どんなに泣き叫んでも
どんなに名前を呼んでも
もう、あなたは答えてくれない
あなたの笑顔も、笑い声も、温もりも、忘れる事なんて出来ないよ
――――― ・・・前に、進みたい
Love can move mountains. No.06 零れ落ちるもの
設定季節は、昨日を境に本格的に夏になった
暑さが苦手なは冷房の効いた室内で読書
そんなの足元に座って、ジェームズは今までずっと疑問だった事を投げかけた
「仕事?」
「そう、仕事。はいつも家にいるけど、働いてないのかい?学生かなにかとか?」
ジェームズがこの世界に来てから、用事があると言ってが1人で外出したのは数えるほどだ
この世界の人間じゃないと言ったには養ってくれる両親が居るわけでもないだろう
だったらどうやって生活を?とジェームズが疑問に思うのも無理はなかった
「してるじゃん」
「いつ?どこで?」
「そこに座って。1日の内、大抵してるでしょ?」
「え?」
そこに座って、と言ってはいつも座っている席を指差した
そこに座っている時は大抵キーボードを叩いて、宙に浮くディスプレイを眺めている
ジェームズにとっては意味不明な文字の羅列
顔を顰めるジェームズに、は読んでいた本をぱたんと閉じた
「あたしの仕事は、簡単に言うとデータ管理だよ」
「でーたかんり?」
「そう。パソコンのネットワークが、銀河全てに繋がってるっていうのは話したよね?」
「覚えてるけど、その管理ってなにをするんだい?」
「えっとね、簡単に説明できるか不安だけど」
マザーコンピューターが全ての情報を管理し、書き込み削除を行なう
マザーコンピューターから各星系のメインコンピューターに情報が送られ
そしてメインコンピューターから更に、各惑星やコロニーのメインコンピューターに情報が送られるというシステムだ
「一般の人には閲覧出来ない情報とか機密情報とか全てがつまってるから、メインを守らなきゃいけないんだけど、その守りをしてるんだよ」
「えーっと・・・?」
「あー・・・そうそう!ホグワーツはマグルに見えないように魔法がかかってるんでしょ?それと一緒だよ」
「なんとなく、だけどわかった・・・かな?とにかく、はそのメインコンピューターっていうのを守ってるんだね?」
「そうそう。あたし以外にも6人いて、その6人でメインを守ってるの」
わかったような、わかっていないような、曖昧にジェームズは頷いた
理解出来ない世界の話なんだろう科学が発展していない世界との差は大きい
本来ならば一般人が携われる仕事ではないのだが、元々機械系が得意だった事と、を助けた人物のお陰で今の職についていた
「ジェームズ、夕飯何食べたい?」
そろそろ夕食の時間だね、とは長い髪を邪魔だと軽く結って立ち上がる
「が前に言ってた、日本の料理は作れるのかい?」
「作れるけど、日本食が良いの?」
「一度食べてみたかったんだ!どんなものなのか、本で読んだ事しかないからね」
「そうなの?じゃあ、日本食にしよっか」
カウンターキッチンに入って、冷蔵庫を開けて材料は大丈夫だとこくんと頷いて
黒いエプロンを身に付け手を洗う
そんなの元にジェームズはわくわくと目を輝かせ、は嫌な予感がした
「僕も手伝うよ!」
あぁ、やっぱり・・・とメニューを考えていたの表情が引き攣る
この間手伝いたいと言い出して手伝ってもらったは良いが、キッチンがめちゃくちゃになった苦い記憶が蘇る
本人に罪悪感は皆無なのだから余計にタチが悪い
「ジェームズ、気持ちは嬉しいけど、日本食はまったくわからないんだよね?だから、座って待ってて?」
「わからないから手伝いたいんだ。僕がいたら邪魔かい?」
「い、いや邪魔っていうか・・・」
しょんぼりと、いつものわんぱくな笑顔はどこへやら
落ち込むジェームズに、いやここで承諾したら後片付けが大変だ!と思うのだが
「・・・」
まるで捨て犬の如くうるうると見つめられたら断れない
諦めたように、もうひとつのエプロンを渡したにジェームズはパッ!と花咲くような笑顔で手を洗い始めた
「さて!僕は何を手伝えばいいんだい?」
「そうだなぁ・・・・。じゃあ、ジェームズはお湯沸かしてくれる?」
「おーけー!」
ただお湯を沸かすだけ
しかし、魔法使いである彼がコンロの使い方さえ手付きが危ない
横目でチラチラとジェームズを見ながら、は不安そうにじゃがいもの皮を剥き始めた
+++
