風紀委員の代わりだか、理事長のお使いだか、どっちでもいいけど月の寮に平気で入ってくるデイ・クラスの女がいる
あの黒主優姫がマシに見えるほどその女は枢様を格下扱いする
それがまた気に食わなくて、だけど枢様はいつになく優しいお顔をなさるから、僕だけじゃない、誰もその女に手を出す事は出来ない
「これは僕達がやらなければいけない事だから」
「だからってね、ハンター協会から苦情が凄いの。君達が義務感でやってる事でも、君達は黒主学園の保護下にいる以上勝手な事は許さないよ」
壁に凭れ掛かったまま腕を組んで、呆れたように肩を竦め僕達をゆっくり見渡す
ロビーに集まっているのは全員じゃない
枢様のお傍に、近付く事を特に許された者達だけ
「管理する立場って言うけど、結局管理しきれてないからこんな状況になってるんでしょ」
睨むような視線が僕を通り越して、階段にボケッと座る支葵に向けられる
だからと言って支葵がその視線を気にするわけもない
僕がこの女を嫌う理由
それは僕達に対して、枢様に対しての態度もあるけど、それに加えてこの女が僕達を狩る側だからだ
「には悪いと思っているよ。理事長では対処出来ないハンター協会からの通達を全て片づけてくれているんだろう?」
「現役を退いたあの人よりも、現役張ってるあたしの方が都合が良い。それだけだよ」
「僕達を庇ってくれるの存在はありがたいよ」
「庇ってるのは自分の立場。君達がね、勝手するだけであたしのポイントがどんどん減ってくの」
「それでも、結果的に僕達は助かっている。が口添えしてくれなければ、もっと問題は大きくなっていただろうからね」
今回問題になっているのは、僕達がレベル:Eを狩っていると言う事
それは僕達の先祖が犯した罪で、管理する立場の僕達がすべき事なんだ
だけどそれは、黒主学園に在籍する学生という立場の僕達にとって言い訳になる
「兎に角さ、もう少し控えてくれる?・・・とくに、そこの階段に座ってぽけーっとしてる君ね、君」
「支葵?支葵がどうかしたのかい?」
「あれだけ他のハンターに目撃されるなって言ったのに、先週かな。あたしが駆けつけた時は、先輩ハンターと何故かぶつかり合ってたけど?」
「・・・支葵、それは本当?」
全員の視線が支葵に向いて、ワンテンポ、それ以上遅れて支葵が曖昧な顔で頷く
だって攻撃してくるから、なんて口走った支葵を一条がバシッと叩く
「ごめんね、ちゃん!支葵には強く言っておくから!」
「リードつけてくれるとありがたいよ、一条くん」
おかげでハンター協会に呼び出された挙句、ナイト・クラスの存在自体危うくなった
そう零す女はムカつくけど、毎回そうやって僕達を庇ってくれてるのは事実で
それに助けられて、枢様の望む共存の為にこうして黒主学園に在籍していられる
わかってるけど、その事実がムカつく事この上ない
「ハンターの癖に俺達庇って、首になったらどうするんだ?」
「そうなったら面倒な裏の世界を忘れられるし、おまけに一生の生活は保障されるし、良いんじゃない?」
「良いんじゃない?って・・・お前の家族とか、とばっちり受けるんじゃねぇの?」
「架院くん、心配してくれてるの?ありがたいけど、あたしの両親は5年前に“事故”で死んだから心配ないよ」
静まり返るロビーに、女のポケットに入れた携帯の着信音がやけに大きく響いた
その単語の意味を理解したのはきっとここにいる全員
聞いた暁はさっと視線を逸らして、居心地が悪そうに頭を掻いた
「え?・・・あぁ、はい。それはわかっていますけど・・・は?・・・えぇ、わかりました」
事務的な話し方
相手はきっとハンター協会で、電話を切った女に全員の視線が集まる
「何かまずい事?」
「黒主学園ナイト・クラスの生徒が捕獲・・・率直に言えば、捕まったそうだけど?」
「・・・捕まった?」
「仕事依頼したの?」
「僕はしていないけど、一条、君がしたの?」
「えぇ!?僕は知らないよ!?」
「だそうだけど、どういう事かな?」
「詳しい事はまた後で。取り合えず協会に行ってくるよ」
もうあたしじゃ庇い切れないかもしれないよ
そう言い残して女は枢様をジッと睨んで月の寮を出て行く
わかってる
言い方はムカつくけど、僕達がいつでも動けるようにしてくれている事
何かまずい事が起こったときに手を貸してくれる事
だから枢様もあの女を信頼してるし、僕達だって何も言えない事
「これはまた、マズイ事になったね。枢、どうする?」
「今はが動いてくれているから、その結果を待つよ」
「うーん、ホントに僕達、ちゃんに迷惑かけてばっかりたねぇ」
いくら純血種の、それも玖蘭家の当主である枢様がナイト・クラスを仕切ってると言っても
人間の中にルールを守れない奴がいるのと一緒で、どうしたって僕達の中にもルールを守れない奴はいる
「おい、英?」
「・・・トイレ」
「はぁ?」
