月明かりが優しく地上を照らす頃、1人の小柄な男が高くそびえ立つビルの屋上に立っていた
真っ直ぐに月の光を浴び目を細め地上を眺める探す
この街の何処かにいる、たった1人の大切な娘

静かな夜に突如ガラスの割れる派手な音
幻影旅団の一員であるフェイタンは狙いをつけたひとつの屋敷に忍び込んだ
しかし今回は仕事ではなく彼自身の、個人的な目的を果たす為
下調べはほぼしていない状態だと言ってもフェイタンはスタスタと迷いもなく豪華な絨毯の廊下を歩き進んでいく
騒ぎを聞きつけ何人もの男達が出てきても顔色ひとつ変える事無く一瞬にして地に伏せていく男達を身軽に飛び越える
そしてひとつの扉の前で止まり初めてフェイタンは迷いを見せた

   ――― 約束を果たす事は、今の幸せを奪う事

どちらが幸せなのかフェイタンの頭の中で導き出される答えは自分の幸せとは結びつかない
見せた迷いは愛情の深さであり、迷いを消し去ったのも愛情の深さだった
ゆっくりとドアノブに手を伸ばし軽く息を吐き重く大きく感じる扉を開けた

暗闇の中に揺れる白いレースのカーテン
窓から差し込む月の光が照らす大きなベッドには、1人分の膨らみがあった
フェイタンはゆっくりとベッドに近づき騒ぎに気付かず規則正しい寝息を立てる少女を静かに見下ろした



「―――― ・・・やっと、見つけた」



零れた言葉は重く静かに暗闇に響き、フェイタンは隠れた口元を微かに緩めそっと手を伸ばす
記憶の中の少女よりもずっと大人びた寝顔にほんの少し胸が高鳴る
白く透き通るように綺麗な髪がフェイタンの指の隙間から滑り落ちた



「・・・っん・・・」



心地良い優しいその感覚に少女は微かに声を漏らし小さく瞳を震わせる
フェイタンがずっと待ち焦がれていた瞬間
ゆっくりと開かれる瞳が暗闇に佇むフェイタンを映し出す



「・・・ん、だれ・・・?」



寝起き独特の少し掠れた声
記憶の中の声よりもずっと大人びた落ち着いた声はフェイタンの心の中へと静かに響き落ちる



「迎に来たよ」



たったひとことは、ずっと言いたくても言えなかった言葉
少女は寝起きの為か上手く働かない頭を必死に動かそうとするが、自分を見下ろす男に見覚えは無い
口元を隠し佇むフェイタンの表情は見えずただ静かに見下ろす姿に一瞬恐怖を覚える
しかしすぐに、自分を見下ろすその瞳が悲しそうに揺れ少女は目を丸くした



「・・・ワタシの事、覚えてないか?」
「え、っと・・・」
「ワタシは忘れた事なかたよ・・・
「え?なんで、私の名前・・・」



呼ばれた名前に少女・・・は起き上がり首を傾げた
どうして自分の名前を知っているのか、呼ばれた名前が何処か悲しげなのはどうしてなのか



「約束、果たしに来たよ」
「約束?」
「ワタシがを守れるようになたら、迎に来て。そう約束したね」
「・・・っま、さか」



その瞬間の大きな瞳がいっぱいに見開かれ、信じられないと口元と手で押さえた
早くその声で名前を呼んで欲しいとガラにもなく焦る気持ちを抑え
フェイタンはとの距離を縮めるかのようにベッドに腰を下ろした
無意識に彷徨うように、まるでフェイタンの存在を確かめるかのように伸ばされたの手を優しく握る



「・・・フェイ、なの・・・っ?」
「やと見つけたね」
「う、そ・・・っ!!フェイなの?本当に、フェイなの?」



目尻に溜まった涙が零れの頬を伝い流れる
フェイタンはそっと指で拭い、未だに信じられず名前を呼び続けるを優しく抱き締めた
自分は本当に此処にいるのだと全身で教えるかのような優しく暖かい温もり
もフェイタンの存在を確かめようと震える腕を背中に回しぎゅっと抱き付いた

ふたりの間にそれ以上の言葉はいらなかった
過去に手放してしまった、いつかの約束をして離れたお互いの温もりをこうして感じる事が出来る
それだけでフェイタンとには十分幸せだった










+++










の記憶は、ゴミ捨て場の中で小さな男の子が手を差し伸べてくれた所から始まる
どうして自分がこんな場所にいるのか、自分の名前も家族の事も何ひとつ覚えていなかった
ただ手に握り締めていた名前の入ったプレート型のネックレスから、自分の名前がだと推測するしかなかった
そこが流星街と呼ばれる、世界から色々な物が捨てられるゴミ捨て場のような場所だと知ったのは、それからすぐの事だった

