人に想いを伝えるのは苦手
欲しいとか、ちょうだいとか、そんな事は簡単に口に出来るのに言えるのに
自分の好きな女には何ひとつだって言えない



「・・・わりぃ、今なんつった?」



ありえない、ありえない、ありえない
何をふざけた事言ってるんだと、壁に凭れ掛かったまま腕を組む仁王を見上げる

嘘だろ?
っていうか嘘だろ絶対



「彼女が出来た、そう言うたんじゃよブンブン」
「だから嘘はいいっつーの」
「嘘じゃなかよ」
「・・・マジ、で?」



俺の必死の抵抗もむなしく、仁王は気持ち悪い程の穏やかな笑みを浮かべ頷いた

あの、特定の女は決して作らず
来る者拒まず去るもの追わずの仁王が、遂に彼女を作った

あっさりと受け入れられる筈もなく、俺は頭を抱えた
だってそうだろぃ?

見た事ない笑みを浮かべるのはあの遊び人と名高い仁王で
しかも相手はあの、氷帝学園の三大美女とここまで噂が流れてくるような誰でも知ってる女



「丸井、お前さんもそろそろ覚悟決めたらどうじゃ?」
「いや俺好きな奴いねぇし」
「諦めたんか?」
「・・・彼氏、いんじゃんアイツ。てか、俺も彼女いるし・・・」
「別れんしゃい」
「簡単に言うな!」



付き合う時も、別れる時も、俺はいつだって相手次第
好きな奴が出来ても自分から行動なんて出来るわけもなく、それは実る事なく終わる

わかってる
それは自業自得で、俺が臆病だからだって事

だけど、好きなら好きだと想うほどに伝えるべき言葉を口に出来ない
フラれるのが怖いわけじゃない

俺は結局、自意識過剰じゃねぇけどモテる

それが原因なのか、それとも俺の普段の行いが原因なのか
一度負った傷はまだ癒えない



「お疲れーっス!・・・って、うっわ、なんスかこの空気・・・」



仁王が呆れたように
彼女を迎えに行くと部室を出て行って、入れ違いに赤也が暢気な顔で部室に入ってきた
今日の鍵当番は俺
早く着替えろよと、視線だけで訴えれば赤也は "え、何で機嫌悪いんスか?″と遠慮も何もない言葉



「・・・赤也」
「なんスか?」
「・・・仁王に彼女が出来た」
「あぁ、氷帝の先輩っスよね?俺、2人がデートしてるの見た事ありますけど、あの人と一緒にいる時の仁王先輩は別人っスよ」
「・・・」
「あれ?丸井先輩?」
「・・・なぁ、なんで?」
「は?」



仁王の女遊びが、いや女との関係が曖昧で適当だったのは
アイツも過去の傷があったからだと知ってる
無意識に感じていた仲間意識
それがあっさりと崩された事に、俺は自分で思ってる以上に焦った



「・・・あぁー、くそ!なんで仁王に彼女とか出来んだよ!」
「いやアンタも彼女いるじゃないっスか」
「俺は・・・!」
「俺は?」
「・・・っんだよ!!」
「えぇ!?逆ギレとか意味わかんないっスよ!!」



どうしよもない
逃げてるだけだと、言われても認めるしかない

だけど怖いんだよ
俺の気持ちを、心からの本音を、ばっさりと否定される事が・・・

俺は結局、これからもずっと変わらない

今の彼女の事は嫌いじゃない
可愛いと思う、守ってやりたいと思う、甘えられれば嬉しい
不安そうに俺を見上げる姿はたまらなく可愛いと思う

だけど、それは違うとわかってる

結局与えられるだけで、俺は何ひとつだって与えられてない
一方的なむなしい付き合いだと、そう思う

   こんこんっ



「はいはーい、開いてますよー」



部室のドアをノックする音がして、赤也は上半身裸どころかパンツいっちょの癖に客を招く
これが女だったらどうするんだと
だけどこの時間まで残ってる生徒なんて高が知れてる