「いやぁ!日本食って言うのは味が薄いけれど、中々美味しいね!」
「・・・満足して頂けて嬉しいよ」
「あれ?どうしたんだい、食べ過ぎたのかい?」
「・・・そう、食べ過ぎただけだから」
ぐったりと、ソファーに横になるにジェームズはケラケラと笑う
あなたのせいで疲れたんです味も何もわかりませんよ、と本音は口に出来ず溜め息ひとつ
「片付けは僕がやろうか?」
「いい!」
「?」
思わず飛び起きて、親切心から言ったであろうジェームズの言葉に反射的に声が大きくなる
「あー・・・うん、片付けはほら、食器の位置とかジェームズまだわからないでしょ?だからあたしがやるよ」
「・・・そうかい?」
「うんうん、だから大丈夫だよ。ありがとジェームズ」
納得行かないような顔で頷くジェームズに、ホッと息を吐いて横になる
ソファーの下ではジェームズがに背を向け寄り掛かったまま、流れる音楽PVに意識は向けられている
本人は寝癖だと言うけれど明らかに癖っ毛なジェームズの髪
無意識に手を伸ばしそっと触れれば、驚いたようにジェームズが振り返る
「あ、ごめん。髪の毛とか触られるの嫌い?」
「い、いやそうじゃないけど。驚いただけさ」
「思ったよりも柔らかいんだね、ジェームズの髪」
中途半端に振り向いた体勢から、うんしょっとジェームズは身体ごと振り返った
の腕はまだジェームズの髪を掴んだりクルクルと指先で遊んでみたりと
思いのほか猫っ毛のようなジェームズの髪
「ジェームズ?」
「ん?」
「いやあの、どうしたの?」
「なにがだい?」
「なにがって・・・。やっぱり髪の毛触られるの嫌だった?」
髪に触れていた手を取られ、何をするわけでもなく握られたのジェームズよりも小さな手
ジェームズの目線はただの手に向けられていた
「そうじゃないよ。ただ、なんとなくこうしたかっただけさ」
の左手を左手で握ったまま、ジェームズはソファーに右手を乗せてその上に頬をつけた
目を閉じてしまったジェームズには手を振り払う事も出来ず、自分の顔よりも少し下にあるジェームズの顔を眺めた
眼鏡が邪魔じゃないんだろうかと下らない事を考えていると、ジェームズは目を閉じたまま口を開いた
「は、こうして手を握っても振り払う事はしないんだね」
「え?」
「慣れているのか、それとも深く考えてないのか。・・・どうしてだい?」
ゆっくりとオレンジかかった茶色の瞳が開かれる
質問の意味はわかるが、キョトン、と首を傾げたに、ジェームズは小さく笑みを浮べた
「僕は君に、に触れたいと思うから、こうして手を握るんだよ」
まるでそれは告白とも取れる言葉には目を見開いた
その反応は予想通りなのか、ジェームズは顔を上げて握っていたの手にそっとキスを落とす
ビクッと逃げようとするの手をぎゅっと握って、頬を赤くするを見つめる
「だめだね。所詮はつもり、なだけで、駄目だとわかっていても、僕はを想う気持ちにストップなんてかけられない」
「・・・っ」
「自分勝手でごめん。だけど、いつの間にか君を好きになってた」
「ジェームズ・・・」
困ったように、どうしよもないんだと、くしゃっと笑うジェームズは
そのままもう一度、静かにの手にそっとキスを落とした
「君が、の事が好きだ」
真っ直ぐな、曇りひとつない素直な想い
いつもは自信満々に、リリーに告白した時だって自信に満ちていたジェームズ
しかしそんな彼はどこへいったのかの手に額を当てたままジェームズは顔を上げる事が出来なかった
こんなにも人に想いを告げる事が、不安で、怖くて、切ないものだとは思わなかった
どんな反応を返されるのか、それを考えただけで微かに手が震える
――――― ・・・あぁ、これが恋なんだ
恋をしているつもりだった
リリーに、恋に落ちたのだと思っていた
けれどそれは本当の意味の恋ではなかったのかも知れないと、ジェームズはただ何も言わず目を閉じていた
「・・・・ずるいね、ジェームズ」
聞こえた声に静かに心臓が跳ねる
顔を上げられずに、ただの言葉を待った
「・・・っ好きだよ」
思わずジェームズは顔を上げた
今のは聞き間違いだったのではないかと、しかし空いた腕で目元を隠すように覆っているの頬に透明なそれが伝う
声が震えた
本当は冗談でしょ?と笑い飛ばさなければいけないのかもしれない
彼は、ずっと一緒にはいられないのだから
それでも口から零れ落ちた想いは正直な気持ち
ジェームズも、も、その想いを止める術はもっていなかった