―――― こんなになるまで我慢するなんてホント、バカだね
握られた手がひんやりと冷たくて気持ちイイ
息苦しくて、ガンガンと叫ぶ頭が重くて、吐き気が俺を襲う
目を開けたくても重い目蓋は俺の意思に反してびくともしない
―――― ゆっくり寝て早く治しなよ、部長がいなくちゃ困るでしょ?
わかってる、俺だって今日の一日だって惜しいんだ
幸村部長から渡されたその役目
ほんの少し前までは知らなかった責任の重さ
顔を覚えきるのさえ大変なほどテニス部に所属する部員に指示を出して、部全体を動かす事の大変さ
いい選手を育てる為に部員全員に目を向ける事がこんなにも神経に響くなんて思わなかった
おかげで自分の体調管理も出来ない情けない俺だよ
―――― 頑張れ、赤也
なぁ、そんな言葉よりお前の顔が見たい
だけど目蓋が重くて開かねぇからさ、俺が起きるまでこの手、離すなよ
そんな願いを込めて手を握れば、確かな温もりがあった
「赤也?大丈夫?」
「・・・っん、ぁ・・・?」
思い通りに開かない目蓋を何とか持ち上げれば、見事に歪んだ視界にぼんやりと浮かぶ影
しっかりと握られた手は思いのほか小さくて
耳に届く声は落ち着くよりも、ガンガンする頭には余計に響くような高い声
「風邪で休んだから心配で学校終わってすぐ飛んで来ちゃった」
ぼやけた視界がゆっくりとクリアになって、テレたように微笑む彼女の姿がハッキリと見えた
カーテンの向こうが暗く見えるのは気のせいじゃない
「・・・手、ずっと?」
「うん!こうして手を握ってると安心して眠れるでしょ?」
俺は何を聞いてるんだ
夢を見ていたのか、それともこの短時間の中の出来事が長く感じただけなのか
「まだ熱が高いからぼんやりしてる?」
「・・・わりぃ」
「ううん、謝る事ないよ!わたしは気にしないから、ゆっくり寝て?」
「・・・あぁ」
夢は願望の現れ
まさにその通りだと、来る筈もないアイツの夢を見た自分に呆れ返る
最初に距離が出来たのは俺がコイツと付き合った頃から
不満げに愚痴る俺に丸井先輩は当たり前だと、呆れたように俺の頭を叩いた
それが当たり前だとわかっていても、俺は離れたアイツの手をもう一度掴もうと腕を伸ばす
絶対に掴む事なんて出来ないけどさ
「わざわざ見舞いとか、さんきゅ。あー、俺、寝るけ、ど・・・?」
「赤也?どうしたの?」
「・・・なぁ、お前、俺が脱いだ服・・・片付けた?」
「えっ?あ、うん!もう赤也ってば、脱いだままにしておくんだもん、皺になっちゃうよ?」
「・・・」
熱があるなら仕方ないけど、そう言って笑ったけど俺の中の違和感は消えない
ぼんやりと思うように働かない脳ミソをフル稼働
俺のかコイツの部屋に上がった時、俺が脱いだブレザーをそこら辺に置いても気にも止めなかった筈だ
なのに今日はハンガーに掛けた?そんなバカな
「・・・なぁ、お前・・・」
「赤也!寝た方が良いよ、まだ熱もあるんだし、早く治して一緒に学校行こう?一人じゃ寂しいよ」
「・・・何か隠してる?」
「・・・っ隠してなんかないよ!」
頭がガンガンするっていうのに叫ぶなよ
俺の事が心配で見舞いに来たんだろ?それなのに、そんな事すら忘れるほど、何を隠してる?
「・・・なぁ、手、握っててくれた割には冷たくねぇ?」
「そ、それは赤也が熱あるから!・・・どうしたの、赤也、変だよ・・・」
「変なのは、お前だろ?何、隠してんだよ」
ひんやりと冷たくて気持ちのイイ手
落ち着いた少し低めな声
力なく握りれば、確かに握り返してくれた温もり
「そ、んな事ないよ・・・!変なのは赤也だよ!!・・・っわたしじゃ、不満なの!?」
「・・・っおま、見舞いに来たって事忘れてねぇ?」
「あっ、ご、めん・・・っ」
パッと離された手
キラキラと光るネイルアートはキレイだと思うけど、そんな手で何が出来るんだと思う
その手で差し入れだっつって持ってこられても食う気がしねぇんだって知ってた?
