変える事は出来なくても
救う事は出来なくても
時間稼ぎくらいなら出来ると、そう思った

旅禍進入騒ぎで緊急で行われた隊首会が終わりを告げたのを見計らって
私は霊圧で押し潰されそうな重い扉を開けた



「六番隊四席、・・・失礼します」



誰もが驚いた顔をする中、私は真っ直ぐに目的の人の前まで歩く
さすがは隊長格が集まっているだけあって身体にかかる霊圧が半端ない
四席の地位を頂いたからといってその霊圧は私を押し潰そうとする

   ―――・・・目的を忘れるな

自分に言い聞かせるように掌をギュッと握って
無表情で見下ろす貴方に向かって、私は静かに口を開いた



「朽木隊長、少しで良いのでお時間頂けますか?」



声が震えた気がした
私を見下ろす朽木隊長は、小さく、短く了解の言葉



「行くぞ」



先に出て行った朽木隊長の後姿を少しだけ見つめて
小さく深呼吸して、私は山元総隊長へと一度向き直った



「終っていたとはいえ、突然の乱入失礼致しました」
「気にするでない。朽木に用があったのじゃろう? ――― ・・・急を要する、用がのぅ」



山元総隊長の顔は何処までも真剣で
だけど、全てを見透かされてる気がして
言葉は出さずに一礼してから身体を反転させた



「――― ・・・



扉の外へ左足を出した瞬間かかる声
振り向かずに言葉を待つ

いや、本当は振り向けなかった

どうして・・・
何故・・・

振り向けば、涙が零れ、そして吐き出す言葉達を止める術を持っていないから
山元総隊長は何も悪くない
判っているからこそ、振り向けなかった



「・・・お主は、六番隊四席で間違いなかったかのぅ?」



問われた言葉に
あぁ、この人は気づいているんだ・・・と思った
きっと私の答えも判っているんだろう





「私は六番隊四席で間違いありません。 ―――― ・・・今までも、これからも、朽木隊長をお慕いする気持ちに嘘偽りはありません」





山元総隊長の言葉を聞く前に、私は朽木隊長の霊圧を追ってその場から去った
心臓が破裂するんじゃないかって程煩い
それは、だんだんと近づく朽木隊長の霊圧を感じて更に速度を増した










+++










朽木隊長の姿を見つけ、私は少し距離を置いて立ち止まる
こちらに背を向けていた朽木隊長は優雅な動作で振り返る



「朽木隊長、ひとつお聞きしたい事があります」



朽木隊長が尋ねる前に口を開く
声を聞いたら、決意が鈍ってしまう気がした
時間はないんだ・・・



「朽木隊長は、ルキアを ――― ・・・ご自分の妹を、大切だと思っていますか?」



愚問だと笑うだろうか
くだらない、と吐き捨てるだろうか

表情を変えない朽木隊長の心を読む事は出来ない
だからこそ、朽木隊長の口から聞きたかった



「・・・くだらぬ」



返ってきた言葉は予想できたもので
だけど、此処で引き下がるわけには行かない



「朽木隊長、私が初の現世任務に赴く前にしてくださった約束を覚えていますか?」
「・・・ひとつ、願いを叶えるという約束の事か」
「はい。今までずっと引き伸ばしてきましたが、今使わせていただきます」



覚えていてくれた事に
少しだけ、硬くなった身体から力が抜けた



「正直に答えてください。ルキアを、少しでも大切だと ――――― ・・・妹だと、思っていますか?」



表情を変える事が滅多になく、妹として迎えたルキアの処刑宣告に対しても淡々としていたのは誰もが知っている
恋次だってこの事には不満があるし
それは恋次だけじゃなく、ルキアを知っている者なら誰もが漏らした不満

だけど、ルキアの処刑が決まってからの朽木隊長はいつにも増して難しそうな顔をしていた
それが私の気のせいかもしれない
長い年月を朽木隊長と共にしたわけではない

だけど、私の直感が言ってる

それを確かめるためにも
朽木隊長の口から、ほんの少しでもその感情が読み取れるなら・・・



「答えてください、朽木隊長」



真っ直ぐに絡んだ視線はお互いに逸らさない
逸らしたくなるけれど、逸らしたら負けだと思う

答えを聞きたい

だけど、聞いてしまったら私は・・・





「・・・四十六室の下した決定は覆す事など出来ぬ」





私のぶつけた質問の答えにはなっていない
私は、ルキアをどう思っているか聞いたんだから

だけど・・・ ―――――





「・・・その言葉だけで、十分です」





私は此処に来て初めて笑った
そんな私を見て、朽木隊長は眉間に皺を寄せた

朽木隊長の言葉が、私にはどうしよもないと聞こえたから
どうにかしたくても
自分には何も出来ないと

そう、聞こえたから

はっきりと望む答えを聞けたわけではないけれど
それだけで十分だった



「朽木隊長」
「なんだ?」
「私は、朽木隊長の事が何よりも大切です」



微かに目を見開く朽木隊長に一歩一歩近づく



「尸魂界と朽木隊長、どちらかと問われれば、私は迷う事無く朽木隊長を選びます」
「・・・」
「何を捨ててでも、朽木隊長が大切で、朽木隊長には私の前を歩いていて欲しいと思っています」



後一歩で距離はゼロになる





「朽木隊長の事が、私は誰よりも好きです」





飾った言葉なんて知らない
もっと、他に言い方があるだろって恋次に聞かれたらからかわれるかもしれない

だけど

これが、私の正直な気持ち





最後に、伝えたかった想い





ちゃんと笑えている自信はあった

ずっと、言いたかった想いで

ずっと、言えなかった想い

伝えられる事
伝えられるきっかけが出来た事

こんな形だけど

伝えられてよかった、と思うから





「・・・身体を冷やすな、と何度も申した筈だ」




この場に似合わない言葉と共に冷たい風に晒されていた首に熱
ふわりと、首に巻かれたのは朽木隊長のマフラー
見上げればやっぱり無表情な朽木隊長



「ありがとうございます」



朽木隊長の温もりが残るマフラーを右手でギュッと握って
精一杯の笑みを浮かべて





「・・・朽木隊長は、朽木隊長の道を行って下さい」





きっと、この言葉を聞けば判ってしまうだろう
だけどもう覚悟は決まったから

もう、後戻りはしないから





「朽木隊長に迷いがあるのなら、私はその迷いを受け継ぎます」





どちらか、選べないで居るのなら
朽木隊長が、護廷十三隊の六番隊隊長としての自分を捨てきることが出来ないのなら





「私は、朽木隊長が進む道にある不安要素を全て引き受けます」





私にとって朽木隊長は、何者にも変えられない程大切な人だから
その背中が好きだから
貴方の傍に居たいと思うから





「朽木隊長 ―――――・・・今度、ルキアに会う時は素直に言葉をかけてあげてください」





貴方の、少しでも役に立ちたいと思うから

精一杯に笑って
私は、身体を反転させた






「・・・






背後にかかる声に、地を蹴ろうとした足が止まる





「・・・私の返事を聞かぬのか」





静かに囁かれた言葉は麻薬
私の動きを止め、貴方へと引き寄せる


だけど、ぐっと握った手に力を入れた





「・・・いつか、聞かせてください」





答えが聞けない事は判ってる

きっと、それは朽木隊長も気づいてる事

答えを聞いたら、きっと私の決意は鈍ってしまうから


だから、聞かずに行こう


軽く地を蹴って

頬を伝う冷たいモノを袖で乱暴に擦って


向かうのは、旅禍の居るだろうその場所

(行く先をてらす光りに)

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(ホント、置鮎さんの朽木さんは大好きだ!)