一度きりの人生を楽しみたい
普通が普通じゃない此処ではそんな願いはくだらないと吐き捨てられる
この世に生まれる時でさえ、選択肢を貰えなかった
死ぬ時でさえ選択肢がないというのなら
あたしは、自分の意思で選びたいんだよ
「、立花んとこの弟が来てる。どうする?」
「会いたくない」
「最近ずっとそうだろ?そろそろ会ってやれよ」
「知らない」
「いくら小さい村っつっても、この家までだいぶ距離あるんだぞ?それでも会いに来てくれてんだろうが」
「頼んでない」
兄の呆れ切った溜め息が聞こえる
ぱたん、の閉まる音がしてあたしは縁側に腰掛けたままお茶をズズッと飲み干した
最近になって毎日この時間に会いに来る弟くん
ドタドタ!! ―――― バタンッ!
「!!」
「・・・・使えないお兄様だこと」
名前を叫ばれ、強く肩を掴まれあたしの身体はぐいっと方向転換
久し振りに見る弟くんの肩越しに、悪ィ・・・と肩を竦める兄がいた
「どういう事だよ!!なんで黙ってたんだ!」
「怒鳴ると具合悪くなるよ?」
「そんな事よりも説明しろよ!なんでだよ!?」
「痛い、肩から手を離して」
「!!」
興奮状態の弟くんには何を言っても無駄らしい
お互いに身体が弱い事をこの弟くんは忘れてるのではないか
特にあたしは君よりも体力低下がひどいんですよ
「・・・っなんでだよ!!」
強く掴まれたままの肩が痛い
あぁ、明日はきっと紫色に変色しちゃうじゃないかと他人事
「弟くん、とりあえず落ち着こう」
するりと肩から弟くんの腕が落ちて、そのまま力なく垂れ下がる
俯いた弟くんの表情は見えないけど変わりにぐるぐると渦巻くつむじが見えた
何となく手を伸ばして、つんつん、と突けば溜め息が漏れた
「・・・なに、やってんだよ」
「つむじ、だなぁって」
「あほか」
やっと顔を上げた弟くんは、力なく笑ってつむじを突いていたあたしの手を取った
あら残念と引っ込めようとした手を包み込むように握られてしまう
「なぁ、どういう事か説明しろよ」
「右寄りが日本人には多いくらいしか知らないよ?」
「・・・誰がつむじの豆知識を説明しろって言ったんだよ!」
「じゃあなに?」
わかってる
弟くんが何を聞きたいのか、何をそんなに焦っているのか
「・・・・なんで、俺達じゃなくて、達なんだよっ!」
泣きそうなほどに顔をくしゃっと歪まして
せっかくの美形が台無しだと言ったら殴られた
「あたしが望んだからだよ」
弟くんが息を呑んだのがハッキリとわかった
切れ長の目は大きく見開いて、半開きになった口がパクパクと空気を求める
「あたし、じゃなくて、あたし達、だね。ごめん言い間違えた」
握られた手が痛い
だけど、弟くんはもっと痛いんだろうと思うと文句は言えなかった
「――― ・・・っんで・・・」
「ん?」
「・・・な、んで・・・だよ」
静かに聞かれた言葉がまた痛かった
さっきみたいに怒鳴るように言ってくれればいいのに
そしたらまた、軽く流す事が出来るのに
「あたしと兄が望んだ、それだけだよ」
爪が食い込む
流れた血と一緒に、この痛みも流れてしまえばいいのに
「望んでない弟くん達がやるよりも、望んでるあたし達がやる方がいいでしょ?」
この世に生を受けた瞬間
それは喜びに満ちる前に、すぐに悲しみで満ちた
――― 生を受けた瞬間は、死が決まった瞬間でもあったから
願いも、望みも、全て叶う事はないと思ってた
あたし達には所詮決まった運命の結末があって、その終焉に向ってただ生きてるだけだったから
いつからかな
別の考え方もあるんだって、そう思うようになったのは
「・・・俺は、俺達の儀式の準備だってずっと思ってた」
うん、知ってる
ギリギリまでそういう事にして欲しいと言ったのはあたしだから
「・・・儀式の説明も、清めの話しも、樹月と一緒に聞いたんだよ」
どこから情報が漏れたんだろう
あぁ、どうせ噂好きなおばさん達からなのかな
これじゃあなんの意味も無いと、あたしはまた俯いた弟くんのつむじとジッと見つめた
「・・・なんで、達なんだよ」
「あたし達が望んだからだよ」
「なんで、望むんだよ・・・!!」
「ひとつになりたかったから?」
パッと離された手
外気に触れた傷がずくん、と痛んだ
だけど痛みを感じてる余裕もなく、強引に抱き寄せられてあたしの身体は弟くんに寄りかかるように倒れ込んだ
「なんで・・・・っなんで達なんだよ!」
望んだからだと、何度も言ったのに理解出来ないらしい弟くん
生きてると主張する鼓動が静かに耳に届く
人の体温はどうしてこんなに温かくて、こんなにも落ち着くんだろう
――― 人は1人じゃ生きてけねぇからな
兄の言葉を思い出して、あぁだからこんなに居心地が良いんだと納得した
回された腕はあたしと同じくらい細いけど、やっぱり男と女じゃ違う
「弟くんは、あたしが死ぬのはいや?」
何を聞いてるんだろうと
聞いた所で、どんな答が返ってきたとしても、終焉を迎える事に変わりはないのに
だけど
「・・・・嫌に決まってるだろっ?」
