何で?と聞かれたら答えはひとつしかない
だけどその答えを言ってしまえばわたしへの興味はその瞬間に失われてしまう
だから言わないと決めたの
貴方の心を、貴方の全てをわたしという真っ赤な色で染め上げるまでは・・・
「・・・なぁんて、寒すぎるわ!」
自分にツッコミを入れるのも寂しいものだと、主人のいない無駄に広い部屋に置かれたソファーに寝転んだ
やっぱりあたしに恋愛小説、それも糖分100%の小説は無理だと数ページ読んだだけの小説を投げ捨てる
きっとあれは変態の部下が片付けてくれるだろう
「チャン、ただいまぁ」
聞こえてきた甘ったるい声に、時計に視線を走らせ "あぁゲームオーバー″と呟いた
寝転ぶあたしの上に覆いかぶさる前に起き上がって一応形だけの挨拶を口にする
ふにゃりと崩れる整った顔がまさに変態だと思う
「チャン。今日は僕の新しい部下を紹介しておこうと思って、レオ君おいでよ」
「うっわ、可愛そうに。また精神的に病んでしまわれる不幸な生け贄?」
「あははやだなぁ、ヤキモチなんていらないよ?僕が愛してるのはチャンだけだから」
「その痛い愛をホームランよろしく宇宙の彼方に打ち上げても良いかな」
「テレちゃって可愛いなぁ」
お前の頭は一体どこで道を間違えたんだと言いたくなる
だけどそれを言ったら確実にあたしは、いくらあたしでも脳天ぶち抜かれる方がマシな未来を歩むんだろう
それだけはごめんだと新たに足音が聞こえて生け贄くんが姿を見せた
ホントに毎回、部下もとい変態の世話係りを見てると不憫でしかたない
冷めてしまった紅茶をまずいと言いながら、それでも喉の渇きには勝てずにあっさりと欲を満たす
「は、はじめまして!自分の名前はレオナルド・リッピと申します!」
「レオ君、そんなに緊張しなくてもいいよ。でも、チャンは僕の大切な子だから・・・僕よりもほんの少し丁重に扱ってね?」
「、様ですか・・・。これから至らない事もあるかと思いますが、よろ ――― ぶはっ!! ――― ・・・しく、お願いします・・・」
口に含んでさぁ飲み込もうとした時、名前を呼ばれてしまえば顔を上げるしかなくて
あぁメンドイと思いながらも顔を上げた瞬間、それはもう見事な紅茶の飛沫が生け贄くんではなく変態の顔に思いっきり降り注いだ
ぽたぽたと滴り落ちる紅茶と満面の笑みを浮かべる変態
そして青い顔をして固まる生け贄くん
「・・・すぐにシャワーを浴びた方がよろしかと思いますよ?」
「うん、誰のせいかな?」
「・・・たぶんレオくんのせいじゃないかと」
「そっか、じゃあ僕はシャワーを浴びて来るけど・・・チャン、今夜が楽しみだね」
「・・・そ、そうですね・・・」
去っていく背中が、変態の背中の癖に殺気がむんむん
これは今夜辺り本気で逃げ出した方が良いかもしれないと、いやいやその前に目の前の問題を解決しましょうと何故か正座をするあたし
「・・・えぇっとさ」
「大丈夫でありますか?今、タオルをお持ちします」
「・・・うん、それよりもなんでここにいるのかな六道骸さん」
「おや?やはり貴方には気付かれてしまいますか」
うっわ、この人あっさりと認めちゃったよ
もっとこう "何を仰っているのですか?″とか危険な駆け引きとかあっても良いんじゃないかな
こんなあっさり認められたらなんか・・・ほら・・・あたし的にすごくつまらないからテンション落ちたよ
「あのね、っていうかね、うん、ほら・・・」
「なんですか?」
「だからほら、色々あるじゃんとか思うわけでさ、ほら、あれだよ・・・何かもういいや、何言いたいのか忘れちゃったよ」
「クフフ、相変わらず貴方らしい。・・・いえ、貴方はあの頃の貴方なのだから相変わらずという表現は間違っていますね」
その言葉にドキッとした
顔は全然違うのに、声も全く違うのに、向けられる視線は骸さんだった
「うん、だけどあたしは未来の骸さんっていうか、色気むんむんの骸さんに会いたかったよ」
「・・・あのさん?僕は一応真面目に話をしているのですが」
「だってあたしに真面目は似合わないって褒めてくれたの骸さんが初めてだからね!」
「・・・もう良いですよ。それよりも、どうして貴方がここに?もしかして未来のさんは、あの男と関係があるのですか?」
「さぁ?でもなんか飛んで来た時は見事に変態と一緒にお風呂入ってたから思わず銃ぶっ放しちゃった」
それもさぁタイミングが良いのか悪いのかあの変態ってば立ち上がった瞬間でね
うんわかるんだよ言葉にしちゃいけないんだってわかってるんだけどおぞましい!