記憶も何もかも全てを失ったに手を差し伸べてくれた小さな男の子、それがフェイタンだった
貧しく決して良い環境とは呼べないだろう流星街での生活
それでもいつもとフェイタンは共に過ごし、どちらかと言うと危ういをフェイタンが面倒を見ていた
ずっと一緒にいられると疑わなかった日々
でも、別れはある日突然訪れた

   ――― 盗賊になる

フェイタンから聞かされた言葉はに大きな衝撃を与えた
唖然と理解出来ずにいるに、フェイタンは更に追い討ちを掛けるように言葉を繋ぐ



「もうさよならするね」
「・・・な、んで・・・?私が、邪魔になったから!?」
「違うよ」
「じゃあどうして!?」



興奮して声を荒げるに、フェイタンは落ち着かせるように小さな身体を抱き締めた
ぽろぽろと零れ落ちる涙がフェイタンの服にシミを作る



は弱いよ」
「・・・っわかってる!」
「でも、ワタシも弱いね」
「そんな事ないよ!フェイは、強いもん!」
「今のワタシじゃを守れない」



涙でくしゃくしゃになった瞳が揺れる
盗賊になるという事は、殺しも盗みも何だってする事になるだろう
今はまだ先の事などわからないと言っても、フェイタンの中で自分達は必ず大きく成長するだろうという確信があった
そなれば嫌でも自分達は多くの敵を作りそして命を狙われる事にもなるだろう
良い環境だとは言えない今の生活の中でも確かにあったシアワセを、盗賊になった自分の傍にいればはまた失う事になる



「・・・、幸せになて欲しいよ」



今の自分では、己を守りを守る事は不可能だった
出逢ったその日からずっと一緒にいた存在
いつの頃からを愛しいと想うようになり、手放したくないと湧き上がる独占欲
それでも微かな危険分子を残したまま一緒にいる事は出来ないと、フェイタンにとっても辛い選択であった



「・・・っ納得なんて、しない・・・」




離れたくないと言う気持ちをぐっと抑えて、はフェイタンから離れる
今にも零れそうな涙を乱暴に袖で拭って真っ直ぐにフェイタンを見返した



「私は、フェイみたいに、強くなれない」
?」
「だけど、私は・・・っフェイと一緒にいたい・・・」
「・・・」
「今は無理だって言うなら、フェイが私を守れるくらい強くなったら・・・っ絶対、迎に来て・・・」



自分がお荷物になるのは嫌だ
どんなに危険だとわかっていても、自分が我が侭を言い続ければ一緒に連れてって行ってくれるだろうはどこか確信があった
でもそれはいつか自分のせいで大切なフェイタンが傷つく事になる未来を簡単に見せてくれる
自分弱さを知っているは、選びたい選択肢を選ぶ事が出来るほど強くは無かった



「・・・約束するよ。絶対、迎に来るね」
「・・・う、んっ・・・」



この場所でさよならをしようと、は精一杯の笑顔でフェイタンの背中を押す
数歩進み思わずフェイタンが振り返るがは背を向けたままただ遠くを見ていた
ゆっくりと小さくなっていく足音
行かないでと口にしてしまいそうになる気持ちを抑え込んで、零れ落ちる涙だけは赦して欲しいと静かには涙を流した










+++










離れたいた時間は長く、そしてお互いに変わった物はたくさんある
それでも変わらなかった物も確かにあるとフェイタンはの額にそっと唇を落とした



、ワタシは此処にいるね」
「・・・っうん、うん・・・!」



流星街にいると思ったは、本来の記憶を取り戻し本当の両親の元へと戻っていた
数年前にそれを知り、居場所もわかっていたが約束を果たす事に戸惑いを感じた
失った物をやっと取り戻す事の出来たに、闇で生きる自分が逢いに行っても良いのだろうかと自問自答を繰返した
それでもやはり気持ちに嘘は吐けなかった



、ワタシと一緒に来るか?」



答えはわかっているのに聞かずにはいられなかったフェイタンは静かに口にする
涙でくしゃくしゃになった顔に、溢れだした涙が更に頬を伝う
言葉にしたくても口を開けば零れるのは吐息だけ
一緒にいたいと、もう離れたくないと、は大きく頷いてフェイタンの肩に顔を埋めた



「・・・もう、離さないね」



フェイタンは軽くの髪に唇を寄せ、そのまま抱き上げると大きく開いたテラスから外へと飛び出した
待ち焦がれた瞬間
もう、大切な娘と離れる選択肢を選ばなくてもいい
これからはずっと、本当の意味で一緒にいられるのだから

(君の隣で生きている)

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(フェイ大好きだけど話し方むずかしいよね・・・)