「・・・アイツに、なにした?」
確信を突いた俺の言葉に、明らかに肩を揺らし俯いた
夢だと思ったあの温もりは夢じゃない
制服が掛かってるとかぶっちゃけどうでも良くて、現実だったらと願う気持ちの方が正直言えば強かった
彼女とアイツ
ふたつを手放したくないとあの頃は思ってた
彼女の、コイツの事は本気で好きだし、アイツはそんな形式ばった関係にならなくても俺の隣にいるんだって勘違い
俺に彼女が出来るようにアイツにも彼氏が出来る
それは当たり前で、極々自然な事なのに、俺が先にその手を離した筈が苛立ちは隠せなかった
「・・・マジ、ふざけんな・・・っ!!」
「だ、だって!!赤也はわたしの彼氏でしょ!?どうして、そんなに彼女の事ばっかりなの!?」
「自分の男に近づく女を蹴落とすのが彼女の役目かよ!」
「・・・っ赤也!?待って!!そんな身体で・・・っ!!」
彼女だからって何をしてもいいのか、それは違うだろ?
俺の腕を掴むその手を振り払ってスウェットのまま家を飛び出した
熱が高い事に寝起きというオプションが付いて、ふらつく足で隣にあるアイツの家の玄関を開く
おばさんが俺を見て驚いてるけどそのまま階段を駆け上がってプレートの掛かるドアをブチ破る勢いで突破した
「へ?・・・ちょっ、赤也!?あんた、何やってんの!?」
寝てる筈の俺がド派手な登場をしたせいか、目を丸くしてベッドに寝転んだまま俺を見る
これだけ走っただけなのに息が切れる
はぁはぁと荒い息を整えようとする俺に、訳わからなそうな顔で起き上がって俺の腕を掴んだ
「風邪引いて熱があるっていうのに、何やってんの、バカだね」
引っ張られるままにベッドに腰掛けて、ふわりと肩に掛けられた上着
怒ったような、呆れたような、どっちにも似た笑みは変わらない
見上げて重い腕を持ち上げ赤みが残る頬に手を伸ばす
力のない女で良かったとホッとして、訳がわからないと首を傾げるの細い腰をぐいっと抱き寄せる
深く息を吸い込めば、香水じゃない自然な匂いがした
「怖い夢でも見た?」
そっと俺の頭を撫でるその手が、やっぱりあれはだったと教えてくれる
頭の痛い俺を気遣って控えめな声も、腕を上げた事でズレ落ちそうになった上着をさり気なく直すのも、アイツは絶対しない
俺の見舞いに来たのだって繋ぎ止めたいから、ただそれだけ
「なんか熱上がってない?赤也、大丈夫?」
「・・・やっぱ、お前がいいわ」
「は?」
ベリッと俺を引き剥がして、コツンと額と額が重なる
難しい顔で唸ったかと思えば俺の肩をグイグイとベッドの中へ押し込んだ
「?」
「市販の薬より病院だよ、これは。あぁでもおばさん免許持ってないし、おねぇはまだ帰ってきてないし」
ブツブツ呟きながら俺に布団を掛けて、部屋の加湿器のスイッチを入れる
俺はこのまま世話になるのかと、ボーっとしはじめた頭で考えるけど上手く思考がまとまらない
「車はあるし、あたしが運転しちゃう?・・・いやいや、赤也と一緒に心中はちょっと嫌だな」
何かすげぇ失礼な発言をかまされた気がする
ハッキリと聞こえてた筈の声がゆっくり遠くなっていく事に、熱で弱気になってるのか
ふらふらと落ち着きなくベッドの脇を歩いていたが、思いついたように部屋を出て行こうとするからその手を掴んだ
「ん?苦しい?おばさんに言ってくるから、寝ちゃいなよ」
「・・・ここに、いろよ」
「ただ寝てても治らないよ?」
「手、握ってくれれば治る」
「バカじゃない?」
甘い雰囲気になるわけない
心底呆れたように溜め息を零して、腰を落とした重みでベッドが軋む
「握ってて、くれたんだろ?・・・ごめん、な・・・」
「あー、まぁ、うん、わかるしね。気にしてないよ」
「・・・やっぱ、がいい」
「はい?さっきも言ってたけど何が?・・・って、あぁ、今はいいから寝なよ。手、握ってるから」
握りたくても弱く掴むだけが限界だった手が、スルリと一度離れる
冷たい空気に触れた手
すぐに温かい俺よりもずっと小さな手が優しく包み込む
ガンガン響く痛みはなくなった
だけど代わりに、ボーっと頭がして意識が遠くなる
「 ――――― ・・・あたしも、赤也が一番だよ?」
意識が途切れる瞬間、そう聞こえたような気がした
答えたいのに沈んでいく意識
目が覚めたら、何かが変わる、そんな気がした
(君が目覚める前に)
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夢書きへの100のお題:87.君が目覚める前に