悲しい現実に直面した時、人間は意外と冷静でいられるんだと
誰もが唖然とする中でほほぅと口に出した自分は、確かに莫迦だったと思う

ほら、貴方はまたそういう顔をする
いくら莫迦だと、阿呆だと、何やってるんだ、と九郎さんに呆れ怒鳴られてるあたしだって傷つくんですよ?



「・・・あ、あの・・・離しては、いただけないだろうか・・・」
「嫌です」
「・・・っ、殿・・・」



あたしよりも細いんじゃない?と羨ましいくらい、だけど男の人の腕
こんなに儚げで弱々しいのに八葉の誰よりも力があるっていうんだから不思議
腕を掴んだままのあたしをあたふたと戸惑って離れようとするから、余計にちくんっとして力を込める



「敦盛さん」
「な、なんだろうか・・・?」



名前を呼んだだけで怯えられると、女として傷つきます
それをわかって・・・・うん、敦盛さんって絶対に女心というか乙女心がわかってないよね
いやまあ弁慶さんがそれを聞いたら綺麗すぎる笑みで

  ――― おや?乙女、とは僕も初めて知りましたよ

なんて言ってくれるんだろうけど、あたしだって一応は恋する乙女だったりもするんですよ?
初めて逢った時から・・・とは言わない
だって初めて逢った時はホント可愛いなぁとしか思わなかったし
一緒に居るうちに・・・っていうのが正しい



「そんなにあたしと話すのは嫌ですか」
「―― っそんな事は!・・・た、ただ・・・殿があまりにも・・・そ、その・・・」
「あまりにもなんですか?阿呆だからですか?莫迦だからですか?・・・嫌い、だからですか?」



全て当てはまる気がして自分で言った癖に泣けてくる
確かにあたしは莫迦だし阿呆だと思うよ自分でも
初めの頃は、敵と味方の区別がつかなくて撤退の際に間違えて敵さんに紛れて平家の陣に行っちゃって大騒ぎになったし
譲くんと違って料理をしようと思えば何故か出来上がるのは・・・将臣くん曰く生ゴミらしいし
朔ちゃんや望美ちゃんと違って音感ないから舞なんて舞えないし

  ――― ・・・いいとこなし?泣けてくるよ、ホント

それに何よりも、あたしは元々スキンシップが激しい方だと思う
嬉しい事があれば抱き付いちゃうし、人の温もりが好きだから引っ付くのも好きだし
だけどこの時代・・・というかこの世界?は女が簡単に男に触れちゃいけないんだよね
そのお陰で九郎さんには日に何度も怒鳴られる
好きだから触れていたい、と思うわけで敦盛さんに嫌われてもおかしくない・・・んだよね



「・・・あ、あの・・・、殿?」
「・・・なんでしょう」
「だ、大丈夫だろうか・・・?その、顔色が優れないようだが・・・気分でも悪いのでは・・・・」
「大丈夫ですよ。ちょっと自分自身のマイナスな部分にテンション下がっただけですから」
「ま、いなす・・?てん、しょん・・・?殿の世界の言葉というのは、難しい物ばかりなのだな」
「あたしからしたら、この世界の言葉の方が小難しいと思いますけどね」



溜め息ひとつ
そっと掴んだままだった敦盛さんの腕を離せばやっぱりほら、ホッとしたように自分を抱く敦盛さん
ホントに泣けてきそうで、ほんの3m程離れた岩に腰を下ろす



「敦盛さん、ひとつ聞いてもいいですかね」



この際だからハッキリさせてしまおう
答えはわかってる
傷つかない、悲しくない、と言えば嘘になるけど・・・



「そ、その前に殿・・・」
「・・・なんですか?」



よし言おう、と口を開きかけた所に敦盛さんの声
珍しいと思ってしまったあたしはきっと正解
だってあの敦盛さんが、他人の言葉を遮って何かを言うなんて珍しいでしょ?
いつも自分の事は最後に、後に後に・・・って考える人だもん
なんですか?と問いかけたはいいけど、きょろきょろと落ち着かない風な敦盛さん
一体どうしたんだろうと、首を傾げたあたしに敦盛さんは恐る恐るといった感じに小さな巾着のような物をあたしに差し出した



