幼馴染っていう存在は凄く曖昧だと思う
それが異性なら尚更で、家族じゃないけど友達よりもずっと近い距離
小さい頃からずっと隣にいてお互いに相手を理解してて、癖や好き嫌いだって全部わかってる

だけど、それが思春期になると変わっていくものだと思う

幼馴染が他の異性と仲良くしていれば芽生えるのは嫉妬
それが恋なのかどうか、どっちに転ぶかわからないけど
コイツの場合は恋に転んだらしい



「はぁ・・・やべぇ、マジ可愛くね?」
「・・・その顔がまず "やべぇ″と思うよ?」
「恋をすると人間変わるんだよ」
「え、ブンブンって恋をするとそんなに気持ち悪い顔になるの?」
「おい!」
「あはは、嘘だって!ほれほれ、新商品のポッキーあげるから」
「お、うまそーっ!・・・って、ポッキーで誤魔化すな!」



そんな事を言いつつも、ちゃっかりポッキーを口に運んでる辺りブンブンらしい
完全に緩み切った顔で見下ろす先にはブンブンの幼馴染で隣のクラスの倉敷若菜ちゃん

ふんわりした柔らかいハニーブラウンのショートヘアー
手を加えなくても十分に可愛らしさが表に出ている小さな顔
身長も小さくて、あたしもビックリするほどに小さくて可愛い手

これでモテない筈もなく、おまけにテニス部で急激に成長してるブンブンの幼馴染って言うんだから人気に拍車を掛ける
入学してからブンブンが幼馴染の倉敷若菜ちゃんを異性として意識するようになるまで時間は掛からなかった
それは近くで見ていたあたしが一番良く知ってる



「若菜ちゃんって、こう・・・ギュッとしたくなるタイプだよね」
「おー、わかってんじゃん!そうなんだよなぁ、守ってやりたいっつーか・・・さすが俺の幼馴染だろぃ?」
「いやブンブン関係ないしね、うん」



窓際の一番後ろ
机に頬杖をついて窓の外を見下ろせば、友達と雑談しながら歩く可愛らしい姿
女のあたしから見ても可愛く見えるその容姿
それだけなら他にもいるけど、若菜ちゃんの "嫌味のない可愛らしい言動″がその外見に見合ってて文句の付けようがない



「幼馴染って恋に落ちるんだね」
「一番近くにいるからじゃん?やっぱ、他の男に取られたくねぇし」
「ふーん」
「お、なんだなんだ。ヤキモチか?」
「うん」
「・・・え?」



ぽとりと、ブンブンが口で遊ばしていたポッキーが机の上に落ちた
あたしの視線はもう消えてしまった若菜ちゃんを未だに追い続けててブンブンの顔は見えない

放課後の教室は静かで
あたしのたったひとことで、もっと静かになった



「ちょ、何認めてんだよ・・・?」



暫く経って返ってきた言葉はあまりに間抜けで小さく笑う
窓の外から視線を外して、言葉と同じくらい間抜けな顔をしたブンブンがジッとあたしを見る視線とバッチリ絡み合う



「認めちゃダメだった?」
「は?ダメ、じゃねぇけど・・・え?、軽く告白?」
「なんでそうなるの?」
「なんでって・・・、ヤキモチ焼いてんだろぃ?」



ポカンとした間抜けな顔が少しずつ生意気な、どこか意地悪めいた顔へと変わる
それが素直に答えたあたしへ向ける顔かと
だけどそれがブンブンらしくて、開いたパッケージからポッキーに手を伸ばす



「んー、まぁヤキモチっていうか・・・好きだからね、ブンブンの事」
「なんだよ素直じゃん。ま、俺はかっこいいから惚れるのもわかるけどな!」



ニヤッと笑う顔は明らかに冗談だと思ってる
落ちたポッキーをいつの間にか食べ終えて、最後のポッキーをパキンと折りながら窓の外を見るブンブンの横顔

いつの間にか好きになってた
だけど気付いた時には、ブンブンの視線が向けられていたのは幼馴染の若菜ちゃん
あたしとは正反対の女の子



「ブンブン」
「んー?」



ブンブンの口から語られる若菜ちゃんは
どれも可愛くて、聞いている内に "あぁ、好きになって当たり前なのかな″とか思うようになった

同時に、ブンブンは本当に若菜ちゃんが好きなんだなって思い知った

叶わない恋
そう思えば簡単に諦められそうなのに、諦められないのが恋で
ブンブンが若菜ちゃんを好きだと本人の口から聞いてもこの気持ちが消える事も、薄れる事もなかった

