神羅カンパニー内に、ここ最近あっという間に広がり話題になっている噂があった
どこから流れたのかもわからない、証拠も何もないその噂に初めは信じない者が多く笑い話となって消えていく筈だった

   ― ちょ、オレ見ちゃったんだけど!!

そんな事を大声で、しかも噂好きのソルジャー同士が集まる社員食堂で叫んだ者がいた
しかしそれだけでは証拠にはならなかった
けれどその噂が消えようと小さくなると、また誰かが同じような事を叫び、そしていつの間にか噂は本当だと認識されるようになったのだ
幻の、などと付けられたその噂はソルジャーの中でも飛び抜けて好奇心旺盛の彼の耳にも勿論届く



「なぁなぁ・・・どーしてもダメ?」
「しつこいぞ、ザックス。これは上からの命令だ、さっさと諦めて手を動かせ」



ここ最近は任務任務と本社に戻ってもすぐに次の任務へと発たなければならない日々が続く
随分と前から流れ、最近では“噂を自分の目で確かめれば運がアップする”などと妙な内容まで付け加えられている注目の的のその噂
確かめたいと、自分も見てみたいと、そうは思っても中々に自由になれないザックスは不満げにパートナーを見上げる



「なんだよ、アンジールは興味ないのか?」
「興味?噂に興味を持つ暇なんてない。今現在、任務に追われてるこの状況がわかっていないのか、おまえは」
「いや、まぁ、そうだけど・・・でもさ!ちょっとくらい、ラウンジ見に行ってもいくねぇか?」



すぐにでも派遣先に向けて発たなければならないというのに、中々その腰を上げないザックスにアンジールは溜め息ひとつ
気づいていないだろうザックスにアンジールは、時計を見ろと腕を軽く叩く
早く行くぞと催促されたのかとムッと眉を寄せるが、さすがにハッと時計の針が指し示す意味に気づきガクッと肩を落とす



「なーんで、やっと戻ってきたってのに夕食時なんだよー・・・!」
「仕方ないだろう。ほら、さっさと立て。時間は待ってはくれぬからな」
「・・・はぁ、いつになったらこの忙しさから開放されるんだ・・・」



もう今日は、というか今回もまた諦めるしかないと重い腰を上げる
最近ずっと任務を共にしているアンジールと共にエレベーターに乗り込み、一階ロビーへと向かった



「あーあ、ホントなんでこうも忙しいんでしょーね」
「セフィロス、ジェネシス、共に任務に出ていて不在。それに加え、今年はソルジャー試験を通過した者が少ないからだろうな」
「なに、そんなに今年は合格者少なかったわけ?」
「去年の半数にも届かなかったそうだ」
「うっはぁ、なんだなんだ。今年は不作だなぁ」



ほんの少しの浮遊感を感じつつ降下していたエレベーターが、お決まりの音を立てて止まる
社内のエレベーターなのだから誰が乗ってきてもおかしくはない
ザックスは奥の壁に寄り掛かり、両手を頭の裏に添えたまま薄汚い天井を見上げていた



「あ」



ドアが開き、エレベーターを待っていただろう待ち人が小さく声を出す
その声に反応したアンジールが視線をぐんと下げると、そこには最近見慣れた同僚の姿
乗るのか?と中々動かない様子を見て告げれば、その人物はワンテンポ遅れて頷きエレベーターの中へと乗り込んだ



「これからか?」
「うん、今回は長くなりそう。アンジールは?っていうか、なに、3日前に同じやり取りしたような気がするけど・・・また任務?」
「セフィロスもジェネシスもいないからな。単発程度の任務が続いているんだ」
「あらま、なんて言うか・・・それならいっそ、長期任務の方が楽だね」
「まあ、な」



結局は上の命令で動く立場である自分達に拒否権という札は用意されていないと
顔を見合わせ、お互いに大変だと苦笑い

   ― アンジールに、女の友達?

興味なくただ耳に届く会話に、ザックスは意外だと思いながら視線を下へと向ける
まず見えたのは見慣れたアンジールの後頭部
ふっと隣に視線を向け、そのままその視線を下へぐんと向ければ自分と同じ漆黒の髪が揺れた



「やだアンジール、それじゃあセフィロスがお父さんみたいでしょ!」
「本人もかなり傷付いていたみたいだがな」



その流れだとあたしがお母さん?なんて言いながら自然にアンジールの腕に触れる
クスクスとした笑い声が狭いエレベーターに響き、アンジールも視線を下に向けザックスもあまり見た事のない優しい笑みを浮かべた



が母親、か・・・。だとしたら、俺は兄か?」
「うーん、そうかな?ジェネシスは手の掛かる息子、かな。それも絶対に末っ子!」
「一人っ子ではなく?」
「あのワガママっぷりは、一人っ子っていうよりも末っ子だよ末っ子。可愛がられて、そりゃもうワガママはぜーんぶ通っちゃうようなさ」
「ははっ、確かにそうだな。おかげで、俺もセフィロスも毎回手を焼かされる」