「失礼しまーす・・・・ぎゃっ!!」
「へ?・・・って、うわ!!ちょっ、ぎゃぁーっ!!」



のに、ドアを開けて入ってきたのは見慣れない制服を来た女
パンツいっちょの赤也が女のようで男らしい叫び声を上げて、何故か俺の後ろへと隠れた

俺の後ろに隠れるよりも先に制服を着ろと、ドアノブに手を掛けたまま固まる女に
取り合えず出てくように言おうとしたけど外は真っ暗
いくら敷地内だと言っても何かあってからじゃ遅いと、取り合えずドアを閉めて後ろを向いてもらった



「ほら赤也、さっさと着替えろぃ」
「ぎゃぁーっ!見られた!パンツいっちょとか最悪!」
「お前が開いてるとか言ったんだろうが。自分のかっこ考えてから言うんだな」
「まさか女の子だとは!」
「・・・あのー・・・取り合えず、お聞きしても良いですか?」



後ろを向いたままそう問われて、俺と赤也は顔を見合わせてから "どーぞ″と話を進める

見慣れない制服は明らかに立海じゃない
だけど見覚えがあるのは、その制服はさっきまで話題に出ていた仁王の彼女が着ている制服と一緒だったからだ



「あのですね、仁王雅治って人に伝言を預かってきたんですが・・・」
「仁王なら、ついさっき帰ったけど・・・」
「えぇ!?・・・あっちゃぁ・・・擦れ違っちゃったなぁ」
「・・・もしかして、仁王の彼女関係?」



そう問い掛ければ、赤也が着替えを終わったのか赤い顔をしたまま "もういいっスよ!″と恥ずかしげに声を上げる
その声にゆっくりと振り返った氷帝の制服を着た女は、明らかに表情が暗い



「それがですね、友達から仁王雅治って人に "家の用事が出来たから約束はまた今度!″っていう伝言を・・・」
「え?でも仁王先輩、もう待ち合わせの場所に向かっちゃいましたけど・・・」
「彼女、携帯で連絡しねーの?」
「それが携帯を家に忘れたみたいで、だからあたしが代わりに・・・」
「わざわざ立海まで?」
「・・・えぇまぁ」



アホだと思った
仁王達の待ち合わせは氷帝の最寄り駅
あそこまで逢いに行く仁王も仁王だと思うけど、この女も女だ
わざわざ立海まで来なくても待ち合わせ場所で待ってれば、時間も金も無駄にならない



「俺から仁王先輩に連絡しましょうか?」
「え?」
「俺、携帯知ってるし、今からメールしとけば引き返せるっしょ!」
「ホントですか!?どうもすみません・・・」
「いいっスよ、これくらい!・・・でも、何で待ち合わせ場所で待つとか、考えなかったんスか?」



俺の中の疑問を赤也がストレートに口にする
その問い掛けに、女は "いやぁー・・・″と言い難そうに言葉を濁してから明後日の方向を見ながら口を開いた



「・・・神奈川から東京って意外と遠いじゃないですか。だからわざわざ待ち合わせ場所まで来てもらって伝えるのも悪いかと」
「・・・え?それだけっスか?」
「・・・えぇまぁ」
「・・・良く人に変わってるって言われません?」
「・・・ちょくちょく言われます、ね・・・あはは・・・」



乾いた笑いが静まり返った部室に響く
耐え切れなくなったように赤也が笑い出して、女は "はずっ!ちょっ、ホント恥ずかしい!!″と叫びながら顔を手で隠した

ケラケラと赤也が笑いながら、自然な動きで女の方にぽんっと手を置く
次に見せたのは赤也が気に入った女にだけ向ける笑み

あぁ、コイツの悪い癖だと
たとえその笑みにオチない女はいないとわかっていても俺には関係ない
名前も知らない女に、興味もない



「俺が連絡してみるっスよ。だから、そんな顔すんなって」
「・・・」



人懐っこいようで、どこか男を感じさせる笑み
ボーッと女が赤也を見つめて
あぁ、オチたんだろうとガムを膨らませた



「・・・ありがたいんですけど、近いです」
「・・・え?」



真面目な、しかもちょっと頬を引きつらせた女の声
明らかにそれはオチたわけじゃなく、さり気無く一歩後退る姿に思わず吹き出した
さすがに赤也も予想外だったのか携帯を中途半端に浮かせながら
ありえないと、ジーッと自分を見つめる女を凝視する

正直驚いた
赤也のあの笑みでオチない女はいなくて
あの笑みをする時の赤也は、少なくともイイ意味で気に入った女に向ける

それがあっさりと流された、なんて笑うしかないだろぃ?



