初めて、本気で好きになった
テニスと天秤にかけても選べないほど、俺にとって大きな存在



「いやぁ、リョーマがいてくれてホントよかった!」



俺にとっては日本語よりも馴染みのある英語
母国語だと言ってもいい、話しなれた英語での会話を終わって先輩は満足そうに笑う
俺は少しでも接点が持てる事に疑問は口にしない

ホントは、どうして英語で会話する事に必死になっているのか聞きたい

だけどそれを聞いたら、何かが変わってしまう気がした
疑問は疑問のまま心に残す
残り時間は、先輩達が思ってる以上に少ないんだ



先輩、あんまり俺の英語に慣れるとテスト出来なくなるよ」
「え?なんで?」



いつの間にか消えた中途半端な敬語
こんな事をしても距離が変わる事はないけど、ただの先輩と後輩の立場よりも一歩外に出たかった



「日本で教える英語は、俺の使う英語よりも堅苦しいっていうか、簡単すぎて迷う」
「うっわ、羨ましいお言葉・・・。だけど、テストの点よりも会話じゃない?」
「赤点ばっかの人がそんな事、笑いながら言えるんだ?」
「・・・あ、はは・・・何の事かなぁ・・・」



誤魔化すように笑って、先輩はお礼だと言ってポケットから出した飴を俺の手に乗せた
俺の欲しいものはこれじゃないんだけど
まだ口にする事も出来ずただ受け取って、その内の一個を口に放り込む



「なんか緊張するな・・・」
「何、急に」
「ほら、今週末は決勝戦じゃん」
「・・・」



全国大会決勝戦
相手は対戦した事がある立海大付属
これで勝てば、俺達は日本一の栄光を手にする事が出来る

正直に言えば俺にとって日本一はどうでもいい
俺はそれよりも、今の先輩達と勝ち取る事に意味があると思う

だけど・・・



「・・・全部、終わっちゃうね」



まるで俺の心を読んだようなセリフ
先輩は机に突っ伏したまま、腕を伸ばして俺の手を握った

ドキッと鼓動が速くなる
先輩に意味がないとわかっていても、好きな相手に触れられたら誰だって平常心じゃいられない



「やっぱりテニスしてる手だね」
「当たり前。小さい頃からやってるんだから」
「あ、そっか。ふむ、入学したばっかりの頃は手の大きさも変わらなかったのにねぇ」
「・・・先輩、何かあった?」



ふっと影の落ちた笑み
俺の手と自分の手を合わせながら、何でもないと首を横に振る
だけど何かあったのはバレバレ
たぶん先輩も誤魔化すつもりはないのか、片腕に額を乗せて、もう片方の手は俺の手を握ったまま



「・・・やだ、なぁ・・・ずっと、中学3年のままでいられたらいいのに・・・」
「寂しいの?」
「そりゃ、寂しいよ・・・。高等部に上がって、3年になってもさ、そこに全員いないでしょ?」
「・・・っ」


その言葉は俺にとって深く胸に突き刺さった
先輩が言ってるのは、来年になったらドイツへと留学する事を決めた手塚部長の事だ
そして家を継ぐ為に高等部に上がればテニスを辞める河村先輩



「3年になってからのテニス部は濃かったからさ。もう二度と、このメンバーであそこに立つ事はないって思うと、寂しいよ」
「・・・」
「それに、そこには・・・あたしも、いないしね・・・」
「え?」



思わず顔を顰めた
無意識に握られただけの手を握り返せば、少し驚いたような先輩と目が合う



「あたし、マネージャーはやらないんだ」
「・・・なんで?」
「んー・・・やっぱり、探しちゃうと思うから。そんでさ、いない事に絶対落ち込むし・・・」
「不二先輩とか菊丸先輩が無理矢理でも入れるんじゃない?」
「あはは、そうかも。でもあたしは、もういいや。・・・今度の決勝で手にする優勝だけで十分」



まだ結果も出てないのに、先輩はそう言い切ってふわりと笑った
その笑顔があまりに儚くて
我慢しているのが手に取るようにわかる



「リョーマ?」



まだ早いと、そう思っても気持ちは止まらない
繋いだ手をそのままに、端まで周るのが面倒で机の上を飛び越える
突然の俺の行動に驚いて身体を起こす先輩

先輩が探してしまうと言った3年後
手塚部長と河村先輩だけじゃなくて・・・俺も、そこにはいない

全国大会がどんな結果で終わっても
もちろん勝つつもりでいるけど、その後俺はここを離れるつもりだった

たったひとり
先輩に好きだと告げて

少しだけ予定が早まった
だけど、寂しいと泣きそうに、我慢する先輩を見てられない
俺がここを離れた後もそんな顔をするのかと思うと、手離す気にはなれない



「優勝」
「ん?」
「優勝、あげるから。先輩に、全国大会優勝あげるから、そしたら・・・」
「・・・そしたら?」


「俺と一緒に、アメリカに行ってよ」


「へ?アメリカ、って・・・」
「ここに残ってもそんな顔するなら、俺の傍にいて泣けばいいよ」
「・・・え、リョーマ・・・?」
「俺は先輩が好きだよ。だから、そんな顔するなら俺と一緒に行こうよ」



