婚約者
そんなのくだらないと、自由に遊び回っていたあたしにもに、その馬鹿馬鹿しい相手が出来た、らしい
らしい、と曖昧な表現でしか言えないのは、実際にその相手にあった事がないからだ



!たまには風紀委員の仕事手伝ってよー!」
「え、嫌だよ」
「なんで!?」
「あんなもみくちゃにされながら声張り上げるとか、疲れるだけじゃん」



ポカン、とした顔で机に突っ伏すあたしを見下ろす友人
この学園の理事長の娘であり、現風紀委員の黒主優姫
可愛くて真っ直ぐで、少しだけドジで天然娘な彼女とは意外と長い付き合いだったりする



「・・・って、男の子に興味ないの?」
「は?」
「だってナイト・クラスって言ったらモテモテなんだよ?、一度も出待ちとかしないし、ちょっと心配・・・」
「いやあのさ、心配するとこ違くない?男に興味ないんじゃなくて、あの集団に興味ないだけだから」
「えぇー!玖蘭センパイとか、かっこいいよ!あ、でも玖蘭センパイはかっこいいっていうより綺麗っていうか・・・」
「・・・うん、零がキレそうだから行った方が良いよ、優姫」
「へ?あぁ!もうこんな時間!、暇なら手伝ってね!」
「あー、はいはい、気が向いたらね」



気なんて向かないくせに!なんて叫びながら、零に首根っこを捕まれるようにして戦場へと向かう優姫
相変わらず零とは仲が良い
何だか最近は零の方が微妙に優姫を避けてるような気がしないでもないけど・・・



「さって、あたしも帰ろーっと」



今が楽しければそれでいい
先の事を考えるより、今どうしたいかを考えて生きたい
だってその方が楽しいし、後悔しないと思うから





+++





今が楽しければそれでいい、先の事なんて約束されたってどうなるかわからない
そう、先の事を予想する事なんて出来ない



「・・・うん、間違ってないよね?」



一歩後ろに下がってプレートを確認
そこには確かにあたしの名前と同室の子の名前
間違ってない、ここはあたしの部屋で間違いない



「・・・えぇっと、あたしの荷物はどこへ?」



シャワーを浴びてスッキリしようと思ったのに、ドアを開けた瞬間違和感があった
それもそうだ
ある筈のものがそこにはなくて、あたしが使っていたスペースは綺麗に片づけられてたんだから



「あんた、?」
「は?」



ドアを片手で押えたままボーッとしてたあたしに声が掛かる
振り返れば、寝癖のついた頭であたしを見下ろす白い制服を着た男



「・・・夜間部の方が、っていうかここ、女子寮ですけど」
「うん、知ってる」
「・・・あ、そうですか」
?」
「えぇ、そうですけど、なにか・・・・ちょっ、なにすんの!」
「来て」
「はぁ!?」



腕を掴まれ抵抗する力も虚しく、ズルズルと引きずられるようにして見慣れた廊下を進む
あっという間に寮から出て、どこへ行くのかと思えばついさっき後にした校舎の方へ



「ちょっと!デイ・クラスの生徒はもう校舎立ち入り禁止!」
「そうなの?」
「そうなの!だから離して!ちまちま点数引かれてて、今大きな事起こすわけにはいかないの!」
「ふーん」
「いやだから離してってば!」



本格的に引きずられるように校舎の中へ
これって立派な誘拐じゃんとか思いながら、ぽいっと近くの教室の中へと放り込まれる
なにすんの!と叫ぶ前に降って来た紙袋
中を覘けば、そこには白い見慣れた制服



「・・・これをどうしろと?」
「時間、ないから」
「は?」
「手伝う?」
「はぁ!?」
「早く、着替えて」



閉められたドア
紙袋を持ったまま唖然とするあたし
逃げようと思っても窓ひとつない用意周到な部屋に、あの変な人は本気で手伝いそうだと諦めてボタンに手を掛けた

見事にぴったりのサイズ
着慣れない白い制服はナイト・クラスの証
こんな物をあたしが着てどうするのか、最後のボタンを閉めた所でタイミングよくドアが開く



「・・・着替え途中かも、とかって考えはないの?」
「べつに、どうでもいいし」
「・・・あ、そう。で?なんでこんなナイト・クラスの制服をきな、きゃ・・・って、オィ!」
「時間、ないって言ったじゃん」
「いやいやいや!だから!」



