黒主学園中等部
成績、容姿、家柄共に平々凡々の
目立った行動はなく普通に普通な学生生活を送ってきた



「でね、君には今日から移ってもらう事になるけどいいかな?」



・・・筈なのに、何であたしが理事長室に呼ばれて、尚且つ普通科から夜間部へ転属しなきゃならないんだろう
ワケがわからず首を傾げても目の前でニコニコしてる理事長には通じない
それがわかっても、あたしの後ろで壁に凭れ腕を組むあの玖蘭枢先輩には聞けやしない



「・・・あの、理事長」
「うん?なぁに?」
「・・・どうしてあたしが、夜間部に?」
「あぁ、それねぇ。ごめんね?こっちの手違いでずっと普通科に通ってもらっちゃってさ。辛かったでしょ」



言ってくれれば良かったのに、なんて言われてもさっぱり意味がわからない
もしかしてあたしがイジメにでも遭っていると勘違いでもしてるのか
それ以外に考えても理由なんて見つからなくて、当人のあたしを置いてどんどこ進んでいく手続きをただ眺めてた



「部屋はどうなるのかな?枢くん」
「慣れない間は一人を避けたいと思ったんですが、生憎奇数になるので一人部屋に」
「そっかぁ。うんうん、しょうがないね。ちゃん、大丈夫?」
「え?・・・あ、はい。別に構いませんけど・・・」
「何か困った事やわからない事があったら遠慮なくこの枢くんに言ってね」
「・・・わかり、ました」



実際は何もわかってないのだけど、一応後ろを向いて軽く頭を下げる
よろしくお願いします、玖蘭先輩
お世話になるのだから普通の挨拶で、だけど何故か知らないけど玖蘭先輩は珍しいくらいに目を丸くした



「僕に頭を下げる必要はないよ。それに、もう先輩ではないから・・・そうだね、枢で構わないよ」
「・・・は?」
「うんうん、そうだねぇ。同じ立場は枢くんしかいないし、枢くんとは仲良くしてくれると僕も嬉しいな!」
「・・・はい?」
「荷物の方は架院達が運び終わってる頃だから、理事長が良ければ授業の前に案内するよ」
「あ、僕の方はもう大丈夫だよ。じゃあ枢くん、後はお願いね」



どんどこ進む話に、あたしには質問する事すら許されないのか
ひらひらと手を振る理事長に見送られるようにして、黒主学園人気No.1の玖蘭先輩と並んで静かな廊下を歩く
足音だけが響いて、一歩前を歩く玖蘭先輩は相変わらず近寄りがたいオーラがばちばちと漂ってた

そのまま言葉を交わす事もなく辿り着いたのは月の寮
陽の寮とは雰囲気も内装も全く違う月の寮は、授業前という事もあって人の気配はしなかった



「本来この通路から男女に分かれているんだけど、君には僕の隣の部屋を使ってもらうから」
「はぁ、わかり、ま・・・え?なんですと?」
「君に危害を加える者はいないと言い切れるけど、僕が心配だからね」
「・・・は?心配って、別に牢獄に入るわけじゃないんですから・・・」
「牢獄?・・・ふふ、君は面白い表現をするね」



何故笑うんだろう、ここは笑う所じゃなくて質問に対して答える所じゃないのか?
ますます理解不能の玖蘭先輩の後をついていけば、通り過ぎた扉よりもずっと重い感じの扉がふたつ
まさかここ?と思いつつ玖蘭先輩を見上げれば、先輩は微笑んだまま扉を開けてあたしを中へと軽く背中を押した



「少し狭いけれどこの部屋で我慢してくれるかい?」
「・・・もうどうでも良いです。なんていうかもう疲れたんで寝て良いですか」
「寝かせてあげたい所だけど君も明日からは授業に参加する事になるし、起きておいた方が良いんじゃないかな」
「・・・」



なんで、真夜中に、この人達は授業を受けるんだろう
夜間部はエリートだとか、天才の集まりだとか言われてるけど、だったら自宅学習とかにしろよとか
むしろ通信で良いし、わざわざ昼間活動して真夜中に授業を受ける意味なんてあるのかと疑問は尽きない



「・・・玖蘭先輩」
「枢でいいよ」
「・・・普通科に戻っても良いですか」
「それはだめ」
「・・・」



やんわりと、だけども何も言えなくなるような微笑返しをされ引きつった頬は隠せない
浮かんでくる疑問は溢れてるのに何ひとつ答えはもらえない
だからひとつだけ、ひとつだけで良いから答えて欲しかった



「どうして、成績も容姿も家柄も平々凡々のあたしが、今更になって夜間部に転属なんですか?」



それだけは確認、答えが欲しかった
普通科が簡単に近付く事の出来ない、宵の刻の入れ替え時ですら風紀委員が必死に働いてるのを知ってる
それなのにどうしてあたしがそんな夜間部なんかに転属しなきゃいけないのか
昼間にやる事なんてないんだから、普通科で良いじゃないかと、そう思うあたしは絶対に間違ってない



「・・・は、本当に全てを忘れてしまったんだね」



あたしは間違っていない筈なのに、そう言ってあたしを見つめる玖蘭先輩の瞳は悲しく揺れる
忘れてしまった?なにを?そんな疑問を口になんて出来ないくらい、あたしの名前を呼ぶ玖蘭先輩の声は小さく、気のせいかも知れないけど震えてた
何か言わなきゃいけないのに言葉が見つからない
そんなあたしに玖蘭先輩は気付いたのか、ふっと口元が緩んだ



「生活は今までと逆になってしまうから慣れるまでは大変だと思う。少しずつで良い、この生活に慣れてくれるかい?」
「・・・え、あ、はい・・・」



消え失せたさっきまでの悲しく揺れる瞳
そろそろ僕は授業に行かなければと、玖蘭先輩は静かにあたしの横を通り過ぎる



「・・・っ玖蘭、先輩・・・?」



そのまま部屋を出て行くのかと思ったのに、ふわりとあたしを包む温もり
肩に回された腕は思いのほか弱くて、気のせいなんかじゃない、その腕は震えてた

(こまらせてごめん)

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(こちらのタイトルは [涸れる空:ナカハラ様] からお借りしました)