「あのー・・・固まってる所悪いんですけど、早めに連絡して頂けますか?」
「・・・へ?あ、あぁ・・・」



トドメトばかりに催促され、赤也は唖然としたままカタカタとメールを打つ
その横顔は明らかに動揺してた



「なぁ」
「はい?」



ほんの少しの興味
別に深い意味はない
ただ、赤也のあの笑みにオチなかった事
それをサラリとかわして、尚もトドメを刺したコイツに興味が沸いた



「名前、なんつーの?」
「へ?」
「名前。あ、俺は丸井ブン太、シクヨロ」
「・・・はぁ、あたしはです」
・・・氷帝?」
「いえ、違いますよ」
「は?」



わかっていて一応聞いた問い掛けに、はあっさりと否定した
今着てる制服は間違いなく氷帝のものだ
それなのにあっさりと否定されて、俺は顔を顰めた



「青学、青春学園2年ですよ」
「青学?・・・いつから青学と氷帝の制服、一緒になったんだ?」
「あぁ、これは・・・ "伝言、伝えに行くなら氷帝の制服着てた方が怪しまれないから!″って言ったので・・・」
「・・・どっちの制服も持ってるんだ?」
「あたしは元々氷帝に通ってて、最近青学に移ったんで一応どっちも持ってますよ」



仁王雅治って人は人気らしいんで、疑われるかも知れないって言われたんです
そう言ってはふわりと笑った

ドキッと、鼓動が高鳴ったのはきっと気のせい

誤魔化すように新しいガムを口に放り込んで
メールを送り終わったらしい赤也が、戸惑いの色を消して離れた距離を縮める



って俺とタメなんだ」
「へ?そう、なんですか・・・」
「俺の名前知らない?テニス部なんだけど」
「えぇっと・・・すみません、立海のテニス部の方は丸井先輩しか知らないので・・・」



俺の名前だけって、それは今聞いたからだろぃ?
それは知ってるとは言わないと思いつつも、赤也が一歩近付く度に一歩後ろに下がるを繰り返すと赤也



「俺の名前、知りたくない?」



かしゃん、とロッカーに背中が当たって小さな音がする
本気モードの声色におぇっと吐きそうになる
ここで盛るなと、口説くなら他所でやってくれと、テーブルに置いた携帯が震えてるのが見えて立ち上がった



「・・・ちょっ、近い近い!!近いですってば!・・・ぎゃぁーっ!!!」
「う、お・・・っ!!」


立ち上がってベンチから離れた瞬間、赤也から逃げるようにが俺に抱き付いてきて
何とか受け止めたけどテーブルに腰のすぐ下を打ち付けた
右手をテーブルについて何とか持ち答えて、へらっと笑う赤也を睨む



「お前なぁ・・・口説くのは勝手だけど、怯えさせるなっつーの」
「ちょっと迫っただけじゃないっスかー!いまどき珍しいっスよね」
「お前が異性に対して異常なだけだっつーの。・・・おい、、大丈夫か?」
「ぎゃっ!!ち、近いってばそこのキミ!!」



懲りずに近付いて来た赤也から逃げるように、小さな手でぎゅっと俺のシャツを握る
まるでその姿は小動物

ただ、純粋に可愛いと思った
それは犬や猫を可愛いと、そう思うのと同じ



「あー!!丸井先輩、何してんスか!」



小さい身体を抱き締めて、つっても俺の肩に額が乗る程度しか変わんねぇけど
取り合えず今はどーでもいいと
そのまま赤也から遠ざけるようにクルッと半回転して赤也を睨む
当然飛んでくるのは不満