恋するなら、望みのないブンブンよりもアイツがよかったな・・・

自分の気持ち
自分の心なのに、恋の感情はどうしたってコントロール出来ない
初恋は実らないって言うけど本当だった



「あたし・・・、ブン太の事、好きだよ・・・」



オレンジ色の優しい光が教室を包んで、告げた想いはちゃんと届いたみたい
窓の外を向いていたブンブンがゆっくりとこっちを向く
元々大きな瞳を見事に丸くして、口を開くけどまた閉じて、パシパシと瞬きを繰り返す



「若菜ちゃんの事、好きなの知ってるし、伝えてスッキリしたかったって言う自己満足だから」



辛いと思った事は何度もある
だけど、だけどね、嫌だと思った事は一度だってないんだ

伝えてしまえば
何でも話せるこの関係は崩れるんだろうって思った
だから今まで言えなかったし、ブンブンに悟られないようにしてきた

だけどそれも、今日限りで終わり

バイバイしなきゃいけないから、その前にスッキリしたかった
いつまでも叶わない恋をしていたくない
想いを告げれば簡単に忘れられるわけじゃないけど、それでも前に進めるような気がした



「・・・は、ちょ、マジで・・・?」
「うん」
「マジ告白?」
「まぁそうだね」
「アッサリ、しすぎじゃね?」
「成り行きじゃなくて覚悟決めてたからね」
「・・・っ俺は覚悟出来てねぇんだけど!」
「さすがに事前報告してから告白する人はいないでしょ」
「そうじゃなくて!・・・お前、突然すぎだろぃ?」



今更わたわたと慌て出したブンブンに思わず小さく吹き出した

ブンブンからしたら思ってもいなかった告白
何の心構えもなかっただろうし、少しの予想も出来なかったんだろう

そう思わせていたのはあたしで
そう思わせるようにしたのはブンブン

痛くて、辛くて、苦しかった片想いも今日で一歩前に進む
なくなるわけじゃない
この、ブンブンを好きだと思う気持ち



「あたしさぁ」
「・・・お、おう」
「来年からもう、立海の生徒じゃないのよね」
「・・・は?」



んんっと小さく身体を伸ばして、暗くなり始めた空を見上げる
こうして教室から、外の景色を見るのも今日で最後



「立海の生徒じゃないって、どういう事だよ・・・!」
「転校?元々仲がいまいちだった両親さ、遂に離婚決意したみたいでね。あたしはお父さんに着いてく事になったから」
「離婚・・・マジ、かよ・・・」
「マジなんですよ。だから、言っておきたかったって言う本当に自己満足だね」



両親の離婚については仕方ないし、むしろ良かったと思ってる
たとえ過去に恋に落ちて最愛の人だと選んだとしても所詮は血の繋がらない他人
理解出来ない部分もあって、譲れない部分もあって、仲が悪いのに一緒の家に暮らすのは無理だから
それを目の前で見る事になるんだったらいっその事、お互い別の道を選んだって良いと思う



「・・・
「ん?・・・って、何急に立ち上がって・・・」



ガタン、と立ち上がったブンブンは凄く真剣な顔
頬杖をついたまま見上げれば、真っ直ぐな視線があたしを見つめる



「俺、若菜が好きだ」
「・・・うん、知ってる」
「なんつーか、傍にいて当たり前だと思ってたし・・・アイツの事、噂してる男とか見るとすげぇ腹立つ」
「・・・うん」



真剣に答えてくれるブンブンがやっぱり好きで
溢れてくる想いをグッと抑えるように、机の下にある左手をぎゅっと握った



「だけど、も俺の傍にいて当たり前だって思ってた」
「・・・」
「入学式の時からずっと俺達一緒にいただろぃ?喧嘩したり、バカ騒ぎしたり、すげぇ楽しかったし、これからも続くんだって思ってた」
「・・・うん、そうだね」



