覚えてる?
あの日、あの場所で、あなたはあたしに言ったよね
忘れる事の出来ない大切な思い出
それは、今も、この先、ずっと色褪せる事なんてない
――――― ・・・もう、前に進んでもいいよね?
Love can move mountains. No.07 その場所で、さよならを
目が覚めて、ぼうっとする思考の中、ふと自分を包む温もりに目を見開いた
状況を理解するまでに少し時間がって
理解した突端に顔が熱を持って鏡で見なくてもわかる、今、あたしの顔は真っ赤だ
「・・・う、わぁ・・・・」
思い出したくないけれど思い出してしまう
あぁもう!と頭を軽く振って、兎に角起きようとするけれど、ふと床に散った服を見て思考が停止
生々しすぎるその光景に思わず布団の中に潜り込む
「・・・っん・・・・・・?」
「ぎゃ!」
少し掠れた声がすぐ近くで聞こえて思わず変な声が漏れる
はい?と寝惚けたような声が聞こえて、バサッ!と音と共にひんやりとした空気が肌に触れた
「おはよう、。あぁ、もうおはようって時間じゃないか」
「・・・そ、そうだねジェームズ」
「かくれんぼかい?」
「ち、近いってジェームズ!」
「仕方ないだろう?が布団の中に隠れるから、こうしてないと寒いからね」
「それは言い訳!ぎゃ!なにしてんの!」
ぎゅっと抱き締められて、ジタバタと暴れてみるけれどすぐに無意味な行動だと思い知る
諦めたように大人しくなればちゅっと額に落とされる軽いキス
その瞬間にあたしの中でぷつりと何かが切れた
「?」
「珈琲淹れてくる!」
その辺にあった上着を着込んで寝室を飛び出した
火照った頬を冷ますようにバシャバシャと顔を洗って、鏡を見上げるけれど赤みは収まらない
無駄な足掻きだとリビングに行って、時間になれば用意される珈琲をカップに注ぐ
ドキドキと心臓が煩い
震える手で何とか零さず注いで、軽く深呼吸をした時だった
「ん?」
いっぱいになったゴミ箱
あぁ、ゴミ処理機に移すの忘れてたと現実に涙しそうになりながらゴミ箱に手を伸ばす
「あ、っわ!」
思わず倒してしまったゴミ箱の中身が床に散らばる
食べ物や生ゴミは入っていない
紙類だけとは言え、ゴミ箱を倒した事実は気分が良い物じゃないと手早くゴミを拾った
「あれ?これ、なんだろ」
見慣れない紙を見つけて思わず手を止める
くしゃくしゃに丸められたそれを開けば、何だかインクが滲んで読み難い
「・・・・・・え?」
全てを読む事は出来なかったけれど、判断するのに必要な情報は読み取れた
慌てて立ち上がってカレンダーを引っ手繰るようにして今日の日付を見る
日付の下に書かれている、この星では意味の無い月読み
「・・・う、そ・・・」
もう一度くしゃくしゃなそれを読もうとカレンダーを置いた瞬間、ガタッと音がしてあたしは急いでゴミを拾って
目を通したくしゃくしゃなそれも一緒にゴミ箱を元の位置に戻した
ひょっこり顔を出したジェームズに、笑いかける事が出来なくてあたしは背を向けた
「?何か音がしたけど、大丈夫かい?」
「あ、うん。大丈夫、ちょっとぶつかっただけだから」
「夕方まで寝ちゃうなんて、久し振りだよ」
ふわっとジェームズに後ろから抱き締められて、上着がずり落ちて露出した肩にキスが落とされる
さっきとは別の意味で心臓が煩い
「、寒くないかい?」
「・・・大丈夫、だよ」
「?」
「こうしてれば、温かいから」
くるりと向きを変えて、ぎゅっとジェームズに抱きついた
耳元でクスクスと笑うジェームズの声がする
わかってた事だった
いつか、ジェームズは元の世界に帰るんだって事
忘れたわけじゃない
ジェームズはあたしとは違う
きっと、彼は元の世界に戻る事を選ぶだろう
「肩が冷えちゃったね。ベッドに戻ろうか」
わかっていた筈なのに、この腕を離したくないと思ってしまう
それはあたしのワガママ
ジェームズの気持ちを疑うわけじゃない
あの言葉が嘘だとは思えないけど、元の世界に戻りたいと願っている事だって嘘じゃないはず
「、どうしたんだい?」
窓から差し込む人工的な光
もう、残された時間はあと僅か
「・・・ジェームズ」
「ん?」
「お願い、聞いてくれる?」
ベッドの上で、後ろから抱かかえられるように、顔を見たら言えないだろう
布団をぎゅっと抱きしめて
声が震えたのも、きっとジェームズは気づいてる
「もちろん。のお願いを僕が断るわけがないだろう?」
本当の願いは口に出来ないけれど
これだけは、君に伝えたい
「短い間だったけど、良い思い出として忘れないでね?」
「・・・」
縛り付けたくないんだ
あの時、あの人がそうあたしに言った時はそんな事ないと言ったけれど
今ならわかる
あの時、あの人がどんな思いでそう言ったのか
本心からそう願ったんだろうって、わかる気がする
「・・・、僕は謝らないよ」
「うん。あたしも、謝らない」
だってそうでしょ?
ジェームズを好きな気持ちに偽りなんてない
後悔は、してない
時間はかかるかもしれないけど、いつか良い思い出になると、そう思うから
「、僕からもお願いしてもいいかい?」
「うん?」
いつの間にかジェームズの顔が目の前にあって
こつん、と合わさった額からジェームズの温もりが伝わる
「もう一度、言って欲しいんだ」
なにを、と聞かなくてもわかった
眼を伏せて小さく言葉にする
「・・・・好きだよ、ジェームズ」
ありがとう、と優しいキス
触れるだけの、優しくて暖かいキス
「僕も、好きだよ、」
すとん、と両腕がシーツの上に落ちる
振り返る事は出来なかった
もう一度顔を見たら、きっと口にしてはいけない言葉を言ってしまうから
布が擦れる音が途切れて、ふわりと抱き締められる
「・・・愛してる、」
足音が一旦止まって、かたんっと小さな音
その後すぐにドアの閉まる音が、どこか遠くに聞こえた
「・・・っジェームズ」
別れの辛さは知ってた筈なのに、溢れる涙を止める事は出来なかった
好きだよ
本当に、心からジェームズが好き
もう、人を好きになる事なんてないと思ってた
いつから?
いつの間にか好きになってた
どこが?
子供っぽいのに、包み込んでくれる暖かさが好きだよ
後悔はしてない
だけど、もう少しだけ
―――― 泣くななんて言わない。無理して笑おうなんて言わない。だから、思いっきり泣いて、その後にはちゃんと笑って?
笑えるようになるまで、少しだけ時間をちょうだい?
大丈夫だよ
ジェームズを好きになった事
短いけれど、大切な君と過ごした時間
心から、ジェームズを愛してる