「うん?」
「・・・迷惑かもしれないとは思ったのだが、殿があまりに・・・その、気に入っていたようなので・・・」
「気に入ってたって・・・え?もしかして、市であたしが欲しいって九郎さんに駄々こねてた・・・?」
「私のような者が贈り物などしていい立場ではないのがだ・・・」



まるで捨て犬、だと今の怯えたような敦盛さんを見て思った
立場どうこう言ったら、あたしこそ平家の無官の太夫から贈り物なんて受け取って良いのか・・・って話になるんじゃない?
いやまあ今は平家を捨てた身とは言っても・・・さ
それでも、何だかんだと言っても頬が緩んでしまうのはこの際見逃してください



「・・・受け取っては、もらえないだろうか・・」



はい喜んで!と、どこぞの居酒屋のようなノリで受け取ってしまいたい
だって嬉しいもん
誰だってそうでしょ?
好きな人からのプレゼント、なんて喜んで受け取らない女はいません
だけど・・・



「凄く嬉しいです、敦盛さんからプレゼントが貰えるなんて」
「ぷ、ぷれぜんと・・・?」
「あー・・・えっと、贈り物の事です」
殿の世界ではそう呼ぶのか。やはり私達の世界とは違う、のだな・・・」
「そうですね。贈り物を贈る、その意味も違うと思いますよ?」
「え?それは、どういう・・・殿!?」



ひょいっと敦盛さんの手からそれを奪い取る
浮かべるのはニヤッと、悪巧み





「あたしの世界では、飴を異性に贈るのは求婚の証・・・なんですよ?」

「――― ・・・っ!!!」





予想通り驚いた顔の敦盛さん
くすくすと笑って、たんっと岩から下りて敦盛さんに近づく



「あたしは受け取っちゃいましたけど、責任とってくれますか?」



意地悪な質問
敦盛さんの答えはわかってる
自分が怨霊だと、いつも自分を出さず先を見ない敦盛さんが責任を取るなんて言うわけがない
うん、わかってたのに・・・





「・・・っ殿は、嬉しいと仰ったが・・・そ、それは・・・承諾したという、事なのだろうか・・・・?」


「・・・・・え?」





思いもよらない返事にぽかんっと開いた口が塞がらない
ジッと敦盛さんを見れば、俯きさらりっと流れる髪の隙間からほんのり赤くなった首筋
真っ白になった頭の中
ぽけっと敦盛さんを見つめれば、ゆっくりと顔を上げた赤くそまった敦盛さんを目が合う



「・・・あ、うん」



無意識に出たのは肯定の言葉
瞬間、敦盛さんが今までにないくらい驚いたように目を見開いて
それ以上に今まで見たことないくらい、綺麗に笑みを浮かべた
その笑みに見惚れてしまったあたしは、きっと間違いじゃない



「・・・」
「・・・」



  ――― ・・・お、落ち着け!!求婚ってのは嘘だけど、え?なんで敦盛さん、嬉しそうにそんな綺麗な笑み浮かべちゃうの!?

普段の敦盛さんならここは否定というか、自分を卑下した言い方で乗り切るところでしょ?
なんでこんな話の展開になる?
夢?あたしは夢を見てる・・・?



「・・・、殿・・・?」



名前を呼ばれてハッとなる
ぱしぱしと瞬きして、それでもまとまらない思考



「・・・敦盛さん、抱きついてもいいですか」
「っ殿!?」



答を聞く前にたたっと距離を詰めてそのままひたっと抱きついた
いつもと同じ
ひんやりとする体温とは呼べないけど、それでも敦盛さんの温もり
だけど、いつもと違うことがひとつ



「・・・敦盛さんが大好きですっ」



たどたどしく、背中に回された腕が嬉しくて
小さく名前を呼んでくれた事が嬉しくて


  ――― 夢でもいいや


そう、思えた

(飴玉ひとつ)

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(めんこいなぁ・・・)