「お前が怯えさせるからだろぃ?離れろっつーの」
「だからってそんな、抱き締める事ないじゃないっスかー!!」
「うっせぇ。ってか、携帯鳴ってるぜ?彼女じゃねぇの?」



ポケットの中でぴかぴかと光る携帯を顎でくいっと指し示せば、赤也はハッとしたように顔を青くした
あぁこれは完全に待たせたまま忘れたパターンだな



「やべぇ・・・アイツ、絶対怒ってる・・・!!」
「怒ってる程度で済まないだろ、別れたくなかったらさっさと行けって」
「ぎゃぁーっ!不吉な事言わないで下さいよ!!じゃあ、俺先に帰りますから!!」
「おー、おー、帰れ帰れ」



バッグを肩に掛けて赤也は部室を飛び出していく
見るからに腕の中のはホッとしたように肩の力を抜いて
だけどシャツを掴む手の力は更に強くなった気がして、右手でそっと頭を撫でた



、大丈夫か?」
「な、何なんですか・・・っあの男は!」
「あー・・・まぁ、気に入られたって事で軽く流しとけばいいんじゃね?」
「あたしはあんな男に気に入られても嬉しくないです!」



2人の間に少しだけ距離が出来る
それでもの手は俺の肩下あたりのシャツを掴んだまま



「それにパンツいっちょの姿を見られて顔真っ赤にしてたのに、別人ですか?」
「ははっ、確かに間抜けだな、赤也の奴」
「でしょう?それに、自分にオトせない女はいないってあの顔が、こう・・・生意気というか、地に臥してしまえ!と思ってしまいます」
「・・・ぶはっ!おま・・・っ!!赤也並にストレートだな!」



あながち "自分にオトせない女はいない″ってのも嘘じゃない
だけど現に今、赤也はに綺麗さっぱり流された
これで赤也が彼女の機嫌を取れなかったら、明日辺り荒れそうだとムッとしたままのの頭をくしゃっと撫でた



「まぁ、赤也の事は気にすんなよ。なんつってもパンツいっちょの姿見られて慌てたような男だからな」
「そうですよねー!あんな顔するなら、パンツいっちょの姿見られたからって、逆にその姿で・・・あぁでもそれじゃあただの変態・・・」
「ぶっ!あはは!!おまっ、マジさいこー!」
「えぇ!?今の笑うとこじゃなくないですか!?」



女に拒絶された事のない赤也
それが、こんなにも嫌悪感をハッキリさせて拒絶する女
それも赤也が気に入った女に、だ
これは笑うしかない

だけど、同時に拒絶された事のない赤也が羨ましいと思う

何だかんだ言っても赤也は本命の彼女がいる
っつっても、浮気ばっかしてて呆れられてるのも事実だけどな
なんで本命の彼女を手に入れられたのに、浮気なんてするのか俺には理解出来ない



「・・・そう言えば、仁王雅治って人にはちゃんと伝言が届いたんでしょうか」
「あ、そういえば・・・ちょっと待ってろぃ」



テーブルの上の携帯を取って、メールよりも電話の方が早いと仁王に電話を掛ける
電車に乗ってるのなら出ない
出るなら、時間的にもこっちに引き返した筈だ

数回のコールが響いて、もしかしたら赤也の奴がハッキリとしたメールを送らなかったのかも知れないと
諦めようとしたけどプツッとコールが切れて聞こえてきたのは仁王の声



「あ、仁王?赤也からメール来たか?」
『来たぜよ。今丁度、引き返して電車下りたとこじゃ』
「おぉ、そっか。・・・仁王にメール届いたって、引き返したってさ」
「よかったー・・・」
「良かったな、仁王が待ち合わせの駅に着く前で」
「はい!」



