寿命をギリギリと縮めて、何とか不参加という獲物を手に入れた数日前
プレゼントは何にしようかとか、どこへ行こうかとか、ずっと前から考えていた計画
その日が近づくにつれてウキウキしてすげぇ楽しみにしてた
――― 赤也!あのね、あのね!・・・仁王先輩がね、俺も好きだって言ってくれた!!
ガキの頃からずっと好きだった幼馴染が
それはもう見てるこっちが恥ずかしくなるくらい顔を赤くして、嬉し泣きしながらそう言った
一緒に喜ぶ事も出来ず、俺は全てを失った気がした
「俺が好きだって知ってるのに、ヒドイと思いません!?」
「ちょっ、近い!」
「仁王先輩が好きな事も、アイツを好きな事も、俺はなぁんにも聞かされてなかったんスよ!?」
「あたしに言うな!」
「好きになるなって言うわけじゃないっスよ!?だけど!!・・・ちょっと、どこ行くんスか!」
ソファーから、っていうか俺から?逃げようとする先輩の腕をぐいっと掴んで
ふぎゃっと変な声を上げた先輩と俺と向き合うように座らせる
「話くらい聞いて下さいよ!仁王先輩、ヒドイと思いませんか!!」
「あたしはアンタの無神経さがヒドイと思うんだけど!!」
掴んだ腕をパシッと振り払われる
無神経と言われた事にムカッとして立ち上がる先輩を睨む
「俺のどこが無神経って言うんスか!」
「振った女の所に、振られたからってクリスマス当日に押しかけるそういう所だっつーの!!」
「っう、あ・・・そ、それは・・・!」
それを言われた瞬間立場が入れ替わる
俺を見下ろすように睨みつける先輩に、俺はサッと視線を逸らして無意味に顔の前で手を仰いだ
どんなに言い訳をしても振った相手の所に押しかけたのは事実
――― 切原のバカみたいに真っ直ぐで素直なとこ、あたし好きだよ
忘れる筈もない
何でテニス部と関係ない三年と仲が良いのか、それを聞かれる事が増えた頃に先輩から告げられた告白
他の女とは違って、媚びるわけでも可愛子ぶるわけでもなくて、真っ直ぐに飾らない言葉
冗談だと思ったけどそれも一瞬
「振られたからって恨んでるわけじゃないよ?・・・だけど、今の切原を純粋に慰めるられるほど、あたし大人じゃないから」
「・・・っ・・・俺、帰るっス」
「ん、ごめんね」
「先輩は悪くないっスよ!・・・俺が、悪いっスから」
玄関まで送ってくれた先輩に謝ろうとしたけど口を噤む
それはもっと先輩を傷つけるだけだと思った
お邪魔しました、それだけ言って背を向ける
今から家に戻るわけにはいかない
クリスマスだからと泊まりで出掛けた両親の隙に姉貴が男を連れ込んでる
だからってツレはみんな彼女持ちだし、今更テニス部のパーティーになんて行けるわけがない
「・・・」
先輩はどんな気持ちで、突然押しかけた俺を入れてくれたんだろう
あの時の俺はそんな事すら考えてなかった
ただ、クリスマスパーティーにアイツも参加するって聞いて兎に角混乱してた
「・・・あー、何やってんだろ俺・・・最低じゃん・・・」
忘れてたわけじゃない
だけど、いつもの調子で甘えた俺の行動は絶対先輩を傷つけた
もしかしたら今頃泣いてるかもしれない
そう思うと胸が痛くて、だけど俺には何も出来ないんだって思うと、もっと胸が痛かった
+++
切原の背中が見た事ないくらい小さくて、伸ばしかけた手をぐっと我慢した
こんなに寒い日にマフラーも手袋もしてない
家が近いのかどうか知らないけど、マフラーくらい貸してあげればよかった
「・・・あぁもう!なっんであたしのとこ、来るかな・・・」
切原に悪気がない事はわかってる
