先程から気になる事がある
景時殿の屋敷に帰って来てから、ずっと何かを考えるように庭に座り込む殿
風にあたろうかと屋根の上へと上がった私から丁度見える位置に座り込む殿は表情さえ見えないが、どこかいつもと違うと私は思う
「?」
ふと聞える九郎殿の声
不思議そうに殿の名を呼び、視界に九郎殿の姿が映り込む
殿はちらっと九郎殿を見上げただけですぐに俯いてしまった
「どうしたんだ?帰って来てから変だぞ」
「変なのはいつもの事です」
心配そうに声をかける九郎殿の声に一言だけ、そう返しそれ以上殿は口を開かない
何度も話しかけていた九郎殿もさすがに何も言わない殿に諦めたように屋敷の中へと入っていく
そんな九郎殿と入れ違いのように次に視界に映り込んだのは弁慶殿だった
「さん、九郎が心配していますよ?何があったのか、言いたくないのなら聞きませんから中に入ってください」
「放って置いてください」
「放って置けるわけがないでしょう?ほら、中に入りましょう?」
「嘘っぽい笑顔は嫌いだっちゃ」
「・・・さん、僕に喧嘩を売ってるんですか?」
九郎殿が弁慶殿に助けを求めたのだろう
しかしそれでも殿は動こうとはせず、ただ足元をジッと見つめたまま
弁慶殿が差し出した手をパシッと軽くだろうが叩いてぷいっと顔を逸らした
困ったように微笑む弁慶殿は、自分が羽織っていた外套をそっと殿の肩にかけ屋敷の中へと戻っていく
「・・・はぁ」
弁慶殿の姿が消えてから、殿の重い溜め息が耳に届く
一体どうしたのだろう
いつも笑みを絶やさず、私達を支えてくれている殿とは全くの別人のような殿
九郎殿が言ったように何かあったのだろうか
そう思い思い返して見るが、浮かぶのは殿の笑顔ばかり
心情が素直に表に出る神子とは違い、隠してしまう殿の事だ
もしかしたら私達が気づかない何かがあったのかもしれない
「・・・・」
ふっと腰を上げようとして私はふるふると首を振った
普段仲の良い九郎殿や弁慶殿が声をかけても何も言わなかったのだ
逢ったばかりの私が声をかけたところで、逆に殿に気を使わせてしまうだろう
無意識に手首にある鎖を握り、私はもう一度殿を見た
「・・・あたしじゃ、無理、なのかなぁ」
ぽつり、と呟いた言葉に私は首を傾げた
そして
「・・・・傍に、いたいだけなのになぁ」
想い人の事を考えているのだろう事はすぐにわかった
それが誰なのか私にはわかるわけもないが、ちくり、と何故か胸が痛んだ
ぽつりと漏らしたその声が余りにも儚げで私は思わず屋根から降りてしまった
「敦盛、さん・・・?」
気配か、それとも降りた時の微かな音なのか、気づいた殿が少し驚いたようにこちらを向いた
名を呼ばれ降りたはいいがどうしていいかわからず視線を逸らした私に、殿はいつもと変わらない優しい声でもう一度私の名を呼んだ
「敦盛さん、日向ぼっこですか?」
「・・・風に、あたりたくなったので屋根の上にいたのだが」
「屋根の上ですか。ふむ、屋根の上も気持ち良さそうですね」
「その、殿・・・」
「はい?」
私のような者が言ってもいいのだろうか
迷った末に、私は遠慮がちに問いかける
「・・・その、元気がないようだが・・・何か、あったのだろうか?」
「え?」
「溜め込むのは、よくないと、思う。人に話す事で、楽になる事もあると・・・そう、言ってくれたのは殿だ」
「・・・敦盛さん」
「殿、あなたを見ていると・・・皆笑顔になる、と私は思う。だから、いつでも・・・笑顔で、居て欲しいと思う」
「・・・」
「九郎殿や弁慶殿は、あなたをとても心配していた。・・・他の者には話せなくとも、あの2人には話せないのだろうか?」
殿が特に、九郎殿と弁慶殿と仲が良いのは皆が知っている事