腕を掴まれ何とか踏ん張ってみるけど、そんなもの関係ないくらいにしれっとした顔で引きずられる
ズルズルと足を動かしてないのに前に進む自分の身体
もう何なの?あたし何かした?っていうか、すっごいこの先に行きたくないんだけど



「あ、そうだ」
「なんですかっていうか腕離して」
「支葵千里、覚えた?」
「はぁ?」
「うん、そう」
「いやあの、何が?」



ねぇ、人と会話する気とかないでしょ
まったく言葉のキャッチボールが出来ない謎の人は、パッと腕を離すと目の前のドアをガラガラと開ける
気のせい、そう気のせいだろうけど、途端に威圧感があたしを押しつぶした



「支葵、遅かったね。どうした、の・・・・あれ?その子、見た事ないけど・・・新しい子、かな?」



キラキラと輝く金髪に人懐っこいような優しい笑み
さすがナイト・クラスの人だと、見上げればにっこりと微笑まれてしまった



「初めまして、一条拓麻です。一応月の寮の副寮長してます」
「あ、どーも。です・・・」
ちゃん?これからよろしくね」



あれ?でも枢から何も聞いてないんだけどな、なんて言いながら一条さんは首を傾げて隣の謎の人を見る
枢から?と一条さんが聞いて、うん、と答えるのは謎の人
ワケのわからない会話はたったそれだけで終わって、今度は一条さんに腕を引かれて教室の中へ



「みんな、聞いて。今日から僕達と一緒に月の寮に住む事になったちゃん。みんな仲良くしてね」



月の寮に住む?誰が?え、あたしが?
見渡せばえらい顔の整った人ばかりが並ぶ中、目が合った男の子がキョトンとして首を傾げる



?暁、聞いた事ある?」
「俺はないな」
「副寮長、そいつ貴族?」
「僕も直接枢から聞いたわけじゃないから、えぇっとちゃんごめんね?階級を聞いてもいいかな?」
「は?」



階級ってなに?そんな大昔の貴族階級みたいな階級を言えと?
むしろちょっと待って、状況についていけないと、あたしをここに連れてきた人を見上げる



「俺の母さんの親友、なんだっけ・・・忘れたけど、噂になった人の子供・・・」
「支葵のお母さんの親友?噂になった・・・って、まさか・・・」



ざわっと教室が波打った
もう本気でわからないあたしはただ、支葵と呼ばれた人を見上げるだけ



「・・・噂ってまさか、あのお方の?」
「嘘だろ?だってあのお方は・・・」
「でもそれも噂よ?本当の事は元老院でさえしらないって言うじゃない」
「本当にあのデイ・クラスの生徒が?」



ジロジロどころじゃない、品定めするような視線が、電気も点いていない教室中から向けられて居心地が悪い
無意識に隣に立つ支葵って人の制服を小さく握る
あたしの居心地の悪さに気付いたのか、支葵って人はふいっと教室を見渡して、これまた興味なさげに



「・・・これ、俺のだから、あげないよ」



どっと教室が沸いて、あたしは目を丸くしたまま
ギュッと握られた手は思いのほか大きくて、少しだけ冷たい手は何故か懐かしかった



「支葵、それはどういう事かな・・・?」
「結婚、するんだって」
「・・・誰が?」
「俺?」
「・・・誰と?」
「これと?」



繋いだ手を少しだけ上に持ち上げてコテッと首を傾げる



「これ言うな!」
「あ、ごめん。・・・名前、なんだっけ」
「・・・〜っです!」
「・・・あ、そうそう、それ」



もうこの人と会話のキャッチボールをしようとする自分がアホらしかった
それでよく俺のものだとか、結婚するだとか言えるよね



「・・・ん?結婚?・・・なんでそうなる!?」
「聞いてないの?」
「まったく!全然!・・・あ!!」



会った事ない婚約者!
そう叫べば、煩そうに片手で耳を押えて顔を顰め、こくりと頷く・・・支葵、なんだっけ・・・?



「もしかしてあれですか、よくあるあれですか
 あたしの両親が“どうせうちの子を貰ってくれる人なんていないから、どう?私達親友同士だし、子供が結婚したら本当の姉妹になれるわよ〜!”的な!」



そんな話があってたまるか!
事後報告の前に、むしろ婚約者すっ飛ばして、結婚確定!?



「・・・なんだ、知ってるじゃん」
「マジでか!!」

(ああ、よくあるパターン)

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(夢書きへの100のお題:97.ああ、よくあるパターン)