満面の笑み
その素直な反応が、赤也と同じ歳だとは思えない



『・・・なんじゃブンブン、彼女と一緒か?』
「ん?あぁ、違ぇよ。お前の彼女の友達、わざわざ立海まで伝言届けに来てくれたんだよ」
「ぎゃぁーっ!バレちゃうから言っちゃ駄目ですよ!」
「は?そうなの?・・・って事で仁王、お前の彼女には内緒って事でシクヨロ」
『・・・まぁええけど、やけに声が近く聞こえるんじゃが気のせいかのぅ?』
「・・・あー・・・気のせい、だろぃ。じゃあな」



何か仁王が言ってたが構わず電話を切る
遠く離れてたって仁王がニヤニヤとしてる顔が浮かんで
これは明日からかわれると、深い溜め息を吐いてから携帯をポケットにしまった

ホッと安心するの手はまだ俺のシャツを掴んだまま
そんな俺の左腕もの腰に回したまま

なんとなく腕を離す気にはなれなくて
テーブルから微妙に離れていた距離を軽く腰掛ける事で埋めて、携帯をポケットに入れた後は暇になっていた手でそっと頭を撫でる
かなりの猫っ気なのかすげぇ柔らかい



「丸井先輩の髪って、地毛ですか?」
「どっちだと思う?」
「んー・・・そうですねぇ・・・」



の右手がスッと離れて俺の髪に触れる
くしゃっと握ってみたり、指に絡めてみたり、ただ指に通してみたり
うんうんと唸りながら真剣に考え込む姿は可愛い



「・・・あぁ!!」
「な、なんだよ!?」
「思い出した!丸井先輩って、どっかで見た事あると思ったら・・・」
「見た事あると、思ったら・・・?」



髪の話はどこにいったのか、の中では何かを思い出したそっちの話題に意識が飛んだらしい
だけど髪に触れた手はそのままに、パシパシと瞬きをしてからぽつりと聞き覚えのある名前を零した



「そうだ、そうだよ。ジローがすっごいファンだって言ってた、立海テニス部のボレーのスペシャリスト!」
「ジロー?・・・あぁ、氷帝の芥川?」
「そう!それです!ジローから丸井先輩の写真、何度か見せられた事があるんですよ」
「へぇ、芥川がねぇ・・・。って、は?俺の写真?」



一体いつの間に撮ったんだと
聞けばは言い難そうに "あれは明らかに盗撮したものでした・・・″と頬を引きつらせた



「氷帝では結構、あぁ青学でもそうなんですけど・・・人気の人の写真って勝手に高値で売られてるんですよね・・・」
「・・・じゃあ、立海も・・・?」
「た、たぶん・・・。他校の写真は普段の姿を見られない分、人気が高くて高いらしいですよ?」
「・・・俺の盗撮写真、一体いくらで出回ってるんだ?」
「さ、さぁ?参考になるかわかりませんけど、氷帝の跡部先輩の着替えてる写真が他校ではお札5枚だとか・・・」
「・・・っはぁ!?ま、まじで?」
「あはは、女の子って怖いですよね・・・」



一体誰かそんな金を出して買うんだと
そう思っても、実際に俺の写真は芥川の元に渡ってるんだから買う奴はいるんだろう
それってファンどころか軽いストーカーだと溜め息ひとつ



「・・・すげぇな、女って」
「男が絡むと怖いですよね・・・。なんていうか、周りが見えなくなって、男のストーカーよりも妄想力が強い分怖いです・・・」



あはは、と乾いた笑いを浮かべながらはどこか遠くを見るように上を仰いだ
俺達の知らない場所で起こってる取り引き
明日から無意味に周りの視線が気になりそうで、何となく気持ちがいいの髪に指を絡めた



「元々であって欲しいですね」
「は?」
「丸井先輩の髪ですよー!なんか、目立つじゃないですか。これなら、どこにいてもすぐにわかりますよ」
「あぁ、髪ね。お前、良く話飛ぶのな」
「え?あ、す、すみません・・・!頭を撫でもらって思い出したのでつい・・・」
「いや別に良いけど」



コロコロと変わる表情
表情だけじゃなくて、は話題もコロコロ変わるらしい

すみませんと言いつつも、次に出てきたのはオレが膨らませているガムの話だった
いつも食べてると言えば "授業中もですか!?″と驚いて
試合中もだけど?と言えば "ぎゃぁーっ!ハレンチ・・・って、ちが!不謹慎です!″と、どんな間違いだと笑う