あたしだってそう思ってた
両親の離婚は反対しなかったけど、まさかこの地を離れる事になるとはあたしだって思わなかったよ
だけどもうどうにも出来ない
あたし達は子供で、1人で生きてく事なんて出来ないから

叶わないとわかっていても、この想いを伝えて関係が壊れても
まさか別れる事になるなんてあたしだって嫌だよ

だけどそれは口には出さない
言ってしまえば止まらないから
ブンブンを困らせたくないから、最後は笑って別れたい

・・・のに、なんでそんな顔で、そんな事を言うの?






「だから・・・、行くなよ」
「・・・え?」



ブンブンの口から出た言葉は
何言ってるの、と冗談だと笑い飛ばせる隙もないくらいに真剣だった
思わず頬杖をついていた腕の力が抜けて、ペタンと机の上に投げ出された右手



「・・・がいねーんじゃ、つまんねぇだろぃ?」



なんでアンタが泣きそうになってんの
泣きたいのはこっちで、行きたくないって言いたいのもこっちで、なんでアンタがそんな事言うの

ブンブンの好きはあたしの好きと違う
そんな事はわざわざ確認しなくたってわかる

自分勝手
むしろ、あたしよりもずっと子供なただのワガママだと思った



「・・・っブンブン、本当ワガママだなぁ・・・」



なんでそんな事、泣きそうな顔で言うのって
そんな事、言わずに "ありがと″くらい言えよって

思ったけど口に出したら、最悪の別れになりそうでグッとこらえた



「・・・ワガママで、わりぃかよ」
「悪いよ、ばーか」



ムカついた
だけど、ブンブンの中であたしの存在って意外と大きいんじゃん?とか思ったら少しだけ泣きたくなった

机の上に出した携帯をポケットに入れて顔を上げれば、ポケットに手を入れたままぶすっとするブンブン
だけどあたしが鞄を手にして立ち上がれば
ブンブンはどこか焦ったようにポケットから手を出して、そのまま伸びてきた腕があたしを掴む



「・・・っんで、転校とかすんだよ・・・」



あたしと変わらない身長
首筋にあたる真っ赤な、だけどふわりとしたブンブンの髪の毛がくすぐったい

制服を通して感じる体温に泣きたくなった
むしろ、ここは "何考えてんの!″って怒る所かも知れない

だけど最後だから
これくらいは許されるよね?



「・・・ブンブン、ワガママな上に甘えん坊だね」
「今更だろぃ?」
「ははっ、そうかも」



背中に回した腕
それが合図のように、キツク抱き締めるブンブンに本気で涙が頬を伝った



「・・・っ行くな、よ」
「無理だよ、ばーか」
「んでだよ・・・!」
「だって、あたし達はまだ子供だもん」



1人で生きてく事は出来ない
これが高校生だったら、また違った道もあるのかもしれないけどあたし達は中学生だ
親の手を借りなければ学校にだって通えない
今こうして立海に入学して、ブンブンと出会えた事だって親のおかげだから



「手紙、書くから」
「メールも電話も、だろぃ?」
「うーん・・・気が向いたら、ね?」
「っばーか、途切れたら苦情言いに行ってやるかんな」



あたしとブンブンの好きは違う
だけどもう十分だよ

震える肩が、掠れる声が
それだけで十分あたしはブンブンにとって大切な人だったんだって思えたから

良い思い出として残る
ブンブンを好きになって良かったって、そう思えるから大丈夫
離れても友達でいられるよね





「・・・また、ね・・・・・・・・・、ブン太・・・」





いつかまた会う事があったら
その時は、こんな事もあったねって笑えるよね
恥ずかしい思い出の、良い思い出のひとつだって笑って言えるよね

その時、ブンブンの隣には若菜ちゃんがいるかもしれない

だけどきっと笑える
そんな気がするから、笑ってバイバイしよう



いつか、また、アナタに会えると信じて

(さよなら、またいつか)

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(夢書きへの100のお題:13.さよなら、またいつか)