話す事で楽になれる事もあると教えてくれたのは殿だ
黙ってしまった殿に、やはり私の様な者が言うべきではなかったと謝りの言葉を口にしようと口を開きかけた
「あの、殿・・・」
「皆が笑顔で居てくれるのは、嬉しいです。雰囲気が少しでも良くなれば、って思ってますから」
立ち上がり、木の根元に座りなおした殿に呼ばれ
私は少し殿と距離を空け腰を下ろした
「・・・だけど、本当に笑顔で居て欲しいのは1人だけなんですよ」
「1人、だけとは・・・」
「その人が笑顔で居てくれたら、それだけで十分なんです。それだけで、あたしも笑顔になれますから」
「・・・殿は、その者を心から想っているのだな」
殿がそれほどまでに想う相手
殿はハッとしたように少し目を見開き、その後すぐに悲しそうに笑った
「殿?」
「・・・傍に居てくれるだけで、良いんですけどね。その人は、あたしに近づいてはくれませんから」
「近づいてはくれぬ、とは・・・遠く離れているのだろうか?」
「近くにはいますよ。八葉、ですから」
それでも、その人はあたしとは遠く離れているんです
そう言う殿に私は首を傾げた
神子同様に皆から気に入られている殿に、その様な態度を示している者などいるだろうか?
常に人に囲まれている殿しか思い浮かばず私は次の言葉を待った
「優しすぎる、んですよね。自分の事よりもずっと、人の事を考えてばっかりで・・・もっと、ワガママになってもいいのに」
「・・・」
「立場とか、境遇とか、捨てられないものもあるのはわかるんです。だけど、近づきたいと思っても逃げられたらさすがに・・・傷つき、ますよ」
「・・・殿、考えすぎではないだろうか」
「考えすぎ、ですか?」
「あぁ」
思い浮かぶ人物は1人しかいない
やはり、と思うと同時にまた胸がちくり、と痛んだ
近づいてはくれぬとは気持ちの問題だと、そう考えれば辻褄が合う
「その、私が言うのもなんだが・・・」
「なんですか?」
「・・・殿も、欲しい物は欲しいと口に出しても良いと思う」
「そんなに我慢してるように見えますか?」
「見える、というか・・・殿の気持ちを、無下に扱うような事はしない、と思う」
「・・・そう、ですかね」
人に想われ嫌な気持ちになる者などいない
受け取る、受け取らない、は別としても殿の気持ちはきっと届くと思う
2人が並び立つ姿を想像し、やはりちくり、と胸が痛んだ
「・・・敦盛さん」
「な、なんだろうか」
「隣に座ってもいいですか?」
「、殿?」
すすっと私の返事を待たず、あたふたとする私を横目に隣へと移動した殿
どうしたらいいのかわからず半ば固まってしまった私に、殿は笑みを浮かべたまま私を見上げた
「欲しい物、欲しいって言っても良いと思いますか?」
「あ、あぁ・・・私は、そう思う」
いつもよりずっと近い距離
心臓がとくんっ、と高鳴った
「敦盛さん」
呼ばれた名が、まるで自分の名ではないように聞えたのは気のせいだろうか
見慣れた筈のその笑みが、まるで別人のように見えたのは気のせいだろうか
「傍に、いてもいいですか?」
笑みの中に不安が混じる
言われた言葉の意味を理解するのにたいぶ時間を要した
意味を理解した瞬間、カッと顔に熱が集まる
「え、、殿・・・そ、れは・・・・」
「あたしは敦盛さんの傍にいたいです。・・・あたしは、敦盛さんが好きです」
「・・・っっ」
そんなわけないと、信じられず口元を手で覆った
何を言ったら良いのかわからず何も言わない私に、殿の表情が曇る
何か言わなくては
そう思っても言葉が出てこない
「敦盛さんにとって、迷惑かもしれない。何度も諦めようって思いました。・・・だけど、やっぱり駄目ですね」
「・・・」
