任務を終えて後は本社に帰って報告書を纏め、きっと次の任務を言い渡されるだとうと予想なんてものをしてみる
そう思えば足取りは重く、すんなり本社に帰る気が起きずは珍しくミッドガルの街中にある店へと足を向けた
人の集まる所、または人の多い所は苦手とすると言ってもまったく外出しないわけではない
からん、からん・・・
乾いた音が小さく店内に響く
外出を好まないの、数少ない馴染みの店は今日も相変わらずちらほらと人がいる程度
迷わずはカウンターの端に座れば、すぐにマスターが注文前にサッとお決まりのカクテルを出してくれる
「少し疲れているみたいだからね、さっぱりに仕上げたよ」
「ん、ありがとマスター」
薄暗い店内、申し訳程度に聞こえるBGMに、程よい人の数
クイッとカクテルを一気に飲み干せば、ピリピリとした辛味が喉を刺激する
それでもマスターの言った通り、いつもよりもさっぱりとした柑橘系の香りがふわりと口に広がった
「マスター」
「同じのでいいかい?」
「んー、今のマスターの気分、っていうのは?」
「ははっ、お安い御用だよ」
シャカシャカとしたシェイカーを振る音が耳に落ちていく
すぐにスッと目の前に出されたのは、淡い紫色のカクテルだった
「・・・んっ、おいし・・・甘めだね、これ」
「久し振りに来てくれたへの気持ちさ」
「ふふ、ありがと」
今度は味わうように少しずつ飲んで、は疲れたように髪を掻き上げた
なんて事ない任務内容
問題もなく進み、死者も出ず、予定時間よりも早く終わった
それでも任務内容にしては身体が疲れているのは、ここの所少し寝付きが悪いせいかもしれない
「・・・まったく、なぁにしてるの・・・」
早く帰ってこい、ばーか
小さく呟いた言葉は誰の耳にも届かず、薄暗い店内へと消えていく
見知った顔の3人が、既に半月になるが揃って戻ってこない
別々の任務だというのになんだこの状況はと、どうにもならないとわかっているからこそ苦笑いが漏れる
― 強く、なった筈・・・なのになぁ
あの3人になにかあったとは思わない
それは、があの3人に対して絶対の信頼と、偽りのない確信があるからだ
今の中にあるのは不安でもなければ恐怖でもない
ただ、いないという寂しさ
「おねーさん、隣、空いてますか?」
ぽんっと優しく肩に置かれた手
最近聞きなれた声は、わざと作っているのか妙に高く、そしてどこか色香を含んでいた
「・・・未成年は立ち入り禁止、知らなかった?」
「あれ?確かも・・・って、そう言えば俺、の歳しらねーや」
あはは、と笑いながらガシガシと頭を掻き勝手に隣のイスへと腰掛ける男・・・ザックスは、そのまま慣れたような口振りで酒を頼む
流れでいくつ?と聞くその姿がナンパのようで、は小さく笑ってマイナスかなっとだけ答えた
「マイナス?・・・え、まさか、俺より・・・年下、とか?」
「キミ、いくつ?」
「俺?俺はぴっちぴちの16歳!」
「ふぅん、じゃあやっぱりマイナスかな」
「じゃあも立派な未成年だろ?いっけねーんだ、アンジールにチクっちゃおっかなぁー」
「あはは、いいよー?あたしに初めてお酒飲ませたの、アンジールだから」
あいつ、俺にはダメだって言うんだぜ?ひっでぇーよなぁ!