きっといつもの調子で話を聞いてもらいたくて、何も考えずにあたしの所に来たんだって
嬉しいけど喜べない矛盾
あの幼馴染が仁王と付き合った事そのものには本気で驚いたけど、ほんの少し仁王に殺意を覚えたけど
それをあたしに言われてもどうにも出来ないし、いつもみたいに話を聞いてあげる事も
その話題に関しては無理だよ
「・・・まだ、好きなんだっつーの・・・ばーか」
ソファーに横になってクッションをギュッと抱き締める
無神経な行動を無意識にしちゃう切原
憎めれば楽なのに、憎めない自分に溜め息が零れる
好きになったのはいつの間にか
先輩!って呼びながら懐く切原は可愛いと思ってたけど、まさかそれが恋に変わるとは自分でも驚いた
切原が幼馴染を好きだって事はその前から知ってたし
絶対にないと思ってただけに驚いて、だから逆にスラッと告白できたと思う
望みはないってわかってた告白
辛くない、悲しくない、そう言うわけじゃないけど、言えた事にあたしは満足してる
いつかこの気持ちが後輩へ向けるものへと変わる
それまでは、ちゃんと良い先輩で居たいんだよ
ピリリ♪ ピリリ♪ ピリリ♪
テーブルの上に放置してた携帯が鳴る
動くのも面倒で精一杯腕を伸ばして手に取れば、表示されたのは珍しい名前だった
「もしもーし?」
『さん?メリークリスマス、ごめんね急に』
「メリクリ!んーん、別に良いけど、どうしたの?」
『ちょっと聞きたいんだけど ――― 』
いつだって切原は素直で真っ直ぐで、感情をストレートに表に出す事が出来る
簡単なようで難しい事だと思う
子供っぽいって言われる事もあるみたいで不満な顔するけど、それって凄い事なんだよ
+++
ファミレスか漫画喫茶で時間を潰そうと思った
だけど悲しいかな、俺の財布は吹き抜ける夜風に負けないくらい寂しい
それに、一人でいる先輩の事を考えると賑やかな場所に行く気にはなれない
泣いてるかもって思うと気になって、だけどそれは俺のせいで
あの日の放課後
先輩からの告白に俺はすぐに答える事が出来なかった
あの時答えに迷ったのは、先輩に好きだって言われて純粋に嬉しかったから
いつだって先輩は俺の話を聞いてくれて、俺が呼べば手を止めて俺を見てくれた
重たい辞書は借りればいいと、ジャッカル先輩の教室に足を運んだのが切っ掛け
ジャッカル先輩と仲が良い先輩と仲良くなるのに時間は掛からなかった
先輩の事が好きかって聞かれたら好きだ
前の週の祝日だと勘違いして放課後にふらっと学校に来るとこなんて可愛いと思う
苦手だという部長にどうしても渡さなきゃいけないプリントがあるって、初めてテニスコートに来た時
直接話すのがイヤらしく、わざわざ平部員から渡した先輩の名前が伝わらないように伝言ゲームみたいにプリントが回ってきた事もあった
しっかりしてて姉御肌なのに、時々やらかす奇妙な行動が面白いし危なっかしいって思う時もある
たぶん、俺の中で先輩って存在は、アイツと同じくらいデカイ
だから言い切れる
俺が幼馴染のアイツが好きだと、先輩が知らなければ俺はきっと
――――― あの告白に、答えてた
いい加減だと思われようが、確かに嬉しかったんだ
俺の事を好きだって言ってくれる、先輩の事が、俺もきっと好きなんだと思う
「・・・あぁもう!!結局俺のせいじゃ、・・・っくしゅ!」
ハンパない寒さにブルッと震える身体
空は満天の星空だけど、何だか東の方の空が真っ黒で、まさか雪なんて降らないだろうなぁと睨みつける
今頃ギャアギャア騒いでるだろう先輩達が憎くなる程に寒い!