「うるさい、トイレくらい好きに行ってもいいだろ!」
「別に行くなとは言って・・・って、トイレはそっちじゃねぇだろ・・・」
階段を駆け上がって、自室とは正反対の方へと走る
大きく開いた窓枠に足を掛けて飛び出して、小さくなる背中を追いかけた
嫌いな相手、気に入らない相手、だけど・・・
「おい!」
僕が呼びかければ、小さな背中は振り返ってその瞳に僕を映す
「なに?」
「・・・捕まったそいつ、連れ戻せるのか」
「どうだろ。枢くんや一条くんが仕事依頼してないなら勝手に起こした行動だろうし、捕まった理由にもよるかな」
「・・・」
枢様が望むのは人間との共存
その裏に何かが隠されているとわかっていても、枢様がそう言うのなら僕はそれに従う
こんな事で、ルールを守れない奴の勝手な行動でそれを無駄になんてしたくない
「・・・切り捨てればいいじゃないか」
「え?」
「枢様はこの黒主学園での生活を大切にしている。それに害をなす者は切り捨てればいいじゃないか」
庇う必要なんてない
そう言った僕に、女は色を宿さない瞳で僕をジッと見つめる
「なんでそれをあたしに言うの?」
「お前が庇うからだ」
「それを枢くん、君達が望むからでしょ?」
「僕は望んでなんかいない!」
「だけど枢くんは望んでるんじゃない?君は、藍堂くんは枢くんの望みは自分の望み、そういう考え方じゃないの?」
「・・・っ枢様はお優しいから見捨てる事が出来ないだけだ!」
枢様の本音は誰も知らない
枢様が真に望む事だって、あの一条ですらきっと知らない
それでも僕達には枢様が必要で、その枢様は・・・
「あ、そっか」
「・・・なんだよ」
「大丈夫だよ?」
「は?」
「この間の事、気にしてくれてるんでしょ」
本当はそれ、言いたかったんじゃないの?
そんな事を言いながら、ふわりと笑う女は一歩一歩僕に近付いて、小さな背を精一杯伸ばして僕の頭をくしゃっと撫でる
頭を撫でられた事を認識したと同時に、ボッと火が点いたように顔が熱くなった
「・・・っな、なにするんだよ!」
「藍堂くんって天邪鬼だよね。心配、してくれてるんでしょ?君達を庇う事で、あたしが傷付く事」
「ち、ちが・・・!」
「この間は少し油断しただけだから、大丈夫だよ。ありがと」
何でもないように笑う女
どこだがと、戻っていく腕をパシッと掴んで、痛みに顔を歪めた一瞬を見逃さない
「・・・もう半月も前なのに、まだ傷むんだろ?」
「腕は特別酷かったから」
「腕だけじゃない。さっきも、僕に気付く前に足を押えてた。窓から見えたんだからな」
「・・・藍堂くん」
半月前、狩りの帰りに偶然血の匂いに惹かれ様子を見に行った先にこの女がいた
いつもの強気で凛としてるこいつじゃなくて、白いパーカーは真っ赤に染まって、ぐったりと壁に凭れ掛かり座り込む姿
僕が目の前に立つまで気付かないほど弱ってて、それでも僕を見上げるその瞳はいつもと変わらなかった
― 先輩、この辺りにいるから、早く戻ったほうがいいよ
そんなセリフは自分の状態を見てから言えと、ぎこちない笑みを浮かべる女に本気でムカついた
人間の癖に、ハンターの癖に、そんなになっても僕達を庇う
なんでだと聞いても返って来るのは曖昧な笑み
枢様なら知ってるのかと思うと、それもまたムカつく
「・・・そんなになってまで、庇う必要なんてない」
人間は僕達よりも弱い
この腕の、足の傷だって僕達ならとっくに治ってる
痛みに顔を歪める事も、足を引きずる事だって、ここまで痛い思いをする事だってない
「・・・藍堂くん、あたしは善意やボランティア精神なんかで庇ってるんじゃないよ」
「だったら、なんでそんなになってまで庇うんだよ!」
いつもよりずっと近い距離
僕を見上げる女の瞳に、初めて悲しい色が揺れた
「・・・約束、したから」
約束?枢様と?
聞きたくても聞けず、ただ見上げてくる女から視線を逸らせない
「ある人と、約束したの。手を取り合う事は今は無理だけど、あたしだけは・・・何があっても、味方だって」
「・・・なん、だよ、それ・・・」
「ずっと昔の話だからね、相手はそんな約束、綺麗さっぱり忘れてると思うけど」
「・・・」
「それでもあたしにとっては、あたしを支えてくれた約束で、たとえ傷付いても守りたい約束なんだよ」
その瞳に映っているのは僕なのに、この女が見ているのは僕じゃない
そんなに枢様が大切なのか
ボロボロになっても、どんなに血を流しても、覚えていないかもしれない約束を守る?
「・・・ありがと」
見下ろす視界がぐらりと一瞬揺れる
枯れ落ちる葉が綺麗な緑に、吹き抜ける冷たい風が暖かく、宙を舞う枯れ葉がピンク色の花びらに
(きおくのなかのとおいほほえみ)
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(こちらのタイトルは [涸れる空:ナカハラ様] からお借りしました)