真っ黒のスーツを身に纏い足元は少し高めのピンヒール
見た目はタークスと同じ風貌に、自分のパートナーにタークスの友達、それも女友達がいた事にザックスは口元を歪ませる
そして、何か思いついたのかひょいっと壁から身体を離しそのままアンジールの背中へと飛び付いた



「なぁなぁ、誰よこの子!アンジール、俺にも紹介しろって!」
「わざわざ飛び付くな!」
「あはは、キミがあれだ。えぇっと、仔犬のザックス?」
「仔犬?・・・それって、俺の事?」
「違うの?」



ザックスのジトッとした視線と、のからかうような視線を受け、アンジールは背中に乗るザックスを振り払い小さく溜め息をひとつ
誤魔化すようにごほんっと咳をして見せアンジールは一歩後ろへと下がった



「こいつはザックス。最近任務を共にする事が多くてな」
「そうなんだ?あ、あたしは。よろしくね?」
「よろしく!・・・あれ?、なんでシャツまで真っ黒?」



真っ黒なスーツに足元も黒いピンヒール
そうなれば、決まってシャツは白なのだがの襟元に見えるのはスーツと同じギリギリまで肌蹴た黒いシャツだった



「ほら、白って血が飛んだ時に目立つでしょ?黒が好きって言うのもあるんだけどね、黒なら飛んでも目立たないから」
「ふーん?そんなに血が飛ぶような任務もあるんだ」
「最近は人手不足だから。ザックス達だって、忙しいんでしょ?」



大変だね、と自分を見上げるに、全然余裕!とザックスもニカッと笑う
先ほどまであんなに文句を垂れていたくせにとはアンジールだ
他愛無い話に花を咲かせれば、あっという間にエレベーターは目的の階にお決まりの音を立てて止まる



「ありがと、アンジール」



真っ先に飛び出したザックスの後をがゆっくりとした足取りでエレベータを下りる
わざわざボタンを押していてくれたアンジールにお礼を言えば、アンジールはの髪をくしゃっと優しく撫でた



「なぁなぁ、は単独?それとも、誰かソルジャーと一緒?」
「あたし?うーん・・・確か、タークスのレノ・・・あぁ、赤髪の変な人なんだけど、その人と一緒だったと思うよ」
「レノ?赤髪、赤髪・・・あぁ!あいつか」
「たぶん、そいつ、かな?」



神羅ビルの薄暗い裏口を抜け、はパートナーの姿がない事にキョロキョロと周りを見渡した
いつも任務だと言うのに時間ギリギリにへらへらしながらこの場所へと来るレノとは、意外とパートナーを組む回数が多いのだとは苦笑い



「あ、そうだ。、知ってっか?あの噂!」
「噂?・・・あー、2ヶ月くらい前から騒がれてるあれ、ね」



今じゃ誰でも知ってると、は苦笑いを浮かべ壁に寄り掛かり腕を組むアンジールを見た
絡んだ視線が何かをお互いに伝えたがザックスは気づかない
今回もまた、その噂の真相を確かめる事が出来なかったと悔しそうに眉を寄せた



「そんなに確かめたいの?」
「そりゃもちろん!」
「なんで?」
「え、なんでって・・・気になるだろ?七変化の女ソルジャー、なんてさ!」



それも目撃情報が数える程しかないなんて、これはもう逢わなきゃでしょ!
そう言いながら裏口のドアをジッと見つめるザックスに、は首を傾げた後小さく吹き出した
どうして笑われたのかわからず、ザックスが不思議そうにを覗きこむ



「だって女のソルジャーなんて歴代初、だぜ?・・・って、・・・あ、れ・・・?」



ふふっと笑うに、違和感を見つけザックスがズイッと顔を近付ける
後もう少しでその違和感の正体に気付きそうになった所で、無常にも聞き慣れた重低音が裏口に響いた



「遅いよ、レノ」
「時間どおりだぞ、っと」



スッと自分から離れて行く
少し腰を折った状態から視線だけを黒服のタークスに近付くへと向ける



「時間どおり?よく言うよね、待ち合わせ時刻は15分前に過ぎてるけど?」
「俺の時計は時間ぴったりだからな」
「ばーか、キミを中心に世界が回ってるわけじゃないんだってば。まったく、飛ばしてよ?」
「了解だぞ、っと」



ひょいっと身軽にレノの後ろへと跨り、はパシパシと瞬きをしながら自分を見ているザックスを見る
ハッとしたようにザックスが口を開け叫ぼうとした瞬間
はにっこり笑ってそれを遮った



「ザックス、言ったよね?七変化の、ってさ。ご満足して頂けた、かな?」



行くぞ、っと
レノの声と共に重低音を響かせ夜の街へ消えていく小さな背中
酸素を求める金魚のように口をパクパクとさせ、指差した先は震えアンジールを振り返る



「え、っと・・・え?・・・が、噂の・・・?」
「おまえが自分で言ったんだろう?七変化の女ソルジャー、だとな」
「・・・っそんなぁぁ!!!」

(確かにその通りだった)

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(夢書きへの100のお題:45.確かにその通りだった)
お題は短くあっさりと・・・って思ったのに、何だか思ったよりも長めになった・・・