― おまえは何をしてるんだ!さっさと戻って来い、ジェネシス!おまえが連絡しないせ・・・!
ピィーッとお決まりの音を立てて途中で切れる仲間の声
あまりの音量に耳から遠ざけていた携帯電話を手元に戻し、そのまま電源を落とし無造作にベッドの上へと投げ捨てる
「あぁ、たいした事じゃないさ」
自分の服の裾をキュッと掴み見上げてくる少女に、ジェネシスはその小さな頭をそっと撫でる
俺は何をやってるんだと、呆れたような笑みに続くのは小さな短い溜め息
「どこまで読んだか・・・あぁ、第四章だったな」
ジェネシスは自分で自分の行動がわからないまま、膝に乗せた少女が指差す場所を目で追う
そしてそれを言葉に紡げば少女がそれを指で追う
君よ因果なり
夢も誇りも、すでに失い
女神ひく弓より、すでに矢は放たれて
ジェネシスの愛読書でもあるLOVELESSは少女にとって意味のわからないものだろう
けれど少女は目を輝かせジェネシスの声に耳を傾け、そして小さく細い指でその文を追っていく
丁度第四章を読み終える頃、この宿の少し小太りな女性がジェネシスの部屋を訪れた
「お兄さん、悪いねぇその子の面倒まで見てもらって」
「いや、構わないさ。俺も退屈せずにいられるからな」
「そうかいそうか、そりゃよかった。この村にはなぁんにもないからね」
そろそろ時間だよ、そう声を掛け女性は部屋を出て行く
もうそんな時間かとジェネシスが本を閉じれば、少女はひょいっとジェネシスの膝から下りて、感謝の気持ちを表すように頭を下げた
こで少女は洗濯を取り込みに外へと向かい、それが少女の仕事らしきものだとジェネシスは最近知った
「俺も行ってもいいか?」
そう声を掛ければキョトンとした後に少女は小さな小さな笑みを浮かべ頷いた
最近になってやっと見せてくれた小さな、見逃してしまう程のその笑み
ジェネシスは満足げに腰を上げ小さな少女の後を追うように部屋を出る
この村には子供が少ないのか、外に出て聞こえる音と言えば木のぶつかる乾いた音や炊事の音
パタパタと駆け足で裏庭へと駆けて行く少女は、両手で何とか抱えられるカゴを足元に置き、踏み台を運び腕を精一杯伸ばす
手伝おうと手を伸ばせば慌てたように止められると知っているジェネシスは、黙って近くの切り株に腰を下ろした
「・・・そろそろ限界、かな」
こうしてのどかな日々を送る
それは過去に捨て去った筈だと、口元が歪み何かを耐えるように額を片手で押える
この村に立ち寄って既に一週間は経つだろう
本社に連絡もせず、携帯には毎時間のように仲間からの電話やメールが届く
さすがにこれ以上はマズイとわかっていても、何故かこの村を離れる事が出来ずにいた
「・・・」
けれどすぐに、村ではなく目の前で一生懸命自分の仕事をする少女だと思い直す
それこそ何をやってるんだと、ジェネシスは雲ひとつない空を見上げた
笑う事だけではない
感情を表に出す事がない少女は、もうひとつの感情を伝える術すら持っていない
詳しく聞く事は勿論出来ない為に少女に家族、両親がいるのかさえわからない
自分が愛読書を読んでやれば意味がわからないだろう、それでも心なしか楽しそうに聞いている
― 何が楽しくて、生きているんだろうな
あぁ、でもそれは俺も同じか・・・
ふっと笑い、パタパタとした足音に視線を向ければ目線の高さが揃った少女がいる
「あぁ、終ったのか?」
そう問えば、少女は頷き、遠慮がちにジェネシスの袖を掴む
それが“お願いします”の代わりだとジェネシスは腰を上げ洗濯物のたくさん入ったカゴを見た
わざわざ片手で持つ必要などないのだが、自分を見上げる少女の瞳が、凄い凄いと言っているようでわざと片手で持ち上げる
「凄いか?」
そう問えば、少女はぶんぶんと首を縦に振りそっとジェネシスの袖を掴んだ
それをジェネシスが空いた手で小さな手を掴めば、少女は顔を上げほんの少しだけ口元を緩ませる
口がきけないのは何か理由があっての事だろう
感情の起伏が少ないのは、身体的というよりも精神的なものだろう
人の命を奪う仕事に就き、この小さな手を握っている手も真っ赤に染まっている
自分とは違う純粋で真っ直ぐな少女
胸がチクチクと痛むけれど、その小さな手を離せずにいた
口に出す事はないけれど
自分でも何を・・・と思うけれど、ほんの少しだけ願う
(あるがままに笑って欲しい)
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(夢書きへの100のお題:73.あるがままに笑って欲しい)