目を丸くして、口をパクパクと開けて俺を見上げる
相当驚いたのか頭がついていかないのか
あまりに間抜けな顔に俺が吹き出せば、先輩はハッとしたように俯いてブツブツと小さな声で呟く

ホントは気持ちを伝えるだけにしようと思った
どうせ先輩に俺は後輩、もしくは弟としてしか映ってないと思ったから

なのに、なにそれ



「・・・ちょっ、まった・・・・え?・・・アメリカって、あたしも・・・?・・・えぇっ?・・・ちょっ、リョーマ!」



先輩の目の前でしゃがみ込んで見上げれば
そこには林檎も顔負けに、真っ赤な顔をして戸惑う先輩がいた
繋がれた手にから伝わる熱は気のせいなんかじゃない



先輩、顔真っ赤」
「・・・う、うるさい・・・っ!!」



片手で口元を押さえて、泳ぐ視線
そんな顔されたら期待するよ?
先輩も俺と同じ気持ちなんだって



「ねぇ、先輩」
「・・・ぎゃっ!近い近い!!」
「そりゃ、近くなきゃできないし」
「はぁ!?って、ちょっ・・・!!」



口元を押さえている腕を掴んで
床に膝をつけて、ハッとしたような先輩に構わずそっと唇を重ねた

先輩が悪いんだよ
伝えるだけで良かったのに、あんなに顔を真っ赤にさせて戸惑うから

溢れる想いを、ひとつ残らず届けるように
軽いキスを啄ばむように落として、繋いだままの手から力が抜けたのを確認してから
掴んだままの腕を離した



「俺は本気で、先輩が好きなんだけど?」
「・・・っだ、って・・・リョーマ・・・っ」



自由になった片手をスッと首筋から後頭部へと滑らせて
コツン、と額を合わせて目を閉じる



「俺は本気。・・・先輩は?」
「・・・あ、たしは・・・っ」



お互いの吐息が感じられる程に近い距離
ハッキリと先輩の口から聞きたくて、繋いだ手をふっと緩めてから、わざと細い指をスッと撫でる
ビクッと震えるその反応が煽ってる事にこの人は気付いてないんだろうね



「続きは?」
「・・・っだ、から・・・」
「うん」
「・・・ちょっ、離れてくれ、ると・・・」
「やだ」
「リョーマ・・・っ!」



泣きそうな声で俺の名前を呼んでも今は無駄だよ
目を閉じているせいか、絡めた手も感じる吐息もリアルに響く



「・・・だ、から・・・え、っと・・・」
「はい、タイムオーバー」
「え?ちょっ、ずる・・・っんん!!」



後頭部に回した手をほんの軽く引き寄せて唇を重ねる
さっきよりも余裕があるのか、自由になった手で俺を押し返そうともがく
繋いだままの手
指を確かめるように、自分の指で優しくゆっくりと触れていく
ビクッと反射的に逃げようとする手を絡め取った



「・・・っリョー、マ・・・んっ・・・!」



触れるだけのキスを何度か繰り返して
キスの合間に呼ばれた名前に、きゅっと繋いだ手を握り返して後頭部に回した手を引き寄せた

ホントはちゃんと言って欲しかったけど
俺を押し返していた手が小さく俺の腕を掴むから

何度も何度もキスを交わして、真っ赤な顔して潤んだ目で俺を見る先輩
前髪をそっと退けて軽いキスを落とす



「・・・俺と一緒に、行くよね?」

「・・・っ・・・う、うん・・・」



俯いても真っ赤な顔は隠しきれてないよ
小さく聞こえた声に俺は満足して、何も知らないだろう先輩達を思い浮かべて口元が緩む

抜け駆けだと言われてもいい
卑怯だと言われてもいいよ



「・・・あ、のね・・・そのさ・・・」
「なに?」
「あー・・・う、うん・・・。・・・あ、たしもね・・・その、ほら・・・」
「うん」



きょろきょろと彷徨っていた視線が絡み合って
何かを決意したような強い視線に変わって、ただ言葉を待っていた俺の唇にふわりと何かが掠めた



「・・・っ」
「あ、ほら・・・うん・・・・・・あたしも、リョーマが・・・好き、です・・・」
「・・・」
「・・・・ぎゃっ!何か言ってよ!は、はずかしい・・・!」



さっきよりも赤くなった顔
繋いだ手が離されて顔を隠されるかと思ったけどそんな事なくて

それがまた、嬉しかった



「・・・、可愛すぎだし」
「え?・・・っ名前・・・!」



もう離さない
俺の勝手で振り回す事になるけど、それでも着いて来てくれるんでしょ?

だったら俺は
この先何があってもアンタを・・・を離さないから

(離れる隙なんてあげないに決まってる)

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(夢書きへの100のお題:93.離れる隙なんてあげないに決まってる)