焦ってるようには見えない
コロコロ変わる話題は、コイツの性格だと思った



「いいなぁ、あたしも丸井先輩みたいな髪の色が良いです」
「そうか?派黒が似合うと思うけど?」
「だって社会に出れば一般的には黒か茶色ですし、派手に染められるのは今だけだと思うんですよ」
「あー、まぁそうだけどさ」
「でしょう?あ、でもそうなると髪の色に合わせて服装も考えなきゃいけなくなるのか・・・丸井先輩って、髪の色意識して服選んでます?」



あ、また話が飛んだ



「俺はあんま気にしねーかな。着たいと思った服、着た方がよくね?」
「うーん、あたしの着たい服と言えばスウェットなんですよねぇ」
「・・・さすがにそれで買い物はいけねぇよな」
「でもちょっと前まで近くのコンビニとかはスウェットのままで行ってたら、跡部先輩に "お前女やめろよ、アーン?″って言われました・・・」
「ぶっ!似てない似てない!その顔マネは似てっけど!!」
「嬉しくないです・・・あんな俺様何様跡部様・・・けっ!なにが "ふっ、そろそろ俺に惚れたか?″だっつーの!」
「え、なに、跡部ってお前の事好きなの?」
「違いますよ?跡部先輩はこの世の女は全て自分のものだとイタイ勘違いをしてらっしゃるんです」



"ホント、かわいそうな方です・・・″本気で哀れむようなの言葉
それは跡部に限らず、仁王も赤也もそれ似た感情を持ってると頭に浮かんだ2人にニヤッと笑う顔

なんでだろうな
立場も、状況も、たいして変わらないのにアイツ等には彼女がいる

俺とは違う、本気で好きな女

俺が行動を起こせば何かが変わる
そう思っても、俺は未だに過去を引きずったまま立ち尽くしてる
一歩を踏み出さなければ誰も助けてなんてくれない
まずは自分からだと、わかってるのにその一歩が踏み出せない

ふわっと、柔らかいものが頬に触れた
飛んでいた思考がハッと戻って、視界には困った顔をした



「えぇっと、その・・・だいじょうぶ、ですか?」
「・・・っ」
「ぎゃっ!そ、そんな顔しないてください!えぇっと、そのですね・・・言いたい事は、口に出さなきゃ、伝わりませんよ・・・?」



頬に触れていた手がスッと離れて俺の頭を優しく撫でる
その手があまりにも優しくて、ホントに反射的にを抱き寄せた

腕の中で "うぎゃっ!″と固くなる
色気もなにもないその声はどこか安心した

だからかもしれない
言えなかった言葉が、つっかえながらも口にする事が出来たのは・・・



「・・・俺、さ・・・」
「は、はぃ?」
「・・・モテる、んだよ・・・。でさ、そんなの・・・俺の望んでる事じゃねぇのに・・・さ・・・」
「・・・」
「勝手に、そうやって俺の事、みてさ・・・。俺だって、本気で好きになる、女もいるわけ・・・」
「・・・」
「だけど、さ・・・ "丸井くんの好きは、信じられない″とか・・・なく、ねぇ・・・っ?」
「・・・っ」



俺は本気で好きだった
告白するのだって簡単じゃなかった
ずっと悩んで、イジメに遭うかも知れないとか、すげぇ悩んで
それでも伝えたくて、抑えられなくて

やっと伝えた俺の気持ちは、何ひとつだって届かなかった

何が悪かったのか
俺の普段の行い?俺の言動?
どんなに考えたってわからなくて、俺は "本気″から逃げた



「・・・っんで・・・俺だって、誰かを・・・マジで、好きになる、っつーの・・・っ」
「・・・丸井、先輩・・・」
「俺だって、本気で人を好きにも、なるっつーの・・・っ!」
「・・・っ」