何だか胸が締め付けれた
痛みよりもずっと、温かくて何だか甘かった
「・・・死ぬなよ」
「うん無理」
「・・・あっさり、しすぎだろ」
即答で答えたあたしに弟くんは苦笑い
だけど無理なものは無理
「儀式の日取りは、一緒なのか?」
「うん、一週間後だよ」
「・・・そ、っか」
ぎゅっと抱き締める腕が強くなって、あたしは横を向いて頬を弟くんの肩に寄せた
「弟くん」
「睦月だって、何度も言ってるだろ?」
「うん、弟くん」
「樹月の事は名前で呼ぶ癖に、何で俺だけ続柄なんだよ」
「弟くんだから?」
「意味、わかんねぇよ」
小さく笑って、伸ばされた白い手があたしの髪を優しく梳いていく
気持が良くて目を閉じる
「・・・この状況で目、閉じるか?普通」
「だって気持ち良いから」
呆れたような声がすぐ近くで聞こえる
決められた運命だと、何度も聞かされてきた
確かにそうなのかもしれない
それは、認めているし否定はしない
「・・・」
「ん?」
名前を呼ばれて、目を開けた瞬間
「弟、くん?・・・・んっ」
触れた弟くんの唇が震えていたのは、きっと気のせい
あたしの頬に落ちる少し冷たい涙も、きっと気のせい
「・・・なんで、俺達は双子で生まれてきたんだろうな」
くしゃっと表情を歪ませて
双子で生まれて来た事、口にした言葉、どちらにも後悔したような弟くん
「別の形で、会いたかったね」
「・・・あぁ、そうだな」
もしも、なんてただの夢物語
叶わない夢の話し
だけど、もしも、あたし達がそれぞれ別の形で出会っていたら
そんな夢物語もいいかもしれない
「弟くん、そろそろ帰らないと樹月が心配するよ」
「わかってる」
「離してくれないとあたしはお持ち帰りできないよ」
「・・・わかってる」
オレンジ色の優しい光り
だけど、何処か寂しさを感じるのはきっと儚いからだと思う
「明日も、来るから。今度は拒否、するなよ?」
「さぁどうだろ」
笑ってそう言えば、こつん、と額を弾かれた
さっきと同じように縁側に座って立ち上がった弟くんを見上げる
「また明日な」
「ばいばーい」
軽く手を振ったあたしの頭を軽く叩いて、痛いと訴えたあしを軽く笑って弟くんは部屋を出て行く
襖を開ける音が虫の音に混じって
一歩部屋から出た弟くんを呼んだ
「睦月、明日はあたしが遊びに行く」
きっと村中にバレただろうから、もう家の中にいる必要もない
襖に片手を添えたまま動かなくなった弟くんに、あたしは首を傾げた
「弟くん?」
具合でも悪くなったのかと立ち上がって近づけば
顔を背けたけど見上げた首筋と耳は真っ赤
「睦月って呼んで欲しいって言うくせに、呼ぶとテレるから弟くんって呼ぶんだよ」
「・・・うるさい、照れくさいんだからしょうがないだろ!」
「じゃあ弟くん」
バッと振り向いたかと思えばそのまま抱きすくめられた
そんなに照れくさいなら弟くんでいいじゃん
「・・・ばーか、嬉しいんだよ」
本当に嬉しそうに、そう言ったから
明日からは弟くんじゃなくてちゃんと睦月って呼んであげようと思った
「あ」
「どうした?」
「あー・・・うん、まあ明日はあたしが遊びに行くね」
「大丈夫か?無理なら俺が来るけど」
「ううん、樹月や千歳ちゃんにも挨拶したいから」
「・・・そ、っか」
廊下の向こうに見えた兄の顔
驚いてたけど、すぐに引っ込んだ
何でそんなに驚くんだろうと思ったけど、すぐに姿は見えなくなったから放っておこう
「に、千歳も樹月も会いたがってたから」
「うん」
「俺はに会いたくて毎日来たのに追い返され続けたけどな」
「うん、ごめんね」
「じゃあ、明日待ってるから」
「うん」
玄関まで見送りに行くのはやめて、部屋の前で睦月を見送った
チラチラと振り返る睦月に、そのたび手を振って、廊下の角を曲るまで見送ってから部屋に戻った
「・・・ごめんね、睦月」
宿命とか、運命とか、さだめとか、そんな重い鎖で繋がれたあたし達に自由なんてないと
どんなに足掻いても引き千切る事は出来ない
身を任せてしまえば楽になれるけど、それも嫌だとただのわがまま
「――――― ・・・、そろそろ時間だ」
「うん」
「本当にいいんだな?」
「うん」
「・・・ごめんな、」
「ううん」
足掻く事は無駄だと思う
何をしても、どんな事をしても、変えられない事はあるから
だからあたしは自分で選ぶ
人に決められた、誰かに従うんじゃない
「あたしが、望んだ事だから、謝らないで」
最後の最後くらい、自分で決めたい
いなくなるあたしが何を勝手な事をって思うかも知れないけど
――― 泣き顔じゃなくて、笑顔が溢れる人生にして欲しい
見る事が出来ないのが残念だけど
一緒にいたかったけど、あたしは選ぶ事でこの死の螺旋を先に抜けさせてもらいます
(君の名前をただ、呼びたかった)
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(原作ホントいいよ。あれはストーリーが深くてうん、ホント泣ける)