ここにはいないアンジールへ向けてふんっと鼻を鳴らし、カウンターに出てきたグラスを片手で持ち上げ軽く傾けた
そしてそのまま視線だけをへ向ける
「」
「うん?」
「・・・あー、その・・・」
「ちょっとー、見た目は決まってるのに口だけは置いてけぼりだよ?」
名前を呼んだきり、その先が言えず遂には視線が泳ぎ出したザックスには小さく吹き出した
グラスを持っていない方の手でガシガシと頭を掻いてから、やっぱダメだと呟いてグラスを傾ければ氷の傾く音が響く
「美味しいね」
「・・・おう」
「なに、どーしたの」
「・・・べっつにぃ?大人だなって、思ってさ」
「はぁ?」
意味わかんないよ、そう言ってグラスを指で遊ぶの横顔をジッと見つめる
グラスの中で揺れる氷を見つめるは気付かない
「・・・年下なのに、凄いよな」
「ひとつしか変わらないけどね」
「え?マジ?マジで?」
「うんうん、マジで。・・・それにね、あたしなんて全然凄くないよ?ただ我武者羅なだけだから」
「我武者羅?」
「そ、我武者羅に突っ走って目に見える強さだけを盾にしてる、セフィロス曰く“おこちゃま”らしいよ?」
ケタケタと笑って、グラスに残ったカクテルを飲み干す
マスターにザックスと同じ物を頼みながら、はふっと天井を見上げ意味もなく口元に笑みを浮かべた
なに?酔った?と聞いてくるザックスにフルフルと首を横に振る
「キミは?どうしてソルジャーになったの?」
「俺?俺は、セフィロスみたいな英雄になりたい!ってさ」
「英雄、かぁ・・・。いいなぁ、そういう夢っていうの?目標があっていいよね、うん」
「はねーの?」
「あたしは、そうだなぁ・・・色々な意味で、強くなりたい、かな」
ロックグラスに浮かぶ茶色い液体
喉に通せば焼け付くような熱が喉を通っていくのがリアルに感じる
「あ、でもね。ソルジャーとは関係ない夢ならあるよー?」
「お、マジ?どんな?どんな?」
興味津々に軽く身を乗り出すザックスに、は視線だけをちらっと向け何となくザックスのグラスに自分のグラスを軽くあてた
ガラスの高く響く音が耳に心地良い
「王子様」
「・・・は?」
「だから、王子様。ほら、よくあるでしょ。白馬に乗った王子様が、塔に閉じ込められたお姫様を助けて、最後はハッピーエンドっていう、あれ」
「・・・え?」
酔った?っていうか酔ってるだろ、少しばかり引きつった顔でザックスはを覗きこむ
突然摩訶不思議な事を言い出したのはきっと酔っているからだと思った
けれど覗き込んだの顔には一切酔いは感じられず、焦点のしっかりした瞳がザックスを見つめる
「今の現状が嫌なわけじゃないよ?だけどね、こう・・・憧れるんだよね、王子様」
「・・・白タイツで、かぼちゃパンツの、白い馬に乗った王子様?」
あはは、さすがにその格好で馬に乗ってきたら引くけどね
気持ち的な問題だとが言うが、やはり男のザックスからしたら到底理解出来ない夢物語、そうまさに夢物語
「キミは王子様っていうよりも」
「なに、俺はその辺にいる一般兵とか言うわけー?」
「違う違う。そうだなぁ・・・、ナイト、かな」
「へ?」
それって王子様じゃないの?
そう首を傾げたザックスは、グラスに残ったそれを一気に飲み干した
「王子様って実は何も出来なそうじゃない?ナイトっていうのはさ、常にお姫様の傍にいて守ってくれる。なーんか、キミってナイトみたい」
「・・・もしもーし、ちゃん?顔色変わってないけど、酔ってるだろ」
グラスを両手で抱くように持って、手の甲に頬を付け自分を見るは
任務中の凛とした姿はなく、ただ歳相応に見える女の子だった
「現れるといいね、可愛くて綺麗な、キミだけのお姫様」
ふにゃり、その表現が一番合うような甘く柔らかな笑顔
これは完全に酔っ払いだと、その可愛さにドキッとしながらもザックスはマスターを呼ぶとポケットから財布を取り出した
ケタケタと何が楽しいのか笑うを横目に支払いを済ませると、自分よりもずっと細い、けれどたくさんの何かを背負ってるだろうの肩を抱く
「ほら、帰ろう」
「帰る?どこにー?」
「どこって・・・夜景が一望できて、すんごい綺麗なあの部屋に、だろ?」
「ふぅん、キミってお金持ちだね」
「はぁ?・・・ったく、ほら行くぞ」
はーい、と元気の良い返事に違和感を感じながら店を出る
思いのほか酔ってはいないのか、それとも足腰にこないだけなのか、しっかりと自分の足でひょいひょいと歩く
少し肌寒さを感じながらまだまだ人通りの多いミッドガルを歩く
「なぁ、」
「うーん?あ、そうだ」
声を掛けたのはザックスだったが、それを遮るように、何かを思い出したのかが立ち止まり振り返る
どうした?と首を傾げるザックスの目の前にタンッと身軽に距離を縮めれば
「おかえり」
「・・・は?」
突然言われた懐かしささえ感じる挨拶
キョトン、とを見下ろせば、おかえり?ともう一度ぷっくりとした唇が言葉を紡ぐ
「・・・た、ただいま・・・?」
「はい、よくできました!」
まるで母親か、それとも保育園の先生のように、パッと笑って先を歩く
― あーあ、俺が言えなかった事、簡単に言っちまうんだもんなぁ・・・
小さな背中は少し前を歩きながら、時折振り返っては笑うは、自分の目指す1stのソルジャーというよりは、年下の女の子
後にも先にもたったひとりだけだろうと言われている女ソルジャー、クラス1stの地位
初めて聞いた夢も、ただの普通の女の子としての夢
「・・・!」
名前を呼んで、立ち止まり振り返った君にそっと近付いて
キョトンとする瞳をジッと見つめながら、人の目なんて気にせずスッと膝を折る
(お手をどうぞお姫様)
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(夢書きへの100のお題:62.お手をどうぞお姫様)