伝わらず、届かず、否定された気持ちが誰にわかる?
信じてもらえず拒絶された痛み

逃げてるだけだとわかってる
だけど、どうしたって諦めてしまう

どうせ好きになっても、気持ちを伝えても、何ひとつだって届かない

本気で好きだった
心から、愛しいと思った

それを否定されて、あっさりと笑い話に出来るほど俺は大人じゃない



「・・・丸井、先輩・・・」
「俺だって、傷つくんだよ・・・っ」
「・・・丸井先輩」
「いつも明るいとか、そんな事ねぇし・・・あんな事言われて、笑え・・・ねぇーよ・・・っ」
「・・・っ丸井先輩!」



行き場を無くしていたの腕が、ぎゅっと俺を抱き締める
耳元で聞こえた声はすげぇ弱々しくて
俺が泣きたいのに、それでも泣けない俺の代わりに泣いてるようだった



「・・・逃げても、かわりません・・・!」
「・・・っ」
「だめ、ですよ・・・逃げちゃ、だめです・・・!丸井先輩の痛みを理解する事は出来ません、けど・・・でも、そんなの、だめです・・・っ」
「な、んで・・・が、泣くんだよ・・・っ」
「丸井先輩が泣かないからですっ!・・・人は悲しみを溜め込めないんです、だから、だめなんです・・・吐き出さなきゃ、だめなんです・・・!」



抱き締めていた筈なのに
いつの間にか俺が抱き締められてて、だけど嫌じゃなかった

とくん、とくん、と聞こえる心臓の音
シャツを通して感じる人の温もり

慣れてる筈なのに
何故かすげぇ落ち着いた



「・・・きっといます、丸井先輩の事をちゃんと見てる人は・・・絶対に、いますから・・・っ」
「は、は・・・そんなやつ、いねーよ・・・っ」
「います!・・・だめですよ、初めから否定、してたら・・・大切なもの、見落としてしまいます・・・!」
「・・・な、んで、言い切れる・・・んだよ・・・」
「モテるのは、切っ掛けは外見だったり噂かも知れない・・・だけど、そこから丸井先輩を知る人も、絶対にいるからです・・・」
「・・・っ」
「切っ掛け、なんて・・・なんだって良いんです・・・!大切なのは、そこからどうするか、ですよ・・・」



言葉ひとつひとつが俺の中に重く響く
偽りも、計算も、何ひとつない言葉

あぁ、だから何の違和感もなく届くんだ

作った言葉じゃない、飾りつけた余計な言葉はない
ただ心に思ったそのままに紡がれる言葉



「・・・なんか、すっげぇ・・・かっこわりぃ、な・・・」
「でも、これも丸井先輩です」
「・・・ははっ、そう、だな・・・。あー・・・やっべぇ、誰にも言わないって決めてたのに、いっちまったし・・・」
「丸井先輩」
「ちょっ、今はやめろ・・・!」
「いーやーだー!」



腕を突っぱねて離れた距離
俺を真っ直ぐ見つめるから逃げるように顔を背けるけど
どこにそんな力があったんだと、は俺の頬を掴んでぐいっと前を向かせる



「ぎゃっ!」
「・・・おい、なんでそこで悲鳴あげんだよ」
「だ、だって・・・丸井先輩・・・泣いてるのかテレてるのかわかんない!!!」
「ちょっ、おま!!いちいち口にするな!!言ってイイ事と悪い事があるだろぃ!?」
「ぎゃ!い、いひゃい!いひゃいれふ!!」
「ぶはっ!あはは!お前もたいしてかわんねーよ!」



ほっぺたを軽く抓れば、ぽかぽかと力の入っていない手で俺を叩く
パッと離せば真っ赤になったほっぺたを涙目で擦りながら俺をキッと睨む
怖くもなんともない、赤くなった目に赤い顔

