机に向かい雑務をこなしていれば、執務室から顔を出して私を呼ぶ乱菊の声
顔を上げて居る事を示せば途端に笑顔になる

――― ・・・また、か

隊長の呼び出しを断る術を持っていない私は片手を上げて了解の合図
それを見た乱菊が満足そうに執務室へ消えていくのを見て
隊長に持っていける書類を手に私はスッと立ち上がった



「第三席、入ります」



暴れそうになる心臓を押さえて
大丈夫、大丈夫、と呪文のように心の中で唱えて
自分よりも上の霊圧を持った人物がいる執務室の扉を開けた



「悪ぃな、仕事中に呼び出して」



窓際の机に座る日番谷隊長の言葉が一番に耳に入る
これも呼び出された時には必ず言われる言葉



「いえ、これも仕事の内なので気になさらないで下さい」



――― ・・・そうか

そんな日番谷隊長の低い声が返って来るこのやり取りも毎度の事
今日もきっと何処かの隊へ書類を届けるのだろう



「隊長、ちょっと吉良の所に行ってきますねぇ!」
「お前は仕事をしろ!!どれだけ書類を溜めれば気が済むんだ!!」
「だってぇ、こぅ・・・駄目なんですよ。昼間は集中力が持たないみたいでぇ」
「お前の集中力は昼夜問わず続かねぇだろ!!」
「って事で、いってきまぁ〜す!」
「お、おい!松本!!!」



こんなやり取りを聞くのも毎度の事
乱菊が執務室を出て行く瞬間、私に向かってウィンクをする
その意味が判っていないわけじゃない
わざわざ私が此処に呼ばれる度に何処かへ行くのも

――― ・・・日番谷隊長を想う私に、少しでもチャンスをくれる為

乱菊とは真央霊術院からの同期で、一番長く居る友達であって親友
私の気持ちはすぐに気づかれてしまった
元々乱菊には騙しとおせないだろうとは思っていたけれど、協力をすると言われた時にはさすがに驚いた



「悪ぃが、この書類を六番隊に持って行ってくれるか?」
「朽木隊長に直接の方がよろしいですか?」
「いや、俺もわかんねぇんだよ」



だって日番谷隊長は・・・



「雛森の奴がさっき此処にきて忘れてったんだ。あいつの頭にはもうねぇだろうから、変わりに届けて欲しいんだ」



日番谷隊長の想い人は、五番隊副隊長の雛森桃
幼馴染で何よりも大切な人

――― ・・・判っていたけど、日番谷隊長の口から雛森副隊長の名前を聞くだけで痛い

だけどそれを顔に出す事も
言葉に出す事も
何も出来ない私は、ただ笑って書類を受け取る



「判りました。内容が判らない以上、朽木隊長に直接渡してきます」
「あぁ、頼む」



日番谷隊長が異例なスピードで隊長になったのは雛森副隊長を守りたいから
その噂は護廷十三隊じゃなくても誰もが知っている事
現に、普段は殆ど感情を表情に出さない日番谷隊長だけれど
雛森副隊長の事になると我を忘れる

――― ・・・そこまで想われている雛森副隊長が羨ましいと想うけれど、仕方ないとも思う

隊長になるには、いくら天才児と言われていても容易い事じゃない
それ相応の努力と犠牲が伴う
それを短期間でやり遂げてしまった日番谷隊長の
雛森副隊長を想う気持ちは想像出来ないほど大きなモノだって思うから

――― ・・・後から知り合った私がどうにか出来るモノじゃない

判っているから
だから、せめて傍に居たいと
少しでも力になりたいと
十番隊に移動になってからは必死になって、地位を確実に自分のものにしてきたつもり
十番隊第三席という、日番谷隊長の傍に居られる場所は私だけだから
それだけで十分幸せだって思いたい



「他に届ける書類などはありますか?」
「・・・」
「?・・・日番谷隊長?」
「あ、あぁ。それだけだ。そのまま直帰していいぜ」
「判りました。では、失礼しました」



珍しくボーッとしていた日番谷隊長が気になるけど
そんな日番谷隊長にかける言葉を持っていない私は、一礼してから執務室を出た






+++





「十番隊ですけど、朽木隊長はいます?」
さん、こんにちわ!隊長なら奥に居ると思いますよ」
「こんにちわ。ん、ありがとう」



何度か言葉を交わした事のある隊員の人にお礼を言って奥に進む
霊圧を探れば確かに朽木隊長の霊圧
だけど、いつも一緒に居る筈の阿散井君の霊圧がなかった



「十番隊第三席です。入っても宜しいですか?」
「あぁ」



相変らず低い声の朽木隊長
扉を開ければ、十番隊の執務室とは違って書類も散らばっておらず相変らず綺麗
まあ、うちの隊に限っては乱菊のサボり癖&逃亡癖のせいなのだけど・・・