「さん、もし貴方があの男の重要な鍵を握っているのでしたら僕は貴方を逃がした方が良いのかもしれません」
「握ってるのはナニだけだよ」
「・・・さん!?」
「うんごめん嘘だからそんな射殺さんばかりの殺気をしまってよ変態が気付いちゃうから」
でも残念だな
未来の骸さんって絶対色気無駄に振り撒いてて、擦れ違う女の人が全員妊娠しちゃうような歩く種馬だと思うんだ
「・・・今何かとても失礼な事を考えませんでしたか?」
「いや全然むしろ褒めたよ」
ぐてぇーんっとソファーに寝転んで、何だか久し振りに骸さんに頭を撫でられた
手の感触も全然違うのに何故か涙が流れた
あたしだってホントは寂しいんだよ
簡単にへらっと笑って銃ぶっ放して殺しちゃうような変態と一緒にいるのは怖いんだよ
「僕の方からボンゴレに貴方を保護してもらうように働きかけてみます」
ぐしぐしと鼻をすするあたしに、骸さんは知らない顔で優しく微笑んだ
どうして未来のあたしはあんな変態といるんだろう
あの変態は大切で、大好きで、ちょっとバカでマイナス思考だけど、とっても優しいツナを殺した
そんな男と何故未来にあたしは一緒にいるの?
ツナが殺された時、あたしはその場にいたのかな
もしかして未来のあたしは笑ってツナの最期を見てたのかな
「・・・む、くろ・・・さん・・・っ」
「大丈夫ですよ。ボンゴレに接触するのは気が進みませんが、さんの為ならば何の問題もありません」
「で、も・・・っそ、したら・・・骸、さんの、仕事が・・・・っ」
「構いませんよ。・・・僕達は、貴方をとても大切な人だと認識していますから」
優しい声にぽろぽろと涙が零れる
きっと骸さんの言う "僕達″とはツナ達じゃなくて千種や犬の事だと思う
あたしだって3人の事は敵同士になったけど大切だよ
口癖が少なくてツンデレだけど、時折ぽつっと言ってくれる言葉が凄く温かかった千種
子供っぽくていっつも振り回されたけど
あの時に骸さんに命令されても "だけはぜってぇいやれす!″って最後まであたしには手を出さなかった犬
なんだろう、やっとあたしの知ってる人に会えたからかな
いつもの自分じゃなくて、だけど嫌じゃない不思議な感覚
本物の骸さんだったらきっと抱き付いてもっと泣いてると思う
だけどそれが出来ないのは、やっぱり目の前にいるカラダは骸さんじゃないから
「・・・さん、あの男が戻ってきます」
「・・・あ、い・・・っ」
泣き止まないあたしを骸さんは心配そうに、というかもうどう切り抜けようかと考えているみたいだった
だけど大丈夫だよ骸さん
あたしだって何も、だらだらと本気で何も考えずにあの変態の傍にいたわけじゃない
「チャン、お待たせ。・・・って、あれれ?もしかしてチャン、泣いてるのかな?」
初めにあたしの名前を呼んだ声とは比べ物にならないくらいに低く冷たい声
顔を上げずにいるあたしには確認できたわけじゃないけど、きっと射抜くような視線を骸さんに向けてるんだろう
「 ――― ・・・っなんで泣いてるかって、日本で売ってる木彫りの熊買って来るって言ったのに買って来てくれないからじゃんかばか!!」
ぎゅっと手を握って、思いっきり立ち上がって叫ぶ
ギョッとしたような "いくらなんでもそれはないでしょう・・・″と言いたげな骸さんの空気を感じた
今は変態から意識を少しでも離したらまずいとクッションじゃなくて灰皿をぶん投げた
「うっわ!ちょ、チャン落ち着いて!!」
「ばか!買ってくるって言ったじゃんか変態!盗撮マニア!むしろあんたの存在そのものが何かエロイんだよばか!」
怖いよ
未来のあたしを知らないあたしはどこまでこの変態に踏み込めるかわからないから
今だって、今までだって、いつ殺されてもおかしくない状況はいくつもあった
だけどそれでも殺さないのは、未来のあたしは何がどう間違ったのかこの変態にとって骸さんが言うように鍵なのかもしれない
「ごめんねチャン、今から正チャンに連絡してすぐに送らせるっていうか作らせるから!」
「嫌ですあんなむっつり眼鏡の作った熊さんはいりません」
「じゃあすぐに取り寄せるから、ね?」
「今から2週間と3日前に "そんなに欲しいの?じゃあ僕が今度外に出たら買って来てあげる″って言ったのお前だ!」
「こ、細かいよチャン・・・」
「嫌です赦しません今すぐ日本の北海道に行って本物の手作りで温かみが練りこまれた木彫りの熊さん買って来て」
灰皿がなくなったから今度は値段を聞く事の出来ないカップを思いっ切り足元へとぶん投げる
テーブルの上に何もなくなれば広い部屋中を走り回って手当たり次第に重症を負うだろう物を選んでボカボカと投げる
そして、最後に変態が座る机の上のパソコンに手をかけた頃にやっと変態は慌てたようにあたしを止めた
「わ、わかったから!今から僕がその、なんとかって場所に行って手に入れてくるから、ね?」
パソコンに手を置いたまま降り返って、ジーッと睨めば変態はすぐに携帯でどこかに連絡し飛行機を用意した
うん知ってるよキミが何故このパソコンを大事にするのか
この中にはあたしを盗撮した膨大なデータが入っているからだろうこの本物の変態め!
