あの2人が許可を取っていたらあたしが校則違反をした事になる
今まで何度か夜抜け出して街に出て来た事はあるけど、今回は立場が立場だとあたしは肩を落とした
「あ、パパ!!」
「うん?」
男の子の明るい声が次第に強くなる雨音に混じって聞こえた
視線を下に向けて、男の子の視線を辿れば暗い屋敷の中にぽつんと人影
「パパ!!―――――
・・・っお姉ちゃん?」
駆け寄ろうとした男の子の腕を掴む
キョトン、とあたしを見上げる男の子の視線に気づきながらも、あたしは真っ直ぐに人影を見つめた
明かりが無いこの場所でハッキリ見えるわけじゃない
―――
だけどなんだろう、気持ち悪い・・・
「・・・あの人が、パパ?」
「うん、そうだよ!お姉ちゃん、どうしたの?」
ゆらっと人影が動いた瞬間、男の子を抱き抱えて横へ飛び退いた
腕の中で驚く男の子よりもずっと、今まであたし達が立っていた場所がガラガラと崩れ落ちた事にあたしは目を見開いた
「・・・お前の血、イイ匂いだよなぁ」
地を這うような、掠れた低い声にゾクッとした
雲間から一瞬姿を見せた月が照らした男の顔は狂気に満ちていた
明らかに
"普通″じゃない男に逃げようと身体を起こした瞬間、背中に重く激痛が走ったと思えば軽くあたしの身体は吹っ飛ばされた
「―――
・・・っ!!!」
漫画やドラマで呻き声とか出るけど、実際はそんな声すら出ない程に喉が詰まる痛み
生理的に流れる涙で歪む視界に横たわる小さな身体
「ごほっ!・・・げほっ、けほっ・・・!」
お腹に衝撃を受けたわけじゃないのに、夕食を吐き出しそうになって手で口元を押さえた
身体を起こして震える足で壁に手をついてなんとか立ち上がる
ふらふらと男の子に近づいて、小さく息をしてる事にホッと安心したのも一瞬
「久し振りだなぁ・・・」
すぐ背後で聞こえた声に、振り返ったと当時に振り下ろされた腕を掴む
在り得ない程の力に押されながらも頭に浮んだ
"問題が起きた場合、対処できる運動神経″に場違いながらも頷けた
まさかこんな事態になるなんて、理事長も玖蘭先輩も予想しなかっただろうけど
「あんた・・・っホントにこの子の父親なの・・・!?」
「あぁ?・・・あぁ、餓鬼が居れば女は簡単に近づいてくるからなぁ」
「・・・い・・っつ!!」
「抵抗するだけ無駄だ。大人しくしてりゃ、痛い思いはしなくてすむぜ?
―――――
・・・ぐぁっ!!!」
男の腹部を蹴り上げて拘束から何とか逃れる
ポタポタと爪が食い込んだ箇所から血が滴り落ちた
身体中がギシギシと痛みを訴えるけれど、逃げたくても出口の前には男
階段はボロボロだし他の扉に逃げ込んだとしても、下手に動いて行き止まりになって出口から遠のくのもまずい
「・・・ってめぇ、大人しくしろよ!!」
避け切れないと、受け止めるだけの力が残ってるとも思えないけど手をクロスさせてガードする
現実から目を背けたい乾いた、だけど重い音が腕から聞こえて唇を強く噛んだ
その時だった
ギシッとした音と、乾いた音が暗闇に響いたのは
急に圧迫感が無くなって、へなへなと座り込んだ
カツン、カツン、と足音がして見上げれば長いコートを着て手に拳銃を持った男
「おい、大丈夫か?」
「・・・っ片手折れただけ、ですよ」
「あぁまあ、あの攻撃防いで無傷なわけねぇか」
助けてもらったのは明らかだけど目の前から消えた男が不思議だった
逃げたのかもしれないと、兎に角これ以上考えたくないあたしは頭を小さく振る
「おい、お前黒主学園の生徒だろ?武器も持たずに何やってんだ」
「急に襲われたのに武器も何もないですよ」
「あ?・・・あぁ、まあ兎に角だ。あいつ等に
"勝手な事は控えろ″って伝えろ。いいな?」
「は、はぁ?ちょっと!!」
勝手に現れて助けてくれた男はさっさと男の子を担いでボロボロの屋敷から出て行った
ぽかん、と座り込んだままのあたしだったけどすぐにハッとして震える足で立ち上がった
逃げたかも知れないあの男が戻ってきたらそれこそ最悪だと、傷ついたこの説明をどうすればいいのか悩みながら黒主学園に戻る
「ったいなぁ・・・・。何事も無く代行終わると思ったのに、刺激強すぎだっつーの・・・」
そのまま黒主学園に戻ろうかと思ったけど、腫れ上がる左腕を見てられず方向転換
寝てるだろう理事長には
"事情は後日説明しますので、明日の見回りまでには戻ります″とだけメールを打って
あたしは涙が止まらないまま夜間の病院へと駆け込んだ