「朽木隊長、五番隊からの書類をお持ちしました」
「五番隊?」
「五番隊のみなさんが忙しいようなので、私が変わりにお持ちしました」



此処で雛森副隊長が・・・と言えたらどんなに楽なんだろう
そうすれば雛森副隊長の評判は悪くなる
だけど、それと言った事で日番谷隊長からの信用を失くすのは嫌だ

――― ・・・それに、雛森副隊長を憎む事は出来ない私がいる

ちょっと天然ぽくて、ミスをしたりドジをしたりするけれど
一生懸命な姿は誰が見ても可愛いと思う
それは、同姓である私からしても変わらない



「それでは、失礼しま ――――」
「待て」
「何か?」



くるりと方向転換をしようとした私を呼び止めたのは他でもない朽木隊長
振り向いて首をかしげれば、さっきまでの無表情な朽木隊長はそこには居なかった



、疲れているのではないか?」



仕事中の口調とは違う、優しげな声色
それが合図になったかのように、私もピンッと伸ばしていた背筋を解いた



「乱菊のお陰で書類溜まっちゃって、残業ばっかだからかな?だけど大丈夫だよ」
「それだけには見えぬ」
「何もないよー?本当、書類と睨めっこにいい加減に飽きただけだって」
「相変らず嘘が下手だな。何があった?」



夕日を背に、心配そうに訊ねる姿が余りにも似合っていて
本当はシリアスな場面だと判っていながらも、何故か口から漏れたのは笑い声だった



「・・・何がおかしいと言うのだ」
「あははっ!だ、だって・・・っ・・・バックに夕日とか、似合いすぎっっ!!」
「そこは笑うところではないだろう」
「だって・・・っ・・・ぶっ・・・あははっ!!」



私が笑い始めたのを見て、溜め息を付きながら此方へと歩いてくる
未だに笑い続ける私の頭にぽむっと大きな手
そこから伝わる優しくて暖かい温もりに、私の笑いはだんだんと止まっていく



「笑えるのなら、まだ大丈夫なのだな」
「・・・ん、大丈夫だよ?心配しすぎだってば」
「3ヶ月ほど前、大丈夫だと申して続け倒れたのは誰だ?」
「・・・だ、誰だろう・・・?」
「私を怒らせたいのか?」
「・・・すみません」



少しだけ上がった霊圧を感じ取って素直にごめんなさい
だけど、嫌な気分にはならない
私を心配してくれてると、言葉や行動からちゃんと伝わってくるから





「ありがとう ―――――・・・白哉」





コテッと、背の高い白哉の胸に額を預ける
上から呆れたような溜め息が降ってくるけど、身体に回された腕は確かに暖かくて
とくん、とくん、と聞こえてくる白哉の心臓の音が私を落ち着かせてくれる

――― ・・・唯一、私の気持ちを全て知っている白哉の傍はとても落ち着ける

日番谷隊長への想いが、今は辛いと言う気持ちが大きい事
頭では諦めているけれど心は理解してくれない


雛森副隊長の名前が出るだけで心が痛い

雛森副隊長と日番谷隊長が一緒に居る姿を見るだけで崩れそうになる


日番谷隊長を想うだけで、心が押し潰されそうになる


いっその事、この想いを伝えてしまおうと何度考えたか判らない
全てぶちまけてしまえば楽になるのだろうか
何も変わらないと判ってはいるけれど、少しでも辛さはなくなるのだろうか


気づいて欲しいと願った事もある
嘘で良いから、幻でもいいから

――― ・・・名前を呼んで欲しいと

だけれど、どこかでそれを恐れている自分



「それ程までに、あの男を好いているのか?」



どうしたらいいのか
自分はどうしたいのか
判らずに、どんどんと逃げ出せずに深みにはまっていくこの想い



「それ程までに悩み苦しむ程、想いは深いのか?」



いっその事捨てられたら
日番谷隊長ではなく



「・・・私では、駄目なのか?」



この、優しい腕に全てを預ける事が出来たら
私の駄目な所も
どうしよもない所も
呆れる程の所も
全てを、愛しいと言ってくれる白哉



「・・・白哉の気持ち、知ってて甘えてるような女だよ?」
「理由はどうあれ、こうして頼って来てくれる事が私は嬉しいと思っている」
「利用してるんだよ?」
「私の望んだ事だ」
「・・・白哉、優しすぎだよ・・・っ」



その優しさに甘えている私は最低だ
甘えて
利用して
逃げ場にして

白哉の気持ちを受け取る事なんて出来やしないのに・・・

離れなくちゃいけないと
甘えてはいけないと
判っていても、辛さから逃げるように白哉の手を振り払えない私は


日番谷隊長に、想いを伝える資格さえない


この想いは、きっと思い出に変わるまで閉じ込めなければいけない想い


いつか、消える事を願う


白哉に甘え、利用してきた私への罰だと


そう、思う・・・

(届かない愛と知っていた)

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(冬獅郎というより朽木隊長夢な感じ?)