これが朝まで、もしくは昼まで我慢しなきゃならないと思うと更に寒い
「 ――― マフラーくらいしなよね、バカじゃないの?」
「俺だってマフラーしてくれば良かったって後悔して、る・・・っ!」
冷たい風に晒されてた首に、ふわりと暖かい温もりが残るマフラー
片手で掴みながら振り返れば居る筈のない先輩が、呆れたような顔で俺を見下ろしてた
「え・・・な、なんで先輩・・・」
「朝まで冬空の下にいるつもり?」
「そ、そんなわけないっスよ!今ツレに電話したんで、待ってるだけっス!」
「携帯の電源切ってる癖にどうやって連絡したの」
「え、いや・・・それは・・・」
仁王先輩達から連絡が来るのが嫌で携帯は電源を切ったまま
もしかして俺を探してくれたのかと、座ったまま先輩を見上げる
だけど、探す理由なんて思いつかない
「先輩?」
「ちょっと待ってて」
「へ?あの、どこに電話するんスか・・・?」
ポケットから携帯を取り出して、慣れた手付きであっという間にそれを耳に当てる
何だか嫌な予感がした
だけど無常にも相手が電話に出たのか、先輩は寒そうに肩を寄せて口を開く
「え?うん、見つかったよ。・・・あー、うん、そのつもりだから」
見つかった
そのセリフは探してる時に使う言葉で、やっぱり先輩は俺を探してた
その理由は?ってか、その電話の相手はまさか・・・
「うん、良いよ。幸村君が悪いわけじゃないし」
二年間聞きなれた名前
予想通りのその名前に、さっさと電話を切った先輩は俺に向き直る
「行く所、ないんでしょ?」
「・・・っいや、そんな事は・・・」
「幸村君からも頼まれたし、仕方ないから宿を提供してあげる」
「え?宿って・・・」
「心配しなくても、さすがに襲うほど飢えてませんからご心配なく」
「は?ちょ、そう言う意味じゃなくて!」
甘えるわけにはいかない
きっと俺はまた無意識に傷つける
そう言いたくても、それを言えば傷つける気がして、言葉が見つからずただ俯いた
「あたしはまだ切原が好きだよ」
「・・・っ!!」
突然言われたセリフに思わず顔を上げる
言わせた事にすげぇ情けなくなった
「昔の丸井みたいにスパッと切り替えられる程、軽い気持ちじゃないし、まぁ当たり前だけど」
「昔の丸井先輩って・・・」
「切原はその気持ち利用しようとして今日、来たわけじゃないんでしょ?」
「んなっ!そんなわけないっスよ!!」
それだけは違う
忘れてたとかでもなくて、俺は、アイツがパーティーに参加するって聞いて、すげぇ混乱して
先輩しか頭になかったっていうか、気が付いたら先輩に電話してたっていうか・・・
「うん、だよね。切原は悪知恵だけは働くけど、人の気持ちを利用するような男じゃないよね」
「ひとこと余計っスよ!!」
俺がそう言って少し膨れたように唇を尖らせれば、先輩はいつもの笑みを浮かべる
そして、寒さをしのぐように自分の身体を抱き締めた
「早く帰ろ?さすがに長時間この格好で外にはいられないよ」
「・・・でも、俺・・・」
「何か雪、っていうか雨が降りそうな空だし」
「・・・」
「切原がイヤだって言うなら無理にとは言わないけど」
「俺はイヤじゃないっス!!・・・あ、いや・・・えーっと・・・」
傷つけたくない
その手を取る資格なんてない
口には出来ずぐるぐると頭の中でその言葉が繰り返される
「・・・先輩、優しすぎっスよ・・・」
「え?」
「無意識とか悪気ないとか言っても、結局俺、先輩の事傷つけてるし・・・」
「・・・」
「振った癖に甘えて頼って、挙句の果てには振られたって言って愚痴言うような奴っスよ?」
自分で言ってて情けない
っていうか、改めて口にすると俺ってホント先輩に対して最低な事してる
仁王先輩がヒドイとか言ってる場合じゃない
傷付いて欲しくない
こんな無神経な男の為に泣くとか、ホント止めて欲しい
「・・・先輩がそんなんだから、俺、よくわかんなくなるんスよ・・・!」
「え、何が?」
「俺、先輩に好きだって言われて嬉しかった」
「・・・は?」
「たぶん俺、先輩の事、女として好きっスよ」
「・・・はぁ!?」
優しくしないで欲しいと思っても、冷たくされたらされたでムカつくってかむしろキツイ