「じゃあレオ君、早速なんだけど僕がいない間のチャン、よろしくね」
「・・・あ、あの・・・白蘭様・・・」
「ん?」
「・・・出掛ける前に、その・・・まずは全身から流れる血を手当てしてからの方が良いかと・・・」
「あぁ、うんでもいつもの事だから大丈夫だよ」
きっと骸さんがタラタラと垂らしてる冷や汗は本物だと思うんだ、凄いよそれが演技だったら
真っ白な服が綺麗に紅くそまったまま変態は華やかに笑いながら手を振って部屋を出てくけどホラー以外の何者でもない
「・・・」
「・・・さん、貴方とあの男はいつもこのような乱闘・・・・・・いえ、喧嘩をしているのですか?」
誰もいなくなった部屋に、引きつったような声がしてコクンと頷く
力が抜けたようにズルズルと座り込んで、わからない事だらけで不安な気持ちを晴らす意味もあるんだって言えばくしゃっと頭を撫でてくれる
「初めは、未来のあたしがどこまであの変態に近付けるか試す意味で始めたんだけど・・・本気で色々殺したくなる事多いからヒートアップしてくんだよ」
ツナに会いたかった
くしゃくしゃって顔で笑いながら "会いたかった″って言いたかった
天邪鬼な獄寺くんに、どこまでも天然道を極める山本君
あ、これってちょっと骸さんの六道の中にありそう・・・あ、うんごめんなんかちょっと・・・だから殺気を向けないで!
「・・・だけど、あの男の傍にいる限り・・・っ誰に、も・・・会えない・・・っ・・・だって、思ってた・・・」
だからあの時、紹介された生け贄くんが骸さんだと気付いた時には本気で驚いた
あたしには甘いあの変態男
だけど100%あたしが逃げ出せば、あの男は迷わずあたしを殺すと思う
ツナに連絡を取る方法がなかったわけじゃない
だけど、未来のあたしがあの男の傍にいる現実はどうしたって変わらない
「・・・さん・・・・いえ、・・・顔を上げなさい」
初めて呼ばれた呼び捨ての名前
顔を上げれば、あたしは紅茶を吹き出した時以上に驚いて口を開けたまま固まった
「すぐには無理でしょう。あの男は甘くない。けれど約束します。僕は貴方を・・・を必ず、ボンゴレの元に返して差し上げますよ」
サラリと伸びた黒髪
あたしの知っている骸さんよりもずっとずっと大人で、やっぱり色気むんむん・・・あ、うんごめん
「それまでは必ず、僕がを守りますから」
「・・・む、くろ・・・さん・・・っ」
ふわりと抱き締められて、確かにそこにある骸さんの体温にドバッと涙が出た
考え出せばキリのない疑問
この約10年の間に、あたしには何が起こったのか考えたってわからない
あの変態男に聞いても曖昧に笑うか、ただ何も言わずジッとあたしを見つめるだけで答えてくれない
「僕が傍にいます。・・・だから、もう1人で耐える必要はありませんよ」
そう言ってくれる骸さんの声は、初めて聞く程に優しくてまた涙が零れた
もう1人じゃない
それが凄く嬉しくて、凄く頼もしくて、あたしの中にある不安を優しく拭ってくれた
(信じていいと抱きしめる腕)
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(夢書きへの100のお題:92.信じていいと抱きしめる腕)