「全てが終われば、あたしは元の世界に帰ります。こっちにも大切なものはあるけど、やっぱり家族を捨てられないから・・・」
「・・・」
「偽りでもいい、それまで・・・傍に居てくれませんか?」
偽りでもいい、そう言った殿は自身の言葉に傷ついているように見えた
全てが終われば帰ると、そう言った言葉はきっと本心だろう
自分を産み育ててくれた家族を捨てられぬ、それは優しい殿ならばわかっていた
「・・・、殿」
「めちゃくちゃな事言ってるのはわかってます。自分勝手だって、だけど・・・それでも好き、なんです」
どうして、私なのだろう
そう思わずにはいられなかった
「・・・殿、あなたは・・・私が、人ではないと知っているはず」
「好きになった相手が、敦盛さんが怨霊だった、ってだけで何も変わりません」
「殿・・・」
「時間が限られてるとか、人じゃないからとか、そんな逃げ道はあげませんよっ?」
「・・・っ」
人ではない私はいつまでこの姿を保っていられるかわからない
最後まで共に、皆と歩いて行きたいと思う
しかしその願いはいつまで持つか、私自身にもわからない
人ではない私が誰かの傍に、人に与えられるものなどない
悲しませてしまうだけだ
「・・・殿、私はあなたを悲しませるだけの存在だ」
「そんな事、ない・・・っ」
「いつ、この姿を保つ事が出来なくなりあなたを・・・仲間を、襲うかもしれない」
「・・・敦盛さんはそんな事しない」
「殿?」
今までとは違い、明らかにハッキリした物言いに私は首を傾げた
真っ直ぐに私を見据え殿は口を開く
「敦盛さんは優しいから、仲間を傷つける前に・・・自分を傷つけるでしょう?」
「――― っそれ、は・・・」
「知ってます。ずっと、見てましたから。・・・敦盛さんが、自我を失いそうになる度に自分を傷つけてる事」
「、殿・・・っ私に触れては駄目だ!」
触れられた腕が熱を持つ
殿は私の制止の声も聞かず、手首からゆっくりと上にあがり二の腕の辺りでぴたりと動きを止めた
別の意味で熱を持っていたその場所が、殿に触れられ更に熱を増す
「・・・望美みたいに、敦盛さんの苦しみを和らげてあげる事は出来ません」
ぽつり、と私の手に落ちてきた水滴に私は目を見開いた
「・・・っでも、それでも傍にいたい」
どうしたらいいのかわからない
ヒノエや弁慶殿なら優しく慰める事が出来るだろう
私の腕に触れたまま静かに涙を流す殿
私を、人ではない私を好きだと言ってくれた
いつ消えてなくなるか判らない、本来ならば処分される身の私を、偽りでもいいと言ってくれた
――― ・・・あぁ、愛しいと思う事すら私には許されないのだろうか
名を呼んで、震える手で殿の手に触れる
弾かれたように顔を上げた殿と目が合い、逸らしたくなる気持ちをぐっと抑えてそっと自分よりもずっと小さな手を握った
「・・・敦盛、さん?」
「今は・・・これで、許してはもらえないだろうか・・・?」
「え?」
「そ、その・・・私は、あなたを・・・悲しませたくはない。・・・しかし、私が共にいる事で笑顔になれるのなら、傍に、いたいと・・・そう、思う」
「敦盛さん・・・」
耐え切れず視線を逸らした私に、喜びの声色が届く
繋がれた手を握り返され今更ながらに自分のした事に気付き、カッと熱が集まる
ちらりと見えた殿が、涙の痕が残っているが笑顔で私の名を呼ぶ
「敦盛さん、温かいですね」
繋がれた手から伝わる温もりに
いつもよりずっと近い距離にある殿の笑顔に
自然と頬が緩み、この手を離したくはないと、そう、思ってしまった
(繋いだ手の温もり)
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(敦盛さん可愛いなぁ・・・)