あぁ、そう言いつつ俺もコイツと同じ顔してんだろーな・・・

だけど嫌じゃない
むしろ、同じだと言う事に安心感を覚えた



「・・・丸井先輩、大変です」
「は?何だよ急に」
「と、時計が!」
「はぁ?」



震えた声何を言うかと思えば、俺の後ろにある時計を指さす
時計がどうしたと振り返った俺は
半ば固まると同じように、長い針と短い針を何度も確認した



「・・・あれ、壊れてるんじゃね?」
「・・・そう願いたいですけど、携帯の時刻も一緒ですよ・・・!!」



最後の赤也を待ってた時点で外は真っ暗
そこまで話し込んでた感覚もなく、予想以上に経っている時間に軽く眩暈を覚えた



「お、怒られる!!絶対怒られる!!って、ぎゃぁっー!!な、なにこれ・・・」
「・・・は、この携帯も壊れてるんじゃねーの?」



口から漏れるのは乾いた笑い
俺に見せてくれたディスプレイには、ズラッと同じ名前の不在着信が並んでいた
その中に時折俺の知ってる名前



「ま、丸井先輩の携帯は・・・?」
「お、俺!?・・・見るの、怖ぇんだけど・・・」



恐る恐るポケットから携帯を取り出して
ランプが光ってる事に嫌な予感がしたけど、見ないわけにも行かずと顔を見合わせてから携帯を開いた

そこには、不在着信とメールを知らせるマーク

ゆっくりとボタンを押して不在着信を見れば、そこに並ぶのは仁王の名前
メールを開けばそこにも仁王の名前が並ぶ



「・・・"どこにいるの!?連絡しなさいよ!!″って・・・」
「・・・"ブンブン、シカトとはいい度胸じゃのぅ?″って・・・」



顔を見合わせて、あははと乾いた笑い
たぶんと連絡の取れない仁王の彼女が仁王に連絡して
仁王達がそれぞれ俺達に連絡をしてきたんだろう、だけどそれにしたって件数が半端ねぇ・・・!



「・・・あぁもう!丸井先輩、急いで帰りましょう!」
「お、おう!」



今更急いでも意味ないとか思いつつも
見なかったフリが出来るほどの余裕もなく、何となく名残惜しさを残し身体を離した


   がちゃ


ハッとしたのは俺だけじゃない
頼むから、見回りの先生であって欲しいと
が怯えたように俺のシャツを掴むから、俺も思わず抱き寄せちまうわけで・・・



「・・・人が心配しとったのに、ブンブンは何をしてるんかのぅ?」
「に、仁王・・・!」



いつになく笑みを浮かべた仁王に、幸村くん並の寒気を感じた



「・・・ねぇ、散々探し回ったのに何をしてるのかなぁ?」
「ぎゃーっ!!」



スッと仁王の後ろから出てきたのは、生で見るのは初めての氷帝三大美女
なんだたいした事ないじゃんとか
頭に浮かんだ余計な事にハッとして、2人揃って浮かべる冷笑みにが腕の中でガタガタと震える



「・・・はぁ、。ごめんなさいは?」
「ぎゃ!・・・ご、ごめんなさい・・・!」
「ブンブンもじゃろ?」
「は?お、おう・・・わる、かった・・・」



ホッとしたような、安心したような顔で、仁王の彼女がの頭を撫でる
ホントに心配掛けたんだともう一度謝った

どこか軽くなった心
すっきりと、わだかまりが取れたような

きっとそれはのおかげだ
否定する事なく、ずっと言えなかった事を聞いてくれた
偽りのない言葉をくれた



「・・・さんきゅ、
「へ?」



バッグを肩に掛けて、仁王達の視線が外れた隙にそっと頭を撫でて呟く
キョトンとするに小さく笑って
急かされるように俺達は部室の外へと出た

今はまだ、本気の恋をする勇気はない
またあの時の痛みを忘れられない

だけど、ほんの少しだけ
前に進もうと、進めるんじゃないかと思った

急がなくていい
俺は俺のペースで、本気で好きだと思える奴が出来る時を待てばいい



「丸井先輩!置いて来ますよー!」
「・・・おう!」



いつかそんな時が来たら
もう一度に、偽りのない言葉で "さんきゅ″って言えっかな

(真っ直ぐな言葉と瞳が響く)

>> 戻る

(夢書きへの100のお題:88.真っ直ぐな言葉と瞳が響く)