無視とかされた日にはかなりへこむと思うし
なによりも今、イラッときてるのは
「俺を探してたのも、帰ろうって言ってくれるのも、部長が頼んだからでしょ」
「はい?」
「部長から電話がなければアンタ、俺を探そうとはしなかった」
「そりゃ、そうだけど・・・。っていうか、なんで切原がキレてるわけ?」
「・・・俺にもよくわかんないっスよ!」
アイツが好き
先輩の事もたぶん、俺は好きなんだと思う
じゃなかったらこんなに悩まない
アイツが仁王先輩と付き合った事実はすげぇショックだしへこんだ
何も知らなかった事、何も言ってもらえなかった事にムカつきもした
だけど・・・
「先輩に会うまではアイツと仁王先輩が付き合った事とか、パーティー来るとか、そればっかだったのに今はアンタの事ばっかりだし」
「・・・はぁ?」
「あの後、傷付いて泣いてないかとか、俺何やってんだとか、そればっかだし」
「・・・」
「先輩が俺に優しくするからっスよ!!」
「・・・ちょっと、何であたしに責任転換されなきゃならないわけ!?」
「だって先輩が俺に優しくしなきゃ、告られたって何とも思わなかった!」
「一目惚れでもなければ初めから好きだったわけじゃないからそんな事、言われたって性格なんだからしょうがなくない!?」
ムッとした顔で先輩が俺を睨む
性格だろうが何だろうが、その優しさが悪いと言おうとした俺の言葉が遮られた
「切原、何が言いたいのかさっぱり意味分かんない」
「だから俺は・・・っ!」
「部室の鍵持ってるんでしょ?電気さえ付けなければバレないらしいよ」
「・・・え?」
俺の言葉をまた遮ったかと思えば、先輩は見た事ないくらい冷たい顔でそう言った
確かに部長になってから部室の鍵は財布の中に入ってる
そういう選択肢もあったのかと、納得する前に先輩は俺に背を向ける
「ちょっ、先輩・・・?」
思わず掴んだ腕は振り返る事無く振り払われた
そんな事は今まで一度だってなくて、振り払われた事に驚いて自分の手を思わず凝視
「、先輩・・・?」
バカみたいに声が震えた
心のどこかにあった、何を言っても見捨てられる事はないって安心感
それが小さな音を立てて崩れてく
「・・・切原は、どうしたいわけ?」
あぁそうだ
先輩は俺の望む事をいつだって最優先にしてくれる
「なんか色々めちゃくちゃな事言ってたけど、取り合えず目先の心配したら?」
振り返った先輩は、崩れかけた安心感を支えてくれる
呆れたような、しょうがないなぁって顔で、苦笑い
「・・・先輩と帰るっス!」
「え?部室に非難するんじゃないの?」
「えぇ!?この流れ的に、一緒に帰ろうって言ってくれるんじゃないんスか!?」
「世の中そんなに甘くないよ?」
ニヤッと笑って歩き出した背中を慌てて追う
まだ怒ってるのか恐る恐る隣に並んで、そっと顔色を盗み見る
「身体冷えたし、コンビニでケーキでも買って帰りますか」
寒そうに肩を寄せる先輩はいつもの先輩だ
「・・・っ先輩!」
「うわ!ちょっ、引っ付くな!!」
「どうせならケーキ屋寄ってきましょうよ!まだ時間早いし、当日販売ってのもあるし!」
「切原のオゴリ?」
「え、あ・・・俺の全財産じゃ、小さいケーキも買えるかどうか・・・」
「・・・なんていうか、財布の中身まで寂しいね」
「・・・言わないで下さいよ、痛感してるんスから」
二人して空を見上げて、お互い様だね、なんて言って笑い合う
いつもと変わらない俺と先輩
こんな関係もありなのかもって思った
これから先、この関係がどうなるかはわかんねぇけど、今はコレで良いんじゃないかって
「先輩」
「ん?」
「暫くは、俺以外好きにならないで下さいよ?」
「・・・んー、考えとく」
まだ答えは見つからない
だけど近いうちに、この居心地の良い関係も、変わる、そんな気がした
(今はまだ・・・)
>> 戻る
こちらの作品はフリーとなっております
報告は特別いりませんが、著作権は破棄していませんので表示の方は必ずお願いします!
持ち帰り方法としましては、ソースをそのまま持ち帰って頂くのが簡単かと思います
それかそのまま文章をコピーして変換してくださっても構いません
